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第45話 カイナ・アスモダイオス厄介オタク

「だっる……昨日もあのクソメガネに夜まで魔剣研究に付き合わされたというのに、黒十字からも日が昇る前に報告書を提出しろだの無茶振りされて……人の睡眠時間を何だと思ってるんでしょうか」


 アベリア・アスモダイオスの朝は遅い。

 単に彼女が夜型というのもあるが、最近はそれ以上に厄介な魔剣狂の研究に付き合わされているせいでもあった。


 風呂キャンどころか歯磨き食事睡眠その他諸々の人間の生活キャンセル勢に付き合わされる身にもなれ、とアベリアは声を大にして言いたかった。


 贋造魔剣《ファルシュ》という格好の玩具を与えてしまったのが運の尽きだったと、今日も待ち受ける研究の予定に肩を落としながら学園の廊下をとぼとぼ歩いて、


「──え?」


 そこで、信じられぬものを見た。


「あ、あぁ……!」


 太陽の光を反射して煌めく赤毛の長髪。

 女性としては一際頭抜けた高い身長。

 気品溢れる凛とした佇まい。

 誰もが目を奪われる、完璧で究極な一番星。


「お、お姉ちゃん……ッッッ!?」


 アベリア・アスモダイオスがこの無価値で不条理な世界を生きる意味が、そこにいた。


☆


 今日の分の授業も無事終わったので、そろそろ起こそうとしていたイベントの為、改めて段取りを確認しようと自室でメモ帳を見返していた時だった。


 バン! と勢いよく部屋の扉が開かれた。


「オマエ!! オマエ!! オマエぇぇぇええええええええ!!!!!!」


 うわ出た。


「なんだなんですなんなんですかあのサプライズ演出は!? 事前に話を通してくれていたらもっとちゃんと格式張った礼服でお姉ちゃんに御目見する機会に備えて一日千秋の思いで待ち受けられたというのに不意打ちなんて聞いてませんよオマエ!?」


 アベリアは俺の部屋に飛び込んできたかと思うと、胸ぐらを掴んで前後左右に揺さぶってきた。


「ふ、フヨウを足止めできなかった意趣返しに黙っていたんだ……ッ」


「ア゛ッ────(汚い高音)!!!! 綺麗すぎ美しすぎ眉目秀麗すぎるぅぅぅ!!!! この世に神様なんているわけないって思ってたけどあの人を見たらもうそんな戯言ほざけない!! むしろあの人が神!! 女神!!」


 話聞いてないなこいつ。


「ど、どうかなさいましたかラゴウさま……!?」


「なになに、なんか得体の知れない奇声が聞こえてきたけど何かあったの……!?」


「ここから直視に耐えない無様な音色が感じられたのだが、一体何事だ……!?」


 天井裏に潜んでいたサクナはともかく、セツカやルートヴィヒまで勢揃いでやってきた。


 そしてこれまで曲がりなりにもクールキャラを貫いてきたアベリアが亜麻色の髪をかき乱して床に転がりながら仰げば尊死しかけている惨状を見て、目を白黒させていた。


「あ、アベリアさま……? どうなさいました、お身体に悪い物でも食べたのですか……!?」


「え、こわ。アレな時のラゴウよりヤバい」


「調律が狂っている……」


 俺と違ってアベリアの本性を知らないこいつらからしてみれば、青天の霹靂といった様子だろう。


 同じオタク気質としてアベリアの奇行は理解できるが、それはそれとして側から見るとただのやべー奴だった。


「何ですかあれ地上に舞い降りた天使か何かですか……!? マジ無理尊すぎる……! 神々しさで目が焼かれる……! 感動しすぎて吐きそう……! うぷっ」


「あ、本当に吐きそう」


「誰か袋持ってこーい!」


「は、ただいま」


 サクナが持ってきた。手渡した。吐いた。


「ああ、お姉ちゃん……! 逢えない日々がここまでアタシたちの絆を強くしてくれていたんだね……!」


「一方的な絆すぎる……」


「妄執にございます」


「姉妹愛と呼ぶには些か雑音がすぎるな」


 全会一致で否決だった。俺もそう思う。


 その後もしばらくは最推しに会えてホントマジ無理尊み天元突破していたアベリアを放置して四人で指スマで遊んでいると、存分に狂い終えたのか居住まいを正したアベリアが至極冷静な口調で言った。


「ふう……失礼しました。少し取り乱してしまいましたね。姉の姿を見てつい錯乱してしまったようです、要反省ですね」


「少し……?」


「年単位で会えなかった肉親を前にした反応としては至極当然の行動とはいえ、オマエたちに迷惑をかけたことは謝罪します。申し訳ありませんでした」


「音程差が激しすぎて目眩がしてきたよ」


 さっきの奇行を矮小化しにかかってるなこいつ。


 オタクが自室で好きなアニメを見ながら狂喜乱舞している最中、ふと後ろを見たら親が扉を開けて立っていた時のような状況だ。


 さっきまでの振る舞いをなかったことにして冷静に対応したくなる気持ちはよく分かる。


「正気に戻っていただけて助かりますが……ええと、アベリアさまのお姉さまが赴任していらっしゃったので、喜びのあまり先程の奇こ──少々行きすぎた感情表現をしてしまった、ということでよろしいでしょうか」


「はい。普段は冷静沈着が服を着て歩いてると評判のアタシですが、幼い頃に生き別れた姉を目にすればこうもなろう、ということですね」


「ふむ、狂想曲(Rhapsodie)ということか」


「うーん、でも私もサク姉と数年ぶりに再会したらって考えると分からなくもないかも」


 この女の狂気はセツカが想定するより何倍も狂気山脈にどっぷり浸かってるが、わざわざここで訂正することでもないだろう。


 それよりもカイナへの対応についてだ。

 原作のアベリア√ではむしろ主人公が敵組織に潜入していたところ、何の因果か彼女の方が学園に潜入してくるという原作にはない展開とはいえ、対処法はいくつか考案してある。


「お、お姉ちゃんと会う時の衣装はどうしましょう……!? 数年ぶりの再会ですから劇的でロマンチックなシチュエーションにするべきですよね。となるとやはりフリルのついた可愛いドレスで空から落ちてくるとか……? いやサクナやセツカが好きな着物というのも悪くない選択肢で今からワクワクが止まりませんね……!」


「まあ待てアベリア、少し落ち着け」


「落ち着いてますがなにか!!??!??」


 荒ぶるアベリアを何とか落ち着かせる。


「向こうも事情があって赴任してきた身だ。慣れない環境、敵地も同然な学園。当然張り詰めていることだろう」


「だからアタシという唯一無二の妹が癒しに行ってあげるんじゃないですか!」


「ずっと仲良しこよしの姉妹だったらの話だろう、それは。だがお前たちは長年引き裂かれていた。ただでさえ不慣れな状況で、更にお前との再会というイベントが重なってみろ。如何に教官といえども情報量の多さに頭がパンクしかねない」


「……むう、確かに一理ありますね……」


 アベリア√は共通ルート終わりから黒十字に潜入し、徐々にカイナとの関係を深めた上で二人の間にある爆弾が炸裂するというのが第一の山場となるストーリー構成だ。


 今の段階でカイナと妙なイベントを発生されても困る。少なくとも共通ルートが終わる一ヶ月先まではお預けさせてもらいたい。


「故に教官が今の状況に慣れて、お前の存在を受け入れられるようになるまでの間……そうだな、少なくとも一月ほどは様子を見た方がいいだろう」


「長い……」


「代わりに再会の場は俺が理想的なシチュエーションに仕立て上げると約束しよう。どうだ?」


 アベリアは手放し難い人材だが、それは向こうも同じだ。俺たちのことを手放すには惜しい存在だと相応の価値を見出しているはず。


 ならば協力を盾に、もう少しだけ待ってほしいという条件を飲ませるくらい訳ないはずだ。

 通らなければ頭痛の種が更に増えるが、さて。


「……絶対の絶対ですよ! 約束を破ったら承知しませんからね!」


「無論だ」


「死なば諸共精神でオマエたちの裏事情を全部黒十字にバラすことも辞さない覚悟ですからね!」


「……無論だ」


 ギリギリだが、ひとまずの猶予は稼げた。

 ハッキリ言ってアベリア√は他と比べて設定的な重要度は低いシナリオだ。

 正直いって面倒臭いが、これも理想のライバルキャラルートの為と思えば仕方ない。


「ああ、お姉ちゃん……! 感動の再開が叶う日は近いですよ……!」


 彼女は常日頃から肌身離さず首に下げたお守り(アミュレット)をかざして、まるで宝物であるかのように目を光らせて見つめていた。

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