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翔の章1

冴子は湯上がりの火照った体を浴衣につつんで部屋に戻って来た。


「ホントに、ええお湯やったわあ。」


濡れ髪を肩に垂らして顔の汗をタオルで押さえながら、

先ほど仲居さんが敷いてくれた布団の端に座った。

「ねえ?」


「そうだね」

僕は生返事をしながら、バッグから化粧水を出そうとしている冴子の後ろに腰をおとすと、肩に手をかけて首筋に口づけをした。

「ちょ・・・」


浴衣の衿をずらして、首の後ろから肩のほうまで唇をすべらせる。

「ほんとだ、スベスベになってる。さすが、日本三大美人の湯、だけあるね。」


肩をまわして前を向かせると、

「カケル、ちょっ・・・。」

なにか言いかけた唇をキスで塞ぐ。


頬にはり付いた髪をやさしく撫で付けると、その手を背中にまわして抱きすくめた。

そのまま、そっと布団の上に押すと、そろって倒れ込んだ。

キスを続けながら帯を解いて、膝を割る。

自分のと冴子、両方の浴衣の前をはらりと左右に開いて、体を重ねた。

しっとりと汗ばんだ肌が吸い付いてくる。


冴子の唇があえぐように開いた。




眼が覚めたのは夜明けすぐのようだった。

となりで冴子はまだ眠っている。

あのあと、一応二人とも着て寝た浴衣だが、寝乱れてしまってあられもないことこのうえない。


胸の合わせの間からこぼれそうな冴子の乳房をしばらくながめていたが、そっと掛け布団をかけてやって、自分は服に着替えた。


上着のポケットに手をいれてはっとなった。

忘れてた。


先にコレを渡そうと思っていたのに、湯上がりの冴子があまりにも色っぽすぎたから。

僕はくすっと笑って、部屋をそっと出た。


和歌山県の龍神村。

平家の落人伝説のある、ひなびた温泉町だ。

宿のすぐ近くを、かなり水量のある川が流れている。龍神川だ。

ジブリ映画にでてきそうな渓谷と村のたたずまいを眺めながら早朝の村を散歩した。


翡翠ひすいいろのちいさな弾丸が川面を飛びすぎていった。

動きがとまったあたりに眼をこらすと、流れのまんなかに突き出した岩に、カワセミがとまっていた。

眼のさめるような美しい羽根をもった鳥を、しばらく見ていた。


川沿いの道路をはさんだ反対側には、もうすぐ山が迫っていて、こちらではヒヨドリが喧しく啼きかわしている。

ばさばさっと羽音がして、仲間に追われたのか、一羽のヒヨドリが茂みからとびだしてきた。そいつがくわえているルビーのようなものに眼をとめた。


ナンテンの実だ。


辺りを見回したが、このあたりにナンテンが植わっている様子はなかった。

僕はガードレールをのりこえて、ヒヨドリが飛び出してきたあたりの繁みのなかに入って行った。


ナンテンは観賞用によく植えられているが、野生のものももちろんある。

元々、幹があまり太くなりにくいたちなので、まれに大きく育ったものは、高級建材として珍重される。

木工家具師をめざしている僕は、この龍神温泉のちかくに、とてつもなく立派なナンテンの古木があると聞いて、こいびとを連れてやってきたのだ。


今日、現地の詳しい案内のひとを頼むことになっていたが、

もしかして、自分でみつけられるかもしれない、と甘い考えを起こしたのだった。


しばらく、立ち木につかまりながら、山の斜面を登っていったが、

そんな簡単に伝説の古木に出会えるはずもなく、あきらめて降りようとしたら、もう自分のきた道がさっぱりわからなかった。


ちょっと一服、と切り株に腰をおろし、タバコに火をつける。

空気が湿っている。昨夜は止んでたけど、2日ほどよく雨が降ったもんな。


ふう、煙を吐きながら冴子のことを考えた。

いい女だ。いい女すぎる。体の相性がバッチリすぎるんだな。


だから自分でも、本当に好きなのか、体に溺れてるだけなのか、わからなくなる。

いっぺん魂だけになって、じっくり考えないと、一生答えがでない気がした。

2年付き合った。今一緒に暮らしてる。そろそろ結婚、なんてこともお互いいわないで。


突き放されてるのか、じっと待ってるのか、どうなんだろう。

いや、彼女は自分からは言わないだろうな、そういうタイプだ。

だから僕のほうから。


タバコを消してみじかくため息をついた。

もう起きたんじゃないか。心配してるかな。

携帯を出してみた。圏外。そりゃそうだ。


立ち上がった。もういちどじっくりあたりを見回す。


木立の向こう側に、すこし空が開けたように見えるところがあった。

あそこなら、見晴らしがよさそうだ。方角がわかるかもしれない。

木の根に足をとられながら、開けたほうに出てみた。


計画伐採とでもいうのだろうか、その一部分だけ木々が刈り取られていて地肌が見えている。

傾斜の終点に川の水面が小さく見えた。

あの川に向かって降りれば、宿に戻れるはずだ。


僕は川の方角に山を下りはじめた。


最初はちいさな振動のようだった。

ご、ご、ご、と確かな地鳴りを感じたときには、「それ」はもうすぐそこまで来ていたようだった。

イヤな気配に、はっと振り返った僕の目の前に、ものすごいスピードで滑り落ちて来た土砂が、覆いかぶさって来た。




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