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第37話 想定外の事態が起きると鳩尾の奥が締め付けられる感じする

 この実地訓練は『魔獣の森』に敷かれた三つのルートを各々のペアが進むという形式だ。


 道中には魔物という障害が待ち受けていて、ゴールにあるアイテムを持って帰ってくることができればクリアというシンプルな内容だ。


 さて俺はというと、シャクヤとアレクサンドラが通ったであろうルートを辿っていた。

 原作通りならそろそろ会敵していてもおかしくない頃合いだ。


 凶暴なオーガの猛攻を前に一度は敗走を喫し、崖の下に落ちた先の洞窟に逃げ込む二人。


 そこで王女様の身の上話の一端を聞かされ、絆を深め合い、再び『隻眼のオーガ』に立ち向かって見事勝利する……。


 それが原作の流れだった。


「この騒動に関してはほとんど手を出す必要がないな。下手に改変して痕跡を残しても馬鹿らしい」


 最後の方で二体目のオーガが現れ、それを俺とセツカで倒すだけの簡単なお仕事だ。

 つい先日大ポカやらかしたばかりだし、文字通り陰ながら見守っておくとしよう。


「……待て」


 そう思っていたが、何やら空気がおかしい。


 二人の戦場はまだ先なのに、ここまで殺気が漂ってきている。たかがレベル20以下の魔物程度がここまで強力な気配を放つか?


 加えて、ここから少し進んだところに数十名の人間の気配が感じられた。


 黒十字の人間だろうか。

 ゲーム本編で描かれなかった裏事情については知りようがない。それはここまでの経験で嫌というほど思い知らされている。

 慎重に足を運ぶと、案の定見覚えのある黒装束たちがいた。


「……貴様たち、一体ここで何をしている?」


「! これはこれは、十剣第九位シュヴェルト・ノインのラゴウ様ではありませんか」


「事を起こすというのは聞かされていたが……予定地はもう少し先ではなかったか? 何故ここにいる。しかも贋造魔剣(ファルシュ)まで携えているとは」


 身内にアベリアがいるからポンポン扱えているが、本来贋造魔剣というのは製作に現代日本換算で億単位の金を必要とする武具だ。


 実用レベルになるとさらに桁は跳ね上がる。

 シュテッケン法国を擁し、国家予算規模の金を扱える黒十字騎士団ならばそう痛手ではない額だが、おいそれと渡せるような代物でもないはずだが。


「ハ。『上』からの指示で、急遽ワンランク上の武装が手配される運びとなりました。我々は万が一討ち漏らした場合に標的の二人を仕留めるべく配置された部隊であります」


「奴らは曲がりなりにも魔剣使い……まだまだ青いが、万が一を考えれば後詰はして損はない」


「は。配置予定だった特殊個体のオーガから急遽キマイラに変更になったとはいえ、油断は禁物ですから」


 えっ。


「……き、キマイラというと……黒十字基地の地下最深部にいる魔物たちの中にいた、あの?」


「はい。来る『決戦の日』に向けて本部やその周辺支部の地下最深部で飼育されている上位種の魔物たち……その中から選び抜かれた一体です」


 キマイラは原作において、最低でもレベル70以上はある強力な魔物として扱われていた。

 言ってしまえばかつて俺が倒したマンティコアの上位個体みたいなものだ。

 黒十字が飼育する魔物の中でも数体しかいない最高ランクといっていいだろう。

 

 選りすぐりの王国騎士が策を練り、陣形を組み、十人単位の犠牲を覚悟してようやく倒せるかどうかといったレベル。


 魔剣を起動した隊長格──フヨウなら魔剣を使わなくても普通に倒せそうだが──なら多少苦戦はすれど倒せるだろうが、まだゲーム換算でレベル10や20そこらだろうシャクヤたちに差し向けられた?


「ふむ、発案者は確か……」


十剣第八位シュヴェルト・アハトのエアフォルク・アハトゥングス様でございます」


「ああ、そうだったな」


 エアフォルクぅぅぅぅうううううう!!!!

 なにやってんだお前ぇぇぇえええええ!!!!

 ふーざーけーるーな!! ふざけるなぁ!!


「そ、うか。流石はキマイラ、魔力の圧からその強さが感じ取れる」


「ええ。この作戦、我々の勝利です」


「フ」


 そうなったら死ぬほど困るんだけども。


「我々はこの場で待機の命を受けておりますが、ラゴウ様はいかがいたしますか? 場合によっては一人程度ならお供に付き添うことも可能ですが……」


「構わん。一人で様子を見に行こう」


 この場に『蟲』の人員はいない。

 純粋な黒十字の人間を側に置くのは危険だ。

 断って、一人森の道を疾走する。


「一体どうなっている……!?」


 何故エアフォルクが手を出してくるのか。

 意味が分からなかった。


 確かに少々煽ったり煽ったり煽ったりはしたが、あれくらいなら原作でもそう変わらないやり取りがあったはずだ。

 何故わざわざ計画を変更させてきたんだ。

 全く心当たりがなかった。


『ラゴウさま、サクナでございます。此度の作戦についてご報告したく連絡させていただきましたが、よろしいでしょうか?』


 アベリア製の通信用魔道具から声が聞こえた。


「! サクナか。今の状況について尋ねたい」


『は。承知の事と存じますが、黒十字騎士団は当初から予定を変更してキマイラを連れてきました』


 承知のことではないんですがそれは。


『それによりお三方は窮地に立たされましたが、例の濃紺装束の男によって何とか危機を脱することに成功……わたしも待ち受ける罠のことを伝え、迂回路への誘導に成功した次第でございます』


「よくやった」


 流石にレベル70相当のキマイラ相手に今の二人では勝ち目がなさすぎる。

 隠密暗殺部隊長のラシードが護衛についてるだろうし、『影武者』もつけているとはいえ万が一の可能性は拭いきれない。


『はい。全てはラゴウさまの作戦通り──エアフォルクさまの介入を見越した上で失敗に追いやり、より高い地位を簒奪せんとする思惑の筋書きに沿っております』


 なんて?


「…………そ、そうか。今のところは俺の狙い通りにことが進んでいるか」


『は、あとはフヨウさまのいる結界の外まで逃亡させることが叶えば作戦成功でございます』


 そっかあ、俺そんな作戦立ててたんだぁ。

 我がことながら今初めて知ったよ。


 ……なんて現実逃避じみたことを考えつつ、脳の別領域で思考をフル回転させて最適解を導き出す。


 隻眼のオーガからキマイラに変わって焦りはしたが、流れ自体は原作に沿ったままだ。


 具体的なタイミングは不明だが、フヨウもそのうち結界を抜けてこちら側にやってくる。

 それまで持たせれば最悪の事態は避けられる。

 ……はず。多分。きっと。


「……よし、サクナは引き続き奴らの監視兼護衛に回れ。俺は下手に動くと黒十字の目に留まりかねん、痕跡の始末でもしておこう。誘導のルートもこちらの指定した道筋を使え』


 原作でシャクヤたちが隻眼のオーガと戦った場所のあたりを通るよう、それとなく説明する。


 『影武者』もいるし、大丈夫だと信じたい。

 『影武者』は基本指示したことしか行わないが、思考自体はそこまで馬鹿じゃない。

 本当に危なくなったら助けに入るよう命じてある。


 ……まあ最悪、タイミング次第では黒十字に「なんでシャクヤたちを助けたのか?」と疑いを持たれかねないから避けたいところではあるが。

 背に腹は代えられないだろう。


『承知いたしました。ラゴウさまもお気をつけて』


「ああ。……お前でもキマイラの相手は厳しい。いざという時の保険も用意してある。会敵してもまともに相対しようなどと思うなよ」


『心得ております。それでは』


 そういってサクナは姿を消した。

 俺もある程度裏方の仕事を終えたら秘密裏に合流しよう。


 頼むから原作から大きく外れてくれるなよ。

 そう神頼みしながら、シャクヤたちが残した足跡などの痕跡を地道に消していくのだった。

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