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第39話 降り立つ影

 少女は懐から小さな槍を取り出すと、瞬く間に六尺余りはあろう大きさに伸長させた。


「助けてくれてありがとう」


「お気になさらず。……逃げられますか」


「……厳しいわね。奥義を使った影響でイマイチ力が入らないし、二人も出力超過(オーバーヒート)中。下手に動くと却って貴方の邪魔になる」


「左様でございますか。それでは『救援』が駆けつけるまで少々時間を稼がせて貰います」


 狐面の少女が槍を構える。


 キマイラまでの間合いは七十尺、20mほど。

 魔力の圧から感じられる力量差からして、少女が間を詰めるよりも速くキマイラの爪牙が命を奪う。


 そのことを理解しているからか、魔獣の口元はニタニタと裂けるように吊り上がり。


 瞬きの合間に伸びた槍の穂先が、キマイラの左目を的確に抉り抜いた。


『G──GYAAOOOOOOOOOOOOO!!!??』


 なんだ。何が起きた。

 キマイラは咄嗟に飛び退きながら状況を把握する。


 槍だ。槍が伸びてきたのだ。

 しかもできるだけ伸縮に気づかれないよう、キマイラから見て穂先から石突までが一直線の点となる角度を保っていた。


「一、二、三。一、二……」


 突く、突く、突く、突く、突く。

 少女はその場から動かず、槍を伸縮させることでキマイラに攻撃を加えていく。


『GRUUUAAA!!!!!』


 だがキマイラの硬く分厚い毛皮と皮膚の前には大した痛手にならない。

 先程の一撃は瞳という生物の弱点を的確に狙ったからこそのものだった。


 そのことを理解すれば後は容易い。

 多少の刺突は無視して、少女に向けて突進する。


「《耕壌(こうじょう)植種(うわだね)、緑の天蓋(てんがい)》術式5項『根』」


 だがそれは、少女が誘導した行動だった。

 初級木魔法によって発生した根が輪を結び、迫り来るキマイラの前足を捉える。


 すると木々より高い巨体が嘘のように宙を舞い、四人の頭上を越え、地面に叩きつけられた。


「うっそ」

「やっば」

「すっご」


 その様子を見ていた後ろの三人は、そんな語彙力の溶けた感想しか呟けなかった。


「あの怪物を相手に、互角にやりあってる……!?」


「黒十字の人間、じゃないんだよね!?」


「すっごーい! お姉さんすごすご!!」


「お褒めに預かり光栄至極に存じます。しかしこれは一時凌ぎに過ぎません。いずれは彼の方に天秤が傾きましょう」


 見ると、キマイラは何事もなかったかのように平然と起き上がっていた。

 当然だ。レベル70の化け物がこの程度でやられるはずがない。


 そして向こうも、これで油断をなくす。


「ッ、来ます!」


 分厚い毛皮に覆われた四肢が、それでも尚筋肉によって膨らみ軋む。


 その予備動作から繰り出される突進は、まるで凝縮された嵐そのものだった。

 木々を薙ぎ倒しながら進む暴力は掠るだけでも致命傷となるだろう。


「術式25項『木葉隠(このはがくれ)』!」


 選択したのは詠唱破棄による魔法の発動。


 舞い上がる木の葉が四人を覆い隠し、直後獣の猛進によって呆気なく吹き散らかされる。


 しかし魔獣は感じるはずの手応えがないことに気がつく。把握のため、尾の蛇が舌を出した。


「なるほど、足跡等の痕跡は消していたはずなのにどうやって彼らの位置を探ったのかと思えば、尾の蛇が感知を担っていたのですね」


『! GYAUUU!!!!』


 そのまま蛇が大口を開けて獲物がいる場所に噛み付く。しかし、そこには四人の上着だけがあった。


『!?』


「蛇は体温感知と、舌で匂いを口内に送り嗅覚感知もする……分かっていれば誤魔化す手段は幾らでもあります」


「私はまだ出力超過(オーバーヒート)してないわよ、バーカ」


 上着で嗅覚探知を、『ウテナ』の繊細な炎熱のコントロールによって体温感知を誤魔化したのだ。

 そして、それだけでは終わらない。


「これが最後っ屁よ。『アンシュウマト』!」


 アレクサンドラが指を鳴らすと同時、体温感知を誤魔化していた火種が爆発を起こした。


 『アンシュウマト』。

 火炎の爆発により相手を攻撃するスキルだ。

 流石のキマイラも口腔への直接攻撃は効いたのか。

 体温を感知するピット器官と舌は爛れて使い物にならなくなっていた。


「すごーい! これなら倒せるんじゃ!?」


「いえ……ただ感知能力を潰しただけ。このままではこちらが敗北します」


 とても単純で、だからこそ覆しようのない壁。

 即ち彼我の力量レベル差。

 仮にこの状況を打ち破るとするならば、それは少女が魔剣の真作を持つしかないだろう。

 

「どうにかして隙を見つけださなければ……」


 せめてシャクヤとラニさえ治ってくれれば、アレクサンドラを連れて逃げ出してもらうこともできるというのに。


 だが出力超過オーバーヒートは通常の怪我や病気と違い、治癒魔法の効果が薄い。


 故障していなくても過剰な熱で機械が一時的に動きを止めてしまうように、出力超過オーバーヒートもまた物理的な傷害があるわけではないからだ。


「障害が出ている原因の部位を破壊してから治せば或いは……いえ、リスクが大きすぎます」


 脳や心臓といったデリケートな器官とも密接に結びついているし、魂のような治癒魔法では干渉できない領域も絡んでくる。

 結局時間経過による治癒が一番早い。


「あの方が仰っていた『保険』に頼ってもいい確証を得るまでは、まだ」


 『保険』、それは『影武者』のことだ。

 それぞれが森に踏み入る時点で既にラゴウの影が消失していることをサクナは確認していた。


 魔力を込めてさえいれば魔剣を起動していなくとも維持できる実験はまさにこのような時のためだったのだと、先見の明に感服したくらいだ。


 だが監視の目がどこに潜んでいるかも分からない現状、下手に『影武者』に頼れば最悪黒十字への裏切りと捉えられかねない。

 そう判断されなくても、不審の念を抱かれるだけでも致命傷となる。


 だからこそ助けてもいい理由──王国に味方する第三者の目が現れるまでは持ち堪える。


 そうすればラゴウは『結界の外に逃げ切られる可能性があった為、王国からの信頼を得る方向へ舵を切った』と言い訳できる。

 理想は濃紺装束の男、次点でサルファ、王国の教師陣だ。


「その為なら、わたしは」


 幸いサクナは本来この世にいない人間。

 シャクヤたちを手助けしたところでラゴウとの関与が疑われることもない。


 少女は決死の覚悟を抱いてキマイラの姿を見据えて、そうして気づく。

 キマイラが、何故か空を見上げていることに。


「なにを……ッ!?」


 フェイントでも仕掛けてくるのか。

 その推測はしかし、直後に背後から打ちすえる轟音と暴風によって否定される。


 何が起きたのか。

 振り返ると、そこにはもう一体のキマイラが悠然と立っていた。


「嘘でしょ、ここで……!?」


「顔的にさっきの……ってことは、あの急に現れた人がやられたのか!?」


「いえ、そうとは限りません」


 見れば、現れたキマイラは生傷だらけで息も絶え絶えだった。

 尾の蛇に至っては半ばから切断されてしまっている。


 更に『ナーガラージャ』は毒の魔剣だ。

 このキマイラはそう長くは保たないだろう。


「死ぬ前に主人からの命を果たそうとやってきた、というわけですか」


 今にでも濃紺装束の男がやってくるだろうが、その前に二体がかりで標的を仕留めようという腹積りなのだろう。


 二体のキマイラが目配せをする。

 確実に四人を殺さんとする意思に、自然と少女の槍を握る手に力が入った。


「……この二体」


 シャクヤが何かに気付いて呟いたようだが遅い。

 キマイラは先程と同じく四肢に力を込めると、爆発的な速度で以て四人を跳ね飛ばさんと迫る。


 その二重。魔法を用いても回避は困難だ。


『ガァAAAAAAAAAAA──!!!!!』


 シャクヤはラニを抱きしめ、アレクサンドラはそんな二人に覆い被さる。

 少女もまた、命を賭してでも三人を守ろうと魔法の呪文を詠唱して。


 

 大気が、震えた。



「……え?」


 その声は誰のものだっただろうか。

 少なくとも、少女以外であることは確かだった。


「……ああ……」


 いつも見てきた背中。

 キマイラたちの突進を刀一本で防ぎ、あろうことか弾き返してみせた男の背中。


 死の覚悟すら決めていた少女は、来てくれたという安堵感と頼ってしまった不甲斐なさ、二つの感情に胸中が支配される。

 

 ──ラゴウさま……っ。


 ラゴウの姿が、そこにあった。

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