欲しがり屋の妹と決別する方法
その日、地球に近づいてきた巨大な隕石があった。それは絶妙なタイミングで地球の重力につかまって、関東地方のとある街に落ちた。
運の悪い人々は、なにもわからないままその人生を終えた。
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「お姉さま、見てちょうだい! この新しいドレスはとても素敵じゃない?」
淡い黄色のドレスを着たエミリア・ワーンドルース伯爵令嬢は、姉のマリアンヌに向かって甲高い声でそう言いながら、見せつけるようにくるりと回転した。
「ね? ね? わたし、可愛い?」
「……そうね、エミリアに似合っていると思うわ」
「でしょう! 王都で流行りのデザインで作らせたの。でも、これを完璧に着こなせるのはわたしくらいよね。ましてや、地味な色合いのお姉さまにはとても無理だわ」
自信満々の笑顔で胸を張るエミリアは、艶やかな金の髪にすみれ色の瞳をした美しい少女だ。
一方、姉のマリアンヌは落ち着いた茶色い髪に緑色の瞳をした、理知的な美人である。今日は濃い紫色の生地に銀の刺繍が上品に光るドレスを着ている。
このふたりを花に例えるなら、エミリアはピンクの薔薇でマリアンヌは白百合であろう。
「そうね、あなたはとても綺麗よ」
「ええ、知ってるわ。だからね、パトリック王子殿下もきっとわたしのことを一番好きになるわよ」
今宵は王宮で、王太子妃候補を選ぶ夜会が行われるのだ。
「パトリック王子殿下も……」
表情を曇らせた姉に、エミリアは「あら、お姉さま、どうかして? もしやお姉さまもパトリックさまの隣に立ちたいのかしら?」と、含みのある笑みを浮かべて尋ねた。
「まさかね、そんなわけないわよね。お姉さまはわたしの引き立て役になって、わたしがパトリックさまに選ばれるように手助けしてちょうだいね」
「ええ、わかっているわ」
マリアンヌは小さなため息をついて「うまくいくかしら?」と呟いた。
「おお、ふたりともとても美しいな」
現れたのは、ワーンドルース伯爵だ。隣にはエミリアの母であり、マリアンヌの義母であるキャロル夫人を伴っている。彼女はマリアンヌの実の母の妹で、妻を亡くした伯爵の後妻として、連れ子のエミリアを連れてこの家に嫁いで来たのだ。
「お義父さま! 大好きなお義父さま、今回も素敵なドレスをありがとうございます!」
天真爛漫な義理の娘に抱きつかれた伯爵は「おやおや、甘えん坊だな」と言いながら目尻を下げた。彼は亡き妻と同じ金の髪を持つエミリアにとても甘いのだ。
そんなふたりを見て妻のキャロルは眉を顰めるが、マリアンヌにそっと腕に触れられて寂しげに微笑んだ。
「そうだわ、このドレスにはお姉さまが今おつけになっている紫色の石がついたネックレスが合うと思うのよ。お姉さま、くださいな」
「え、でも、このペンダントは……」
マリアンヌは喉元に手をやって口ごもった。深い色合いの宝石をいくつも並べて作られたこの美しいペンダントは、マリアンヌを可愛がってくれる父方の祖母からの特別な贈り物なのだ。
「いいじゃない、お姉さまよりもわたしに似合うと思うの。お義父さま、そうでしょう? これはわがままなの? でも、今夜はわたしが一番美しくなって、殿下のお目に留まらないといけないと思うのよ。ね?」
「そうだな、美しいエミリアならば王太子妃にふさわしい。きっとパトリック王子殿下に選ばれると思うぞ」
伯爵はマリアンヌに向かって「そのペンダントをエミリアにあげなさい。なに、どうせまた母から別のをもらえるだろう。おまえはお気に入りなのだからな」と命じた。
艶やかな妹とは違い、賢くて堅実なマリアンヌは、ワーンドルース伯爵家の後継として祖父母に認められている。そして、『女のくせに生意気な……』とそれを不快に思う伯爵である。
「おまえはエミリアの姉ではないか。どうして優しさを見せられないのだ?」
「でも……」
せっかくいただいた贈り物を、簡単に人に渡すのはとても失礼ではないか。そう思って躊躇するマリアンヌに、エミリアは「酷いわ、お姉さまはわたしが王太子妃になることを妬んでいるのね!」と言い、涙を流した。
「妹の幸せを願ってくれないなんて、なんて酷い人なの……」
「おお、エミリア。そのように泣くものではない。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
伯爵はマリアンヌを睨みつけた。
「おまえは冷血な娘だな。今すぐペンダントをエミリアに渡して、どうか使ってくださいと頭を下げるのだ!」
「お父さま」
「それができないのなら、夜会には連れて行かないし、今後もこの屋敷から一歩も外に出さないぞ!」
「……わかりました」
マリアンヌは大切なペンダントを外すと「どうか使ってください」と言いながらエミリアに渡した。
「ありがとう、お姉さま。つけてくださる?」
嘘泣きだったので、まったく瞳が濡れていないエミリアは、満面の笑みを浮かべてマリアンヌを見た。
「お姉さま、あっちに殿下がいらっしゃるわ」
「エミリア、そんな大きな声を出さないで。目立ってしまうわ」
傍若無人な振る舞いをする義妹にマリアンヌが注意したが、エミリアは「向こうに行って、パトリック王子殿下にアピールしましょうよ」と笑顔でマリアンヌの腕を掴んだ。
「待って、わたしも?」
「あのね、お姉さま」
エミリアはマリアンヌの耳元に顔を寄せて「女が一番輝くのはね、引き立て役がいる時なのよ」と囁いた。
「さあ、参りましょう」
「エミリア、あなたって、けっこう怪力なんだから」
マリアンヌは半ば無理矢理にパトリック王子の前に引きずり出されて、そのままエミリアに突き飛ばされてしまった。
「きゃっ」
「おっと」
意外と気さくな感じで、たくましい胸がマリアンヌを受け止めた。
「これはずいぶんと元気のいい令嬢だな」
マリアンヌは王子の顔を見上げて「も、申し訳ありません」と真っ赤になった。パトリックはそんなマリアンヌを見て「こんなにも愛らしい小鳥に飛び込まれて、腹を立てる者はいないよ。大丈夫だから、そんな顔はしなくていい」と笑った。
パトリック王子は、銀の髪に深いブルーの瞳をした大変な美青年だ。そして、柔らかでありながらよく響く、魅力的な声をしている。
彼の顔を直視してしまったマリアンヌは急激に鼓動が速くなるのを感じ、このまま息が止まってしまうのではないかとさえ思った。
「まあっ、お姉さまったらはしたないわ!」
責めるような声がした。もちろん、エミリアだ。
「殿下のお目に留まりたいからと、そのような振る舞いをするなんて、ワーンドルース伯爵家の恥ですわ! マリアンヌ・ワーンドルース伯爵令嬢!」
パトリック王子は「あなたはワーンドルース家の方なんだね」とマリアンヌの顔を覗き込んだので、彼女は「はい、そうでございます」と震える声で答えた。
「才女と名高いマリアンヌ嬢が、こんなに愛らしい方だったとは驚きだよ。もっとよく顔を見せて……綺麗な瞳をしているね。ん、泣かなくてもいいんだよ」
潤んだ瞳のマリアンヌに、パトリック王子は心を射抜かれてしまったらしい。マリアンヌから目が離せなくなったパトリック王子に、エミリアが「お姉さまから離れて! ではなくて、お姉さま、離れて! 非常識ですわ、そのように独身の男女が身体を寄せるなんて、本来ならば、責任をとってもらわなければならないほどの不埒な行いです! 婚約事案ですわ!」とキンキン声で叫んだ。
「なるほど。わたしとしてはまったく異存がないので、ワーンドルース伯爵に正式に話をしようと思う」
「わたしには異存があります! ほら、そんな地味なお姉さまよりもわたしの方が美しく愛らしいと思いませんか? 思いますわよね? 殿下、お相手選びを間違っていらっしゃいますわ!」
パトリック王子は不快そうにエミリアを見て「おまえは誰だ?」と尋ねた。
「わたしはエミリア・ワーンドルース伯爵令嬢でございますわ。その地味で地味で地味でしっかり者で頭がよく優しくて気の回るどうしようもない女性の妹でございます。どうぞお見知りおきを!」
「……君、こきおろそうとしてこの人を褒めてなかった?」
「ぜんっぜん褒めておりませんわ! 王太子妃でも王妃でもどんな立場になってもしっかりと仕事をこなす頭でっかちの可愛げのない女なんて、褒めておりませんから!」
「やっぱり褒めて……」
「それはともかく! 王太子妃を選ぶなら! このエミリア・ワーンドルース、エミリア・ワーンドルースをよろしくお願いいたします! 姉なんて、蛮族の国にでも輿入れさせてくださいませ! ほら、地味な黒髪で鋭い目つきでムッキムキの身体をした蛮族の王にでも!」
「……君、どうしてヤーゲル国王から友好の為の縁談を申し込まれていることを知って」
「そんなの知りませんし! たとえ話ですし! とにかくですわね、王太子妃にふさわしいのはこのわたしの方ですわ!」
「ちょっと別室で話そうか。衛兵、このご令嬢をあちらにお連れして」
「お待ちくださいませ、パトリック王子殿下、殿下、殿下、あーれー」
エミリアの声が遠くなっていき、「大丈夫かしら」と心配するマリアンヌの腰をパトリック王子が抱いた。
「え、あの、これは」
「ふふっ、ずいぶんと大騒ぎをしてくれましたね、ワーンドルース家のご姉妹。責任をとって、あなたにはわたしの婚約者になっていただきましょうか」
「ひょっ! わたしのような者でよろしいのですか?」
「ひょってなに、面白い子だね。もちろん、あなたがいいのですよ、マリアンヌ」
こうして、王太子妃としてマリアンヌが選ばれて、エミリアの方はなぜか蛮族の国に輿入れさせられることになった。
「あー、蛮族の王にこの可愛いわたしが嫁ぐなんてー、恐ろしいわー」
「エミリア、棒読みです」
「義妹よ、棒読みだ」
先に結婚式を挙げたマリアンヌとパトリックに突っ込まれて、エミリアはにやりと笑った。
「あなたは本当につかみどころがない女性ですね」
パトリック王子は目を細めて言った。
「あらー、素直で可愛い女の子だと思いますけどー」
「だから棒読み。さあ、姉妹で最後の別れをされると良い。わたしは向こうで見送るからね」
「ありがとうございます、殿下。お姉さまをよろしくお願いいたしますね。もしも不幸にしたら、蛮族を引き連れて攻め込ませていただきますわ」
「おお怖い。あと、自分の嫁ぐ先の人々を蛮族なんて言ってはなりませんよ」
「あら、愛情と共に申し上げておりますのよ。でもありがとうございます、殿下」
エミリアはとびきり愛らしい笑顔で礼を言った。
「お姉ちゃん、びっくりするくらいに上手くいってよかったね」
『マリアンヌがエミリアに』言った。
「ちょっとパトリック様の勘が良すぎて、計画がほとんどバレちゃったけどね」
「うん。でも、うちの国で評判が悪いヤーゲル国に、輿入れしたいだなんて言ってくれる女性がいるって、大喜びしてくれたよね」
「ふっふっふ。王子に黒髪ムキムキ男子がどストライクなんですって言ったら、すごい驚いてだけど」
「お姉ちゃん、好きだもんね。よかったね」
「ありがとう」
「お母さんのことは任せてね」
「あのアホ親父はどうでもいいけどね、お母さんはいい人だからわたしの分も優しくしてあげて」
「了解。それじゃあ、こっちの世界でもお義兄さんと幸せにね」
「まさか、マイダーリンが他国に転生してたとはね。この国への書状に暗号が隠されていたのを見つけた時には驚いたわ」
「お義兄さんのすごいところは、お姉ちゃんのところに届くって信じて書いたところだな」
「これを愛っていうのさ」
「ムキムキの王になってるところも?」
「愛よ」
エミリアはドヤ顔をした。
書状に書かれた『えみちゃんにテールランプを五回点滅』という誰にもわからないメッセージを見た時に、エミリアは「こうちゃあああああああん! アイシテルのサインだああああああ!」と絶叫して崩れ落ちたのだった。
「まさかさあ、近所に隕石が落ちて死んじゃって、小説の世界に転生するとは思わなかったよね」
「しかも、パトリック王子はまりちゃんの推しだったしね。この幸せ者め!」
「えへへ、お姉ちゃんが身体を張ってくっつけてくれたおかげだよ」
マリアンヌは、この世界では義妹となった姉をぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃんも幸せになってね。光一さんによろしく伝えて」
「おう、了解だ! それじゃまたね!」
エミリアを乗せて、馬車が出発した。
マリアンヌは、その姿が見えなくなるまで見送った。
「……大丈夫、きっとすぐ会えるよ。なぜかそんな気がするんだ」
パトリック王子に優しく肩を抱かれて、マリアンヌは涙を拭って頷き、微笑んだ。
FIN.
久しぶりに短編を書いてみましたが、
いかがでしょうか?
懐かしのアイシテルのサイン、
みんな知ってるかな〜と心配しつつ……(*^_^*)
現在連載中の、
『天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。』も
よろしくお願いいたします。
こんな感じのほのぼの系ラブコメですw
マリーさんも、元々は短編でした(^-^)




