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第22話 サイフォス王立剣士学園

 サイフォス王国。

 西欧諸国では知らぬ者がいないとまで云われ、最も広大な国土を誇る軍事大国だ。


 その根幹を為すのは六本の『魔剣』。

 例外を除いてほとんどの国が持って一、二本ということを考えると圧倒的な本数といえる。

 しかし、サイフォス王国が軍事大国として知られる所以は本数だけではなかった。


 太陽剣『ウテナ』。


 太陰刀『潮月』と対をなし、魔剣三十三工の中で最強の名を二分する黄金の剣。

 サイフォス王家は、代々『ウテナ』の適合者を輩出する血筋でもあった。

 古くから受け継がれてきたその戦力こそが、サイフォス王国を強国たらしめる所以なのだ。


「ここがサイフォス王国……そして国が誇る剣士養成の名門、サイフォス王立剣士学園か」


 白い制服を身にまとった生徒たちがくぐる、目の前に燦然とそびえ立つ門の先に、悠然と佇む巨大な白亜の建築物が広がっていた。


「来たぞ、ゲームの舞台……!」


 十五歳、春。

 ゲーム本編が始まる時間軸であり、物語の舞台となるサイフォス王立剣士学園へとやってきていた。



 ここに来る前、獅子王テンマ=ジナとその側近ミラ・ハーフアスドから下された命令を思い出す。


『貴方たちにはサイフォス王立剣士学園への潜入、および太陽剣『ウテナ』奪取の任を命じます』


『『ウテナ』は私が長年追い求めてきた魔剣でね。詳細は明かせないが、どうしても必要なんだ』


 もちろん俺は詳細を知っている。

 獅子王が持つ魔剣・真打『魔王』の封印を解くには太陽剣と太陰刀の二振りが必要となるからだ。


 俺たちの扱いは留学生。

 サイフォス王立剣士学園は世界で唯一の『魔剣使い』の育成カリキュラムも備えた機関だ。


 研究の目的もあって、昔から他国にいる魔剣使いの留学を誘致していた。

 それは同時に、留学生を通じた国同士の戦力的な政治闘争でもあるらしいのだが。


『しかし所詮は国のまつりごと。黒十字の爪牙たる貴方がたはただ命じられた通り任務をこなすだけでよいのです。猿でもできる簡単な仕事でしょう?』


 などと嫌味ったらしく言いつけられたのだった。


『ご安心ください。不肖このサクナ、お二人の補助を誠心誠意努めさせていただきますゆえ』


「ああ。……お前の気配遮断スキルも中々板についてきたな。俺でも気配を探りづらい」


『ハ、お褒めに預かり光栄にございます』


「まさかとは思うが、昔のようにトイレや風呂場にも付いてきてはいないだろうな?」


『…………』


「おい何故黙る。おい……おい?」


『失礼致します』


 逃げやがった。

 もしかしたら一番渡してはいけない奴に気配遮断スキルが渡ってしまったのかもしれない。


 ちなみに、気配遮断は実際の『魔剣戦記』のゲームシステムにも存在したコモンスキルの一つだ。

 魔剣スキルに比べれば控えめな性能だが、戦闘を有利に進める上で重要なピースとなる。


「く、結局『蟲』だなんだと訳の分からん組織を勝手に作りやがったことへの対策も思いつかなかったのに、厄介なスキルまで身につけやがって……!」


 サクナの生存による影響だけでも胃が痛いのに、あんな特大のオリジナル要素による原作への影響なんて考えたくもなかった。


 これじゃライバルを超えて別ジャンルの主人公みたくなっちゃうでしょうが。


 なんであんなにバイタリティに溢れてるんだ。何があいつを突き動かすんだ。

 ……ダメだ。これ以上はドツボにハマるだけだ。今考えるのはやめよう。


 遠い目をしていると、セツカが腕に抱きついてきた。力が強い。ちょっと痛い。


「……サク姉と同じで、私もラゴウの計画には賛同してる。だけど一番大事なのは二人の命。もし二人に何かあったらって思うと、息ができなくなる」


「……ああ」


「だから忘れないで」


 ぐい、と襟を引っ張られ顔の位置を下げられる。

 耳元に桃色の唇が寄せられて、透明感のある静かな声で、重油のように粘つく感情を耳にした。


「──もしもの時は、手足を全部切り落としてでも止めて逃げるから」


 ぞわり、耳から脳に突き抜けていく音は、背筋も凍るような冷たさを孕んでいた。


「…………分かった」


「よろしい。……何度も言うけど、二人とも本当危なっかしいから。気をつけてね、ホントに」


 光のない目から一転、いつものような子供っぽい無邪気な様子に戻る。

 

 なんでこんな重い子になっちゃったんだろう。

 いや原作でもずっとサクナのこと引きずってたくらいには重かったけど。

 闇のヤンデレから光のヤンデレになってる。

 いやいうほど光か?


 恐怖に震えながら、周囲に何人かいる同族の気配を感じ取る。

 組織との連絡役と称して、その実監査役の団員たちが学園に紛れ込んでいるのだ。


 あるいは生徒。

 あるいは教員。

 あるいは用務員。

 様々な立場から俺たち、ひいては太陽剣『ウテナ』を監視していた。


「そして、その注目を一身に浴びているのが……」


 特定人物を思い浮かべたところで、学園の門の前に豪奢な装飾が施された一台の馬車が停まった。

 周りにいる学園の新入生たちも、その馬車の存在感に目を奪われていた。


 しかし豪奢な装飾よりも、余程他人の目を奪う者が馬車の中から現れる。


「お嬢様、どうぞお手をこちらに」

「ええ、ありがとうラシード」


 黒髪の執事の手を取り、優雅に馬車から降りてきたのは、上質な絹糸のような緋色の髪と、宝石のように碧く輝く瞳を持った少女だった。


 まるでどこぞの高貴な身分の令嬢かのような気品溢れる佇まいの彼女は、真実高貴な身分だった。


「きゃー! アレクサンドラ様ー!」

「生アレクサンドラ様よー!!」

「実物はオーラが違うぜ……!」

「なんて……なんて神々しいんだ……」


 アレクサンドラ・オブ・サイフォス。

 サイフォス王国における第一王女。

 『魔剣戦記』において、多くのプレイヤーがまず初めに攻略するであろう王道ヒロイン。


 そして、黒十字騎士団が狙う太陽剣『ウテナ』の現所有者であった。


「そして原作通りの流れなら……」


 チラリ、視線を動かす。


 モーセよろしくアレクサンドラへの露骨な忖度で開いた人混みの中央を、紺青色の髪の青年と金髪紅瞳の少女が、キョロキョロといかにも『お上りさん』といった風な様子で歩いていた。


 心臓が高鳴る。

 口角が吊り上がる。

 間違いない。奴は俺が待ち望んでいた宿敵ライバルにして、この物語の主人公。


「ねえシャクヤ、これが『オシロ』ってやつなのかな……!?」


「違うよラニ、ここは僕らが通う『ガッコウ』って場所だよ。……多分、そのはず、だと思う」


 紺青の青年、シャクヤ。

 金髪の少女、ラニ。

 『魔剣戦記』における主人公とその相棒が、俺の目の前で巨大な学舎を前に戸惑っていた。


 『魔剣戦記』のプロローグはルンビニ村という田舎の農村から始まる。

 隣にいる金髪の少女との出会いをきっかけに、彼の物語は始まったのだ。


 そして、なぜアレクサンドラがヒロインとして最初に攻略されがちなのか。

 その理由が分かるイベントが発生する。


「そこの貴方たち! 私が通る道の真ん中に立ち居座るなんていい度胸じゃない。私が誰だか理解しての狼藉かしら?」


 そう、まるで嫌味な悪役令嬢かのようにアレクサンドラが主人公シャクヤに絡むのだ。

 根が高飛車な王女様という側面もあるが、それ以上に初日だから舐められまいと気丈に振る舞っている、というのが理由の一つだったはずだ。


 それに対するシャクヤの反応は、


「えっと、ごめんなさい。誰、ですか……?」


 と、一刀両断するのだった。


「な──な、なぁんですってぇ……?」


「ラニ、知ってる?」


「シャクヤが知らない人をわらわが知ってると思う?」


「だよね。……あの僕たち、ルンビニ村ってとこから出てきたばかりだから都会のことはよく知らなくて……すみません、あの、有名なお貴族様……ですか?」


 この国の王女様だよ。

 周囲の心の声が完全に一致した瞬間であった。


「ふ、ふふ……そう、所詮私は家名を着飾るばかりで実の伴っていないハリボテってこと……?」


「お嬢様、お気を確かに。あの方はそのような意図を以った発言は一切しておりませ」


「いい度胸ね! その喧嘩買ってあげる! 式が始まる前に、この私が何者か骨の髄まで思い知らせてあげようじゃない!」


 烈火の如く怒るアレクサンドラに、その場の誰もが「偉いことになってしまった」と頭を抱える。

 一方、怒りの矛先を向けられてシャクヤはというと、


「え? え?」


 訳がわからないよ、といった様子だった。

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