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第16話 涙刀『冰雨』vs雷斧『サラマバサラ』

 ──場面は変わり、第二決闘場。

 御上雪花vsウコン・マーンアホの試合。


「どうしたどうしたァ!? その程度かよ、涙刀『冰雨ひさめ』って奴の力はよォ!?」


「くっ──!」


 2mはあろう巨大な片刃斧が、まるで子供が振り回す木の枝のように軽々と振るわれる。


 一撃でも喰らえば体が真っ二つになる斬撃の猛攻に、セツカはギリギリのところで受け流すことしかできなかった。


 火花と共に甲高い鋼の音が連続して鳴り響く。

 透き通る氷の刀身で何とか紫刃の斬撃を防ぐも、勢いは殺しきれず数メートルほど後退してしまう。


「ったく、こんなクソ雑魚が相手とはな。このウコン・マーンアホ様に対する侮辱もいいとこだぜ」


「……言ってくれる」


「事実だろうがよ。ま、相性が悪過ぎたのは同情してやるぜ。非力な女ってだけでもハンデだろうに……」


 ウコンが『サラマバサラ』を高く掲げる。

 大気が震え、雷鳴が響き、稲妻がほとばしった。


「魔剣の相性も悪いんだからなァ!!」


 そう。

 全ては戦闘が開始した瞬間に決まっていた。


『轟けェ!! 『サラマバサラ』!!』


そそぎ落とせ『冰雨』』


 起唱と共に白霧の竜が舞い、紫電の虎嘯こしょうが響く。


 『サラマバサラ』は雷を操る斧の魔剣だ。

 正確には先端に槍がついた、いわゆる槍斧ハルバード

 鉱石からそのまま削り出したような無骨な意匠。

 落雷の如き一撃は天を割り、地を砕く。


 パッシブスキル『ライトニングストライク』はその具現であり、武器の落下距離──つまりY軸方向の移動距離に応じて威力に補正がかかるという特性を持っていた。


 一方、涙刀『冰雨』は水と氷を操る魔剣だ。


 正確には過冷却水という、少しの刺激で凍りついてしまう水を操ることができる。

 更に凍結のタイミングは任意でも決められる。


 本来ならば強力な魔剣として『サラマバサラ』にも引けを取ることはない、だが。


「水は電気をよく通すってなァ!! ヒャハハハハハハハァ!!!!!」


 その理屈はこの世界でも通用した。


 水では電気を防げない。ならばと氷の盾を作り出せば、魔剣本体の一撃で容易く砕かれる。

 斧本体の攻撃を凌いでいると、剣を通じて伝わってくる電流がセツカの体を麻痺させる。


 威力重視の超攻撃型魔剣。

 それが雷斧『サラマバサラ』の特徴であった。


「攻撃が重い……っ、体が痺れる……!」


 迸る電流と、鋼越しに伝わってくる強烈な衝撃による二重の痺れ。


 手から力が抜けて刀の柄を落としそうになるが、歯を食いしばって力を入れ、辛うじて防ぐ。


 スイゲツの鍛錬を受け、後の先を得意とし相手の攻撃を受け流して隙を突くセツカの剣術を、真っ向からの力押しで破らんとするゴリ押しの極地。


 それこそが団員番号0014番、ウコン・マーンアホが誇る戦闘スタイルだった。


「貰ったァ!!」


 セツカの身体が一瞬硬直した隙をすかさず突いた、力任せの横薙ぎの一撃が放たれる。

 喰らえば致命傷。


「『霧雨』」


 故にセツカはスキルによって凍てつく霧を放出。

 突然の白霧にウコンは攻撃の手を緩めてしまう。


「んだァ霧ィ!? ──ッ」


 僅かに速度を落とした斬撃は、間一髪のところでセツカを仕留めるには至らなかった。

 胴体が浅く切られ、血が流れたがその程度。


 薙ぎ払いは空を切り、セツカは素早く距離を取る。ウコンもそれ以上の追撃はしなかった。

 というより、できなかった。


 ──この霧……下手に呼吸するとマズいな。


 『霧雨』の白霧もまた過冷却水。

 不用意に息を吸えば肺が損傷することを肌で感じ取ったのだ。


「……相性不利、か」


 馬鹿力による近距離攻撃と、電撃による中距離攻撃だ。

 電撃だけなら氷の盾で防げるが、ウコンもそれは理解しているのか、距離を離さず斬撃と電撃を併用してくる。


 そして巨大な槍斧ハルバード故、リーチは『冰雨』の上だ。

 近づこうとすれば、相手も斧を小回りの利く槍として扱い、一定の間合いを保つように立ち回る。

 巨大な刃がある種の盾として機能するので、下手に打ち込むと弾かれ隙を生む結果になりかねない。


 後の先を打ち崩す先の先。

 水では防げない紫電の力。

 氷の盾を叩き割る強烈な斬撃。

 間合いを保つ戦闘技術。


 セツカはそれら敵の手札を考慮した上で──かすかに口角を吊り上げた。


「余裕で、勝てる」


 『サラマバサラ』の真髄は振り下ろしにある。

 落雷の如き一撃は、高きから低きに落ちる際に最も威力を発揮するのだ。

 

 ならば勝ち筋は決まった。

 同時に雷電が奔り、白い霧が吹き飛ばされる。


「チッ、面倒くせェ小細工なんぞに頼りやがって……ッ! どこいったチビィ!?」


「ここ」


 セツカの返答に対して、ウコンは怒りに満ちた瞳を向ける。そこで気づく。

 セツカの構えが、先程までと違うことに。


「んだァ……? その構えは。俺と正面向いて斬り合うのにビビったのかァ?」


 セツカは正面を向くウコンに対して直角九十度となるように横を向き、視線と切先を相手に向けつつ、刀を顔の横で寝かせるように構えていた。


 霞の構え、と呼ばれる体勢だった。


「しかも刃先からチョロチョロ水が垂れてんじゃねェか。テメェは剣から小便漏らすのかよ?」


「好きに捉えていい。どうせ……敗れるのは貴方」


「──……上等だ、クソ雑魚チビが。調子乗ってんじゃねェぞ三下ァ!!!!!」


 煽られ、怒髪天を衝いたウコンが吠える。

 怒りのまま足場を砕きながら猛進する姿は、さながら駆け回る闘牛のようだった。

 紫電を浴びた斧を振りかぶり、雷鳴と共に勢いよく振り下ろす。


「『落雷ウッコ』!!」


 『サラマバサラ』の基本にして、八種の中で最も強大な威力を叩き出せるスキルだ。

 当たれば大打撃は免れない。


 対してセツカは『冰雨』によって受けた瞬間、刀身を斜め下に動かし、斧の軌道をズラした。

 紫紺の刃が石畳を砕き、破片が弾丸となって飛散する。

 されど肝心の少女はほぼ無傷。


「なっ」


「『五月雨さみだれ』」


 斬撃と水圧の二重攻撃。

 攻撃の直後にできた間隙を突いた一撃。

 ウコンが咄嗟に柄を跳ね上げたことで斬撃は防がれたが、水圧で吹き飛ばすことに成功する。


「ぐオォ……!?」


 しかも過冷却水故に、『冰雨』の水攻撃には全て凍結の追加効果が発生する。

 ウコンの皮膚がひび割れ凍り、赤くにじんだ。


「ば、馬鹿な、ありえねェ……!? 魔剣で受けた瞬間、『サラマバサラ』の電気はテメェの体を痺れさせるはずだ……!! 攻撃できるわけが」


「水は電気をよく通す」


 淡青色の刃からチョロチョロと漏れ出る水が、凍りつかず地面に水溜りを作っていた。


「そして電気は流れやすい方へ流れる。『冰雨』から漏れ出る水が地面に電気を逃してくれる」


 要は簡易的なアースの生成だ。

 水を通じて地面に電気を逃がすことで、セツカは自身への電流を防ぐことに成功した。


「力を込めた電撃ならまだしも、攻撃に付随する電流なら問題なく防げる。これで私も反撃できる」

 

 切先を向ける。ここからが本当の勝負だとでも言いたげな動作に、ウコンの苛立ちが昂った。


「舐めやがって……ッ! ならお望み通り、最大火力の電撃を込めた一撃をお見舞いしてやらァ!!」


 ウコンの魔力が『サラマバサラ』に集中する。

 やがて空気を絶縁破壊し、石畳を融解させるほどの雷撃がただの余波として放たれた。

 

 各魔剣に二つ設定されている奥義の一つ。

 『サラマバサラ』のそれは『墜雷キルヴェス』といい、身体能力を電気刺激によって底上げしながら放つ究極の振り下ろしだ。


「『水斬みずきり』」


 呟きと同時、『冰雨』の刀身リーチを伸ばすように高圧水の刃が形成された。

 攻撃の当たり判定と威力を上昇させるスキルだ。

 セツカもまた、静かに剣を振り上げる。


 上段の構え。スイゲツから叩き込まれた剣術においては、奇しくも『雷刀』と呼ばれていた。

 最も速く、最も威力の高い振り。

 なればこそ、それに対応した技もまた既に編み出されている。


「剣を振り上げた……? 打ち合う気か!? 馬鹿がッ、力負けだァ!!」


 咆哮と共にウコンが駆ける。

 狙うはセツカの脳天ただ一つ。

 薪割りのように彼女の細身を叩き切る。


 その目的のみに意識を全て注ぎ込み、乾坤一擲けんこんいってき、いざ振り下ろす──!!


彼我相共ひがあいとも雷刀らいとうに立つ」


 それに対して、セツカの動きは単純だった。

 相手の打ち込みから刹那だけ遅れた絶妙なタイミングで、綺麗にまっすぐ剣を振り下ろした。


「故に、相雷刀あいらいとうと謂ふ」


 それだけだった。

 それだけで雷電の斧はセツカの肩先数ミリを通り過ぎて──『水斬』による水の刃が、ウコンの両手首を容易く両断してみせた。


「は」


 直後、鼓膜を破る雷鳴が鳴り響く。

 莫大な電熱が石畳の床を溶解させ、衝撃波が内蔵を打つ。

 真横で起きた破壊に少なくないダメージがセツカを襲う。だが致命傷には程遠い。

 一方ウコンは、遅れて自分の惨状に気がついた。


「て、手が……俺の手があああァァァ!!!??」


 浅黒い肌をした両手が地面に落ちて、神経や肉の露出した手首の断面から大量の血液がこぼれ出る。

 今、彼の身に何が起きたのか。


「徒神影流"落椿おちつばき"」


 現実にある新陰流という流派において、『合撃がっし打ち』と呼ばれる技がある。


 相手の太刀筋に合わせてほんのわずかだけ遅らせ、中心線に沿って振り下ろす。

 すると相手のまっすぐな斬撃に打ち乗る形となり、相手の太刀の上から交わり軌道を崩す。


 中心から外された相手の刃は自然と外側に流れ、逆に自分の太刀はそのまま相手へ届く。

 今回でいえば手首を切り落とす結果に繋がった。

 刀と斧という違いはあるものの、基本は同じ。


 両者が同じまっすぐの斬撃を繰り出せば、どちらかの太刀筋が横にズレる。

 その場合相手の刃の上を取った者が有利となる。

 いってしまえばそれだけの話だった。


「馬鹿みたいに振り下ろしを繰り返していれば、貴方の『呼吸』も見えてくる。多少速度が上がっても、攻撃の拍子タイミングは嫌でもわかる」


 しかし相手が繰り出したのは仮にも魔剣の奥義。

 しかも『サラマバサラ』は近距離パワー型。

 パワーの差で弾かれる恐れもあったのに、なぜ目論見通りに手首を切り落とせたのか。


「そして『冰雨』の特性『雨洗風磨』……衝撃を受ける度に、魔剣の力は高まっていく」


 ゲーム的に言えば、ガードに成功する度に攻撃に威力補正がかかるパッシブスキル。


 この世界風に言えば、魔剣による魔力の生成・圧縮を外部からの衝撃を利用してより高める機能。


 戦闘の前半、ウコンの攻撃を捌いていたことで得られたバフだった。


 さらに補足するなら、先の『五月雨』による凍結も影響を及ぼした。

 凍てついた体は本来出せたはずの全力を僅かに鈍らせ、奥義の威力を低下させたのだ。


「ら……雷撃は!? 斬撃は防げても、サラマバサラの雷はどうやって凌いだってんだ!?」


「簡単。中には電気を通さない水もあるってだけ」


 純粋な水は空気の二十倍もの絶縁体性能を誇る。『水斬』で纏ったものがまさにそれだった。

 生成に集中力を要する欠点もあったが、だからこそセツカはウコンの行動を誘導することで、余裕を持って作り出すことに成功していた。


「ぜ……全部、計算のうちだったってのか」


 勝因を淡々と語りながら、少女は刀に付着した血と脂を、能力によって生じる水で洗い流す。

 ウコンは震えながら勝者を見上げた。

 そこにいたのは、白雪の如く冷徹な死神だった。


「私には待ってくれる人たちがいる。三人で一つの命なの。だから死ぬわけにはいかない──ごめんなさい」


「く……クソがあああああああああああァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」


 銀閃が走る。

 死闘の末に勝利をもぎ取った原作よりも遥かに優雅に、セツカは勝利を掴み取ったのだった。

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