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第43.5話 くれえぷ

 ここ王都は、貴族達が住まう上街と一般市民が住まう下街とで明確に区域分けがされている。


 上街と下街を分ける壁、都市全体を覆う壁。

 二重の防壁によって遮られた城郭都市、それがサイフォス王国の王都クシポスだ。


 ちなみに物語の舞台となるサイフォス王立剣士学園は上街に建設されている。

 サイフォス王国の三大名門校の一つで、同時に最大の知名度を誇っていた。


 剣士学園という名前ではあるが種別としては軍学校だ。実力さえ認められれば平民でも入学できる。

 魔法学や貴族社会についての専門校である他二つに比べれば受かる可能性も大きい。


 では何故剣士学園が最大の知名度を誇り、名のある貴族の子女が挙って入学しにくるのか。

 それはこの国が魔剣戦力によって成り立つ軍事国家であり、武芸への造詣の深さが即ち家名の箔となり得る文化だからだ。


 加えてもしかすれば、次代の『魔剣使い』としての素養を見込まれるかもしれない。

 そうなれば貴族社会において生きながら二階級特進、功績次第では更なる地位も夢ではない。

 だからこそ男女関係なく、多くの貴族達が王立剣士学園に集うのであった。


「ま、下街の人間には関わりのないことだが」


 以上、出典:『魔剣戦記公式設定資料集』でした。


「わあ……! シュテッケン法国の首都と違って、なんだか活発というか、お祭りって感じがする」


「あの国はマグス教に支配されているし、首都はその総本山……内情を知る俺たちからしてみれば欺瞞と空虚に満ちた場所だと感じるのも無理はない。その分ここは色鮮やかに見えるだろう」


 ゲームでも不自然にNPCの態度が温和で穏やかで、逆に気味の悪い雰囲気が漂う街だった。


 それに比べてこの王都はゲームでも長い間拠点として滞在する場所で思い入れも深い。

 絶対に訪れることのできない聖地に巡礼することができて、ファンとしては嬉しい限りだ。


 あ、この通りゲームでよく行き来した道だ……。


「人の数も多くて目が回ってしまいそうだわ……セツカさん、目的の茶屋が何処にあるのか、ちゃんと把握できているのですか?」


「もちろん。前々から目をつけていたからバッチリ記憶してる。安心してついてきて」


 言うだけあって、セツカは迷うことなくスイスイと複雑な道を歩んでいく。

 時には近道となる路地裏を通ることもあった。


 地球だとこういった路地裏は治安の問題で通り抜け厳禁のイメージが強いが、俺たちなら武力で問題なく制圧できるから心配もない。


「ぐへへ、そこの三人ちょっと待ちな」

「金目のもん置いてきゃ見逃してやるぜ」

「おっとぉ、お嬢ちゃん二人はダメだぜ。俺たちに可愛がられる仕事があるんだからよぉゲッヘッヘ」


 などとほざく路地裏のゴミ三人組をサクナがぶっ飛ばす一幕があったりしたものの、無事に目的の喫茶店前の通りに出ることができた。


「とーちゃく! ふ、無事に辿り着けてよかった」


「途中に変な輩に絡まれたがな」


「お二人の行く末を妨げる万難は、このサクナが排除いたしまする……っ」


 相変わらずの忠犬ぶりだ。

 露骨に褒めてほしそうにチラチラこちらに視線を寄越してくるあたりも犬らしい。


 仕方がないので頭を撫でたり頬を揉んだり色々しておいた。

 路地裏の陰に隠れているので人目にもつかないだろう。


 これで喜べるのだから、こいつの前世は本当に犬か何かだったのかもしれない。


「ほら二人とも、イチャイチャしてないで行こ」


「してないが」


「申し訳ありません、セツカさん。それでは参りましょうか」


 甘味処、つまりはスイーツ店だ。

 売りは確かクレープだったか。


 ゲームでもちょっとした回復&強化アイテムとして販売されていた。

 もっと言うならギャルゲー的要素も多分に含まれるゲームだったので、デートイベントの行先としても定番だった思い出がある。

 

「クレープっていって、薄く伸ばした生地でクリームっていうのと水菓子を包んだ食べ物なんだって」


「くれえぷ……くりいむ……? あまり馴染みのない名前でございますね」


「アシハラでは聞いたこともないよね」


 アシハラは江戸時代辺りの日本の文化を参考してデザインされていたはずだ。


 二人が果物を水菓子と呼ぶあたりに製作陣のディティールの作りこみが見て取れる。流石は『魔剣戦記』といったところか。


 ちなみにサイフォス王国はというと、フランスを参考にしていると設定資料集に書いてあった。

 他の欧州文化も取り入れてはいるが、基本はフランスをイメージしているらしい。

 クレープがあるのも、クレープの起源がフランスだから……という理由だったはず。


 そうこうしているうちに俺たちの順番がやってきた。ゲームで何度も訪れた場所なのでそれなりに楽しみではある。


 ゲームではヒロインごとに好みの味は違っていて、セツカは確か桃のクレープが好みだった。


「あれ、豚腿肉《ハム》とか乾酪《チーズ》のクレープもあるんだ。菓子って聞いてたけど、甘いのだけじゃないんだね」


「それにがれっと? というものもあるのですね……違いが良く分かりませぬ」


 二人にとっては未知の食材、食べ物だ。まるで予想がつかないのだろう。

 仕方がないので横から解説を挟む。


「……クレープは主に小麦粉が原料だ。菓子にもなるが、それ自体は単なる調理法にすぎん。饅頭とて餡子を包むか肉を包むかで味わい方が違うだろう、それと同じだ」


「ああ、なるほど」


「ガレットは……そば粉を用いたクレープだ。こちらも菓子として食されることもあるが、多くは主食として好まれる」


 厳密にいえば少し違うが、クレープやガレットという大まかな内容だけ同じでも、成り立ちはこの世界独自の過程を辿っている可能性が高い。

 むやみやたらに解説してボロを出しても面倒なので、軽い説明で留めておく。


「なるほど、大変勉強になりました」


「うーん、私は甘いのの口になってたから……よし、桃のクレープにしよう。馴染みのある水菓子だから初挑戦には丁度いいと思う」


 俺は定番のハムとチーズに卵を載せて焼くガレットを注文した。


 ゲームだとヒロインがクレープを楽しむのに対して、シャクヤはガレットを楽しんでいた。俺も小腹がすいていたし、軽食の方が口に合う気分だ。


 残るサクナはというと、どれを頼むか迷っているようでうんうん唸っていた。


「甘味も捨てがたいですが、ラゴウさまと同じ物を食したい気持ちも否定しきれません……っ。わたしは、一体どちらを選べばよいのでしょう……っ!」


 そんなたかがおやつ感覚の食事で世界とヒロインどちらを救うべきか悩むセカイ系主人公みたいな苦悩を抱えなくても。


「両方頼めばいいだろう」


「……それは、そのう」


 サクナの視線がちらりとこちらを向く。そして何度か口を開いては閉じを繰り返したかと思うと、意を決したように問うてきた。


「ラゴウさまは、その……沢山食べる女性は、はしたないと思われますか……?」


 何を気にしているのかと思えば、そんな下らないことで悩んでいたのか。


「たかがクレープやガレットの一つや二つ食べた程度で思う訳がないだろう。……お前がこの店の材料分全てを食いつくすのなら話は別だが」


「そ、そのようなはしたない真似いたしません……!」


「そうか。ならこれで注文するぞ」


 いっぱい食べる君が好きなどというつもりはないが、沢山食べる女性がはしたないなどという前時代的価値観を持ち合わせているつもりもない。


 とはいえ『魔剣戦記』の作中年代を考えればそう不思議でもないか。


 現実の同時代と比べればマシだろうが、それでも中世ヨーロッパ風といえば男女の差が強く意識されている時代だ。

 男は男らしく、女は女らしくという考えが根強くても不思議はない。


「……一度、世界の歴史について詳しく調べるのもありかもしれないな」


 魔剣を含めたこの世界の根幹部分については熟知しているが、細かい歴史などについては詳しくない。

 というより、公式設定資料集に書いてある以上のことは知らない。


 忘れがちだが、この世界はこの世界でちゃんと一から足跡を刻んで歩んできたのだ。

 ゲームのように描写されていない部分は存在しないわけでは決してない。


 折角『魔剣戦記』の世界に来られたのだ。思えば理想のライバルになることばかり意識してそういった楽しみ方をしてこなかったし、いい休息になるかもしれない。


「ラゴウさま、いかがなさいましたか?」


「いや、なんでもない」


 今はこの世界のクレープやガレットを楽しむのが先決か。

 注文した品が運ばれてきたので、店外に設置されている椅子に腰かけ、テーブルの上に置かれたガレットの匂いを嗅ぐ。


「いい香りだ……ふふっ、ゲームに出てきた食べ物を実物で食べられるなんて、ファン冥利に尽きるなァ……!」


「ラゴウがたまに見るアレな顔になってる」


「セツカさん、たとえ事実であったとしても心の中に留めておくのが礼儀というものです」


 聞こえてるぞ。


「言ってろ。……いただきます」


 切り分けたガレットを口に運ぶ。

 現代社会レベルの味は期待していなかったが、中々どうしておいしいものだった。


「ん~! すごいおいしい! なにこれ、未知との遭遇だ……!」


「アシハラの菓子とはまた違った味わいでございますねぇ……」


「このクリームって何からできてるんだろ。うーん、牛のお乳っぽいけど」


「ああ、クリームの原料は牛乳だ。詳しい製法は忘れたがな」


「ラゴウさまは博識でいらっしゃいます」


「……誇れるようなことじゃない」


 確か機械がないと量産できるようなものじゃなかったような。

 少なくとも大衆相手に販売できるほど大量生産するのは厳しかったはずだが、これも異世界ゆえの差異なのだろうか。


 この世界には魔法があり、魔道具がある。

 冷やすという行為のハードルが地球に比べて低いから、氷菓類の進歩も早まったのかもしれない。


 うーんこうして考察してみると案外楽しい。これが世界観設定厨への第一歩か……。


「本当においしゅうございます……、?」


 妄想に浸っていると、ふとサクナの視線が横にそれた。


 何があるのだろうか。気になって追従してみると、そこにはクレープを食べさせ合うありがちなカップルがいた。


「はいダーリン、あーん♡」

「ははっ、情熱的なハニーだ。あーん♡」


 ああいうのってどの世界にもいるもんだなぁ。


「お熱い夫婦……」


「ひ、人前であのような……は、はしたないと思わないのでしょうか」


「そういう価値観は国によって違う。そもそも夫婦ではないだろう、あれは」


「えっ」「えっ」


 おかしなこと言ったか。


「ふ、夫婦でもない男女があんなに公然といちゃついてるの……?」


「ふ、ふしだらにございます……っ」


「単なる恋人だろう。何をそんな……ああ待て」


 そういえば、と思い出す。

 アシハラは江戸時代あたりの日本がモチーフだ。

 その頃なら人前で手を繋ぐことすらはしたない、というのが一般的だったはず。


 そこまで詳しいわけではないが、今のような一般的な恋人像は意外と新しいというのは聞いたことがある。


 ましてや二人はアシハラの皇族や武家の出身だ。

 和歌や恋文でも送りあってそうだし、より一層ああいうバカップルに対する免疫が備わっていないのだろう。


 しかし潜入先の国の恋愛観も知らないとは、黒十字の教育の不手際だな、これは。


「アシハラでは秘すれば花だが、サイフォス王国ではああやって相手への好意は隠さず伝えることが多い。貴族階級ならともかく、庶民ならあれが普通……いや、少し行き過ぎではあるが」


「な、なるほど、そうなのですね……なるほど、なるほど……」


 顔を真っ赤に染め上げて、意識しないようしているのにチラチラと視線を寄越しているのが丸わかりだった。


 二人にとっては人前で濃厚なディープキスを交わしているくらいに見えているのかもしれない。


「というかセツカ、お前も人前で抱きついたり腕を絡めたりしてこなかったか……?」


「私のは心配が先に来てたから健全」


 随分と都合がいい理屈だ。


「……これが、普通、なら……」


 サクナは意を決したように、恐る恐る手に持った物を差し出してきた。


「ら、ラゴウさま……あ、あーんにございます……!」


「……!?」


 なんだこいつ、いきなりどうした……!?


 さっきあれほどはしたないだのふしだらだの抜かしていた癖に行為の意図が全く読めない。

 価値観のアップデートが早すぎるだろ。


「! ……ラゴウ、ここは男を見せる場面。もし選択を誤れば、私はここで『冰雨』を抜かなくちゃいけなくなる」


「そこまで……?」


「そこまで」


 そこまでされるなら仕方がない。

 素直に受け入れるしかなさそうだ。


「あーん……ん、クレープもちゃんと美味しいな」


 流石に地球のものと比べると少し落ちるが、それでも年代を考えると信じられない出来栄えだ。

 流石は異世界、文明の割にうまい食事は定番だ。


 俺の感想に満足したのか、サクナは嬉しそうにはにかんだ。

 今度は自分の番だとばかりに口を開けると、


「あ、あーん……!」


「……自分のを食べればよくないか?」


「ラゴウ、そういうことじゃない」


「そういうことじゃないのか……」


「うん」


 そういうことじゃないなら仕方ない。……のか?

 もうわからないから素直に従っておく。


 切り分けたガレットをサクナの口に運ぶ。

 彼女は噛むごとに幸せがあふれてくると言わんばかりの至福の表情を浮かべながら、最後は名残惜しそうに呑み込んだ。


「……これは、世の恋人さんたちが人目も憚らずに行う気持ちも分かります……」


 まるで禁断の果実でも口にしてしまったかのように、サクナは紅潮した顔で頬に手を当てていた。

 何がそんなにいいのか全く理解できないが、満ち足りたような表情をしているので問題ないだろう。


「終わった? じゃあ次は私。二人だけズルい。ラゴウ、サク姉、あーん」


「……お前は食べたいだけだろう」


「ふふ、少々お待ちください。はい、あーん」


 餌を待つ雛鳥のように口を開けるセツカに呆れながら、それぞれクレープとガレットを口に運ぶ。


 甘味と塩味を同時に食べさせてやろうという悪戯心だったが、満足そうに頷いていたので効果はなかったようだ。


 ここまで来る羽目になったのもこの妹弟子のわがままが原因だし、よくもまあここまで末っ子気質に育ってくれたものだ。


 原作の触れたもの全てを凍てつかせるクールビューティーはどこへいったのだろうか。

 いや、仲良くなったら意外と甘えたがりの図々しさが見えてくるギャップが魅力でもあったが。


「まったく」


 本当に、ままならない奴ばかりだ。






「おーい、アベリア少女。クレープ買ってきたけど食べるかーい?」


「へえ、珍しいですね。寝食忘れて研究に没頭するのが常のアナタが菓子だなんて。クレープですか、シュテッケンでは見かけない菓子ですね」


「そうだろうとも。このクレープの主役であるクリームは私が考案した分離術式の刻まれた魔道具がないと大量生産できない代物だからねぇ」


「……何故そのような魔道具を?」


「私は甘味が好きでね。特にクリームを使ったデザートは最高なんだけど、製法の問題か非常に高価で食べられる機会も限られていたんだ。でもほら、食事如きにそこまでお金をかけたくないだろう? だから研究のついでに一般市民でも手の届く価格のクリーム製造用魔道具を開発したんだよ」


「死ぬほど下らない理由でとんでもないもの作りますね。市場破壊って言葉知ってます?」


「科学の発展に犠牲は付き物だよ」


「アナタの趣味とワガママの犠牲ですけどね」

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