口裂け女とのっぺらぼう
冷たい夜風が、すり減った街灯を揺らす。
私の唇は、いつものように裂けている。
どれだけ隠しても、誰かの視線は必ず逃げる。
「私、綺麗?」
問いかけるたび、私はただの怪物になる。
たくさんの人を切り裂いてきた。私と同じように。
でも、その夜は違った。
闇の向こうから、一人の男が近づいてきた。
男は完璧な笑顔を浮かべていた。
その顔は、誰もが羨むイケメンだった。
「君は綺麗だよ」と言うその声に、私は心が揺れた。
こんなに優しくされたことは、もう何年もない。
でも、彼の目が笑っていなかったことに、私は気づかなかった。
「これでも?」
私はマスクを外し、口の裂け目を見せた。
すると男も静かに顔を外した。
その瞬間、私の心は凍りついた。
そこには顔がなかった。口も鼻も目も何もなかった。彼はのっぺらぼうだ。
白く、無表情な顔。
感情のない、何も映さない鏡のような。そこに反射するのは私の顔か…
「君の裂けた唇は怖い。認めたくない現実だ。」
男は冷たく告げた。
「僕も同じだ。顔を盗んで生きているけど、心は空っぽだ。」
その言葉は私に刺さった。
私と彼は、誰にも愛されない孤独な存在。
けれど彼は、私を嘲笑い、化かしていたのかもしれない。
それでも、私は彼に触れたくて手を伸ばす。
その感触は、冷たくて、儚くて。
彼は嘲笑った。
「本当の君は、恐ろしい。誰にも見せられない。」
こんな事を言われれば今までならその口を裂いてあげるのにそこには口がない。
でも私は彼の思いを自分と重ねて理解する。
彼もまた、自分の本当の顔から逃げているだけ。
私たちは化け物。
けれど誰よりも人間らしい孤独を抱えた。
「君と僕は似ている。だけど心は違うはずだ…」
「私、綺麗?」
「僕にとっては羨ましいくらいさ」
その言葉を信じて、私は闇の中へ消えた。
だが、彼の姿もまた、闇に溶けて消えた。
誰も知らない。
私の唇は今日も裂けている。
でも、もう怖くはない。
あの男との幻影が、私の孤独を少しだけ癒したから。
そして、変わらずに聞く。
「私、綺麗。」
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