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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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怖い話

呪い

作者: 夢野かなめ

「やっちゃおうよ」


 そう言ったのは、瑞希(みずき)だった。


 授業中の私語をこっぴどく叱られ、普段から担任教師の山口(やまぐち)に鬱憤が溜まっていた末のことだった。


 爽やかな風が涼しい昼休み。プール横の木陰で学校裏の池を眺めながらだらだらと喋っていたのだが、瑞希がふいにそう言った。二人の間に生まれた沈黙に、遠くから校庭で遊ぶ楽しそうな声が聞こえている。


「知ってるんだ、呪いの方法。呪いなら、アタシ達だってバレないでしょ」


「……そうだけど」


 瑞希は瞳の奥に苛立ちを滲ませながら、日依梨(ひより)を見つめた。その強い視線を受けながら、日依梨は内心、困ったなとも思ったし、楽しそうだなとも感じていた。


 呪い。


 知っているけれど、身近には存在しないもの。いや、厳密にはあらゆる行為の由来、由縁を調べてみれば、一種の呪い行為であることが多々あるのだが、日依梨達のような女子中学生がそうようなことを知る筈がなかった。


「どうやってやるの」


 日依梨が訊くと、瑞希はニンマリと笑ってから、その方法を話し始めた。


「誰も居ない場所で、呪いたい相手の写真に画びょうを指して、燃やすの。それで、それを穴を掘って埋める。それが一週間誰にもバレなかったら呪いは成功して、相手は死ぬ」


 死ぬ。


 その言葉に、日依梨は少しばかり怯んだ。


 そもそも山口に怒られてばかりなのは、瑞希なのだ。日依梨は、瑞希と仲が良いからそれに巻き込まれているだけで、実は「瑞希を頼む」と山口や他の教師からも言われているのだった。それを伝えるつもりはないが、子供から見ても、瑞希の行動は少しばかり問題が多いように思う。


 ──そこが、面白い所でもあるんだけど。


 日依梨は、内心で溜め息を吐きながら、呪いの方法を反芻し、言った。


「じゃあ、いつもの公園でいっか。夜になると誰も居ないし、穴も掘れるし。画びょうは学校から持って行くとして、山口の写真はどうするの」


 瑞希は、うーん、と首を捻る。暫くうんうんと呻った後、パッと顔を上げた。


「なんかさ、アイツ学校の広報? だかで、写真載せてなかったっけ。なんか変な顔で笑ってるヤツ」


 ケラケラと笑った瑞希は、「取りに行こ」と腰を上げた。


 生徒相談室の前には受験や地域の冊子が置かれている。その中から広報誌を取り上げた瑞希は、パラパラと捲り、あるページを掲げて見せた。


「ほら、これ。めっちゃウケる」


 そこには、微笑んだ山口が写っていた。少しぎこちなくはあるが、変な顔ではない。


「これなら丁度良くない?」


「そうかも」


 そう話す内、「藤田(ふじた)!」という声が廊下の向こうから響いた。聞き慣れたその声は、山口だった。


「お前、昼休みに職員室に来いって言っただろ」


「はぁ? そんなの聞いてないけど。てか、何で行かなきゃいけない訳」


「お前なぁ、その口の利き方はなんだ。梅原(うめはら)、お前もちゃんとしてくれよ。そもそもお前達は──」


 山口の説教はくどくどと続いた。廊下を歩く生徒達が、忍び笑いながら通り過ぎていく。


 やっぱり、変な顔だ。


 日依梨は俯きながら思った。




「誰も居ないよね?」


 スコップを手にした瑞希が言った。


 日依梨は、そこまで広さはない公園を見渡して、頷いた。


 二人がよくたまり場にしている公園は、住宅地の中にあるのに日は入らないし、近くに広さも十分で遊具や自動販売機もある大型公園があるせいで、いつもガランとしていた。


 一応〈公園〉の看板は掛かっているが、殆ど空き地に近い。奥まった場所にあるからか人通りも少なく、絶好のたまり場だった。


「じゃあ、始めるよ」


 瑞希が穴を掘るのを視界の端に捉えながら、日依梨は注意深く辺りを見回した。一本だけ立った街灯がぼんやりと周囲を照らしている。


 暫くすると、瑞希が呼んだので、側にしゃがみ込んだ。


 穴の中には切り取った山口の写真が投げ込まれていた。


 はい、と瑞希が画びょうを幾つか差し出したのを受け取り、日依梨はそれを手の中で弄んだ。


「やっぱ、目だよね」


 瑞希はフフフと忍び笑いながら、迷わずに山口の目に画びょうを刺した。そうして、獲物を分ける獣のように、写真を日依梨に差し出した。


 日依梨は一瞬だけ迷ってから、山口の左目に画びょうを刺した。何処か気持ちがすっきりとした。


 その後、瑞希は心臓や腕など、覆い尽くすようにして画びょうを刺していった。


 鈍い光を放つ画びょうに刺された山口の写真を穴の中に放り投げ、ポケットからマッチ箱を取り出した。これは、理科準備室から拝借してきたものだ。


 何度か失敗してから火を点けた瑞希は、一瞬日依梨を見やってから、見せつけるように山口の写真に火を点けた。


 山口の写真は呆気なく燃え、画びょうだけが穴の中に残った。


 無言で掘り返した土を戻した瑞希は、満足そうにニヤリと笑った。


「これで、アイツは死ぬ」


「うん」


 後ろめたいような、何処か不思議な達成感のようなものを感じた日依梨は、ふと公園の入り口に目を止めた。慌てて瑞希に呼び掛ける。


「瑞希……誰か居る」


「えっ」


 くるりと後ろを振り返った瑞希は、じーっと人影を見つめた後、おもむろに手を振った。


 細い人影は、戸惑ったように体を揺らしてから、公園の中に足を踏み入れた。瑞希は滑らかな足取りで細い人影に近付くと、公園の隅の茂みに呼び寄せた。地面を指さし、人影が屈んだ所を、瑞希の手が強く打ち付ける。手には、地面に転がっていた大きな石が握られていた。ぼんやりと照らされる中で、それは赤く染まっている。瑞希は何度かその手を人影に打ち付けた。


「瑞希……⁉」


 日依梨は、慌てて駆け寄り、地面に倒れる人影を見下ろした。


 枯れ枝のような男だった。くたびれた見た目からは年齢など判らなかった。コンビニの袋から弁当や菓子袋が散らばっていた。その頭からはドクドクと血が流れ出している。目は驚いたように開かれたままピクリともしなかった。


 瑞希は、何の表情も浮かべずに男を見下ろしていた。


「な、何をやって……」


「だって、見られたら呪い返しが来るじゃん。死にたいの、日依梨」


 答えられなかった。


 死にたくない。でも──。


「どうするの……」


 視界の端に男の姿が見える。それを認めると、恐怖で手が震えてきた。声も、脚も、震えは体中に広がっていき、視界がグラグラと揺れていく。


 瑞希が茂みの奥へと男の体を引き摺って行く。「手伝って」と言ってから、立ち尽くしたままの日依梨に溜め息を吐き、茂みの更に奥へと男を引き摺って行く。


 ──どうしよう、これって殺、人……。


 瑞希がトン、と日依梨の肩を叩いた。


「行こ」


 手を引かれるままに、日依梨は公園を出た。


 呪い返しと──男の死体。


 グルグルと悩む内、日依梨の中では全てが悪い夢のような気がしてきていた。


 家へと帰り着き、普段通りを装う内にあの公園での出来事は遠いこととなっていた。


 近所で男の死体が見つかった、という話は、何故か聞こえてこなかった。


 そうか、全て、夢だったのか。




 瑞希は、これまでと変わらなかった。


 授業をちゃんと受ける時もあるし、私語でこっぴどく叱られることもある。それでも、何処か余裕のある笑みを浮かべることがあり、山口に反発することも減っていた。


 呪いの結果が出るのは一週間後。


 五日後、ついに「殴殺された男が見つかった」という話が知れ渡った。


 日依梨達の中学校では、集団登下校が実施された。瑞希はそれを無視していた。


 怖かった。呪いも、男の存在も。


 夢なのではないかと思ってはいても、日依梨は頭の何処かでそんな訳はないということを理解していた。だから、あの公園にはあれ以来行くことはなかった。


 瑞希が変わらず普段通りに話し掛けてくるのも、全てがバレてしまうのではないかと怯えることも、日依梨には耐えられなかった。授業の内容も、登下校も、家での何もかもがぼんやりと膜が張ったようになっていた。


「梅原」


 そんな時、昼休みに山口から呼び止められ、日依梨は生徒相談室へと招かれた。


「梅原、お前さ……なんか、辛いことでもあったのか」


 俯いていた日依梨は、ハッと顔を上げ、呻き声を上げていた。「どうした、先生に話せるか」と聞かれるうち、「瑞希が」と繰り返していた。


「藤田がどうした」


「……瑞希が、殺した。男の人……」


「男の人? それって一昨日見つかった人か?」


 再び俯いていた日依梨は、頭を縦に振った。涙が制服のスカートにボタボタと落ちた。


「殺すって……あの藤田だってそんな──」


「殺したの! 石で……何度も、叩いてた!」


 日依梨が叫ぶように言うと、山口は手でそれを制した。


「うん、判った。ごめんな。それで、何でそんなことになったんだ」


 それに、日依梨はすぐには答えられなかった。それでも、言葉を絞り出すようにして一言ずつ言った。


「先生を……呪い殺すって言って、それ誰にも見られちゃいけなくて」


「……呪い?」


 その問いに、日依梨の視界は再びじわりと滲んだ。堪え切れなくて涙が零れ落ちる。洟をすすり、苦しくなった息を吐いた。


 山口がティッシュの箱を引き寄せると、何枚かを日依梨の前に差し出した。


「呪いか……先生も嫌われたもんだな」


 ハハハ、と笑う山口の手からティッシュを受け取った日依梨は、ふと上げた目線を釘づけた。


「先生……目から、血が……」


「目から血?」


 不思議そうに目元に手をやった山口は、手のひらに付いた血に目を見開いた。


「なんだこれ、こんな──」


 そう言う内に、左目からも血が流れ出した。次に、胸や腕、口、耳、頭……あらゆる所から血が流れ出る。


 山口は、血を吐き出しながら「あ、あ、あ……」と小さな声を上げていた。


 日依梨は、椅子から立ち上がると、生徒指導室から飛び出した。


「誰か! 先生が! 先生が……血が!」


 半狂乱になりながら叫ぶと、すぐに他の教師が駆けつけて来て、生徒指導室の山口の様子に悲鳴のようなものを上げた。生徒も集まってきて、あっという間に騒がしくなる。


 生徒指導の教師に「何があった」と訊かれながら、言葉にもならない声で喚いていた日依梨は、廊下のずっと先に瑞希の姿を捉えた。


 瑞希は笑っていた。


 呪いは成功していた……!


 瑞希の許に駆け寄ろうとした日依梨は、その手に握られていたものに目を見開いた。


 一片の、紙──。


 そこには、何が写し出されているのだろう。


 日依梨は、喉を裂くような悲鳴を上げ、そのまま真っ暗な意識に飲み込まれた。


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