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第13話 姉妹

「おめでとう、セツカ。晴れて君は涙刀『冰雨ひさめ』の正統所有者となった。さあ受け取りたまえ」


 あの後。

 意に沿わぬ形で勝利を掴まされ、目の前で慕っていたサクナを失ったセツカは、半ば抜け殻のように放心状態となっていた。


 その状態で獅子王と側近のミラに連れ出され、先にラゴウも訪れた魔剣贈呈の広間──『剣の間』にて、涙刀『冰雨』を受け取っていた。


「……はい、ありがとうございます……」


 だが、セツカには喜びも達成感もなかった。

 あるのはただひたすらに虚しさが募る絶望。

 そこに正の感情はなく、負の感情だけが胸中を支配していた。


「抜いて見せてくれ。君が所有権を得た証を」


 セツカは言われた通り、『冰雨』の刀身を露わにした。


 白い柄巻きに巻かれた群青の柄を握り、純白の鞘から姿を見せたのは、雪輪文様の鍔から生える透き通るような淡青色だった。


 氷をそのまま精錬して日本刀の形に鍛えたかのような一振りは、見るもの全てに感動を覚えさせる。


「流石はあらゆる魔剣の中で最も美しいと云われた一振り、感嘆の声を漏らさざるを得ないな」


「はい、なんと美麗な……」


 人の血が流れているか疑わしい魔人すら震える美しさに、しかしセツカは何の感慨も抱かなかった。

 

 ──だからなんだ。サクナはもう、戻って来ないというのに。


 触れたものを皆全て凍てつかせそうな刀身は、まるで今のセツカの心のようだった。

 あらゆる感情が静止した氷の心。

 嘆くことすら億劫な虚脱感に支配されていた。


「魔剣を得たということは、黒十字騎士団の最高団位である十剣シュヴェルトになる資格を得たということだ。昇格すれば特権も得られる。精々励んでくれたまえ」


 そんな、セツカにとっては毛の先程の価値もない励ましを最後に、二人は去っていった。

 残されたセツカは、薄青色の刃を眺めながらただただ立ち尽くしていた。



 とりあえず血を拭って、頭部の傷を簡単に縫い合わせてから、サクナをベッドに寝かせた。

 あのまま放置して取り返しのつかない事態になったら困るからだ。


 ただ死ぬだけではダメだ。

 サクナはセツカの手で殺されなければならない。

 でなければ原作から軌道修正不可能なくらい離れていってしまう。


「本編より強くなったりアベリアに接触したり道から外れた動きをしてるとはいえ、このレベルのガバは流石に洒落にならん……!」


 しかしどうして生きているのに落ちてきたのだろうか。


 これで腹に大きな傷でもあれば「ああ死体処理として落とされてきたんだな」と納得できた。

 だがサクナに致命傷はなかった。

 なのに地下に落とされる理由が皆目検討つかない。


 装置が誤作動を起こして落とし穴が開き、サクナが落ちたというのがまだあり得る可能性……だろうか?

 なんにせよ、あのまま見捨てる選択はない。

 ……多分。そのはず、だ。


「……ラゴウ……さま……」

「! ……なんだ寝言か」


 緑なす黒髪とは対照的に雪のように白い肌をつつこうとして、やめた。俺にその資格はない。


「……今日でお別れだと思っていたから、色々事前に準備していたというのにな」


 色々台無しだった。

 自作の回復ポーションでも用意しておこう。

 そう思っていると、急に部屋の扉が開いた。

 セツカだ。何やら青ざめた顔をしていた。


「……ラゴウ……」


 この世の終わりでも見たかのような絶望的な表情で、ふらふらと覚束ない足取りでこちらへ来る。


「……サクナが……サクナが……」


 そして目の前に来たかと思うと、ふとベッドで眠るサクナを見て、また俺の方を見て、またサクナの方を二度見した。


 なにやってんだこいつ。

 その奇行に戸惑っていると、セツカは何度も目を擦った末にカッと見開いて、


「生゛き゛て゛る゛ぅ゛!!!!???」


 うっさ。


「えっ、な、なんで……!? ねえラゴウ、ナンデサクナイキテル……!?」


「片言んなってる」


 俺の肩を揺らしながら質問攻めしてくるセツカに、一から説明してやった。


「……最近よくどこかに消えてボロボロになって帰ってくるから怪しいって思ってたけど、地下でそんなことを……」


「そこでサクナを拾ってな。貴様らこそ何があったか経緯を話せ」


 イレギュラーな事態になった以上、今どういう状況か知らなければならない。

 俺は腰に当たる邪魔な物体を手で払いのけつつ、セツカから話を……。


 ……あれ? なんでもうセツカが『冰雨』を持っているんだ……?


「お、おいセツカ、これ……」


「うん……これの為にサクナと殺し合えって言われて……わたしは殺したくなかったから寸前で止めたのに、獅子王って奴がサクナを地下に落として……」


「────」


「本当にラゴウがいてくれてよかった。……けど都合がよすぎる……あ、もしかしてそういうこと?」


「…………」


「ありがとう、ラゴウっ」


 抱きついてくるセツカに対して思いを巡らせている余裕なんてなかった。

 俺の思考を支配しているのは、理解不能な現実を前にした時特有の空白だけだった。


 ……。

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………マズくね?


「……何やら騒がしいと思って来てみれば……童、これはどういうことだ?」


 混乱しているところにスイゲツまでやってきた。

 もう何が何だか分かんない。


「っ、あなた、どうしてここに……! サクナを始末しにきたの!?」


「……なるほど。泣き喚く声にしては喜色に偏っていると思ったが……」


 スイゲツはサクナの生存を一瞥して確認すると、


「童、貴様の仕業だな。……獅子王様の思惑は理解しているだろう。よもや弓を引く気か?」


「それは、そのう」


「ら、ラゴウはサクナを助けてくれたの……! 何も悪いことはしてない!」


「黒十字において、善し悪しを判じる基準は全て獅子王様にあらせられる。貴様の幼稚な価値基準なぞ知った事ではない」


 よりにもよって知られちゃまずい奴筆頭に知られてしまった。年貢の納め時とはこのことか。

 もう一思いにスパッとやってほしい。


「……だが、まあ……」


 そう思っていたのに、何故かスイゲツは俺たちに背を向けた。


「拙は何も見ていない。……拙はただ、新たな魔剣所有者に対して餞別を与えに来ただけだ。そこで眠る少女が何者かなど、露ほどの興味もない」


「なに……?」


「これは黒十字製の傷薬だ。ぽーしょんと言ったか……怪我は勿論、病巣の類にも効果があると聞く。好きに扱うといい。ではな」


 去り際。

 スイゲツは今までに聞いたことがない声音で、こう残していった。


「……天晴れ也」


 そうして、奴は部屋から出ていった。

 意図が読めなさすぎて怖い。何考えてるんだ。

 スイゲツから獅子王に情報が伝われば、最悪反逆の意思ありと見做されてBADEND7もありえる。

 

 だがこれまで弟子として付き合って来た経験から、奴にその気がないことは何となく分かった。

 しかし、それが何故なのかまでは分からないことが逆に恐怖を強めていた。


「……あ、れ……? ここ、は……?」


 もうどうしていいか分からずに立ち尽くしていると、サクナが目を覚ました。


「っ、サクナぁ……っ!! よがっだ、お゛きでぐれてぇ……!!」


「セツカさん……? わたし、どうして……」


「ラゴウがね゛、だずげでくれ゛たんだよ……っ」


 やめろセツカ、その事実は俺に効く。


「ラゴウさま……ではあれは、夢ではなく……?」


「……あ、ああ。現実だ」


「そう、だったのですね……」


 桜色の瞳が俺の姿を映す。

 本来ならもうこの世に生きてはいなかったはずの人物を、俺自身の手で救ってしまった。


 そんな変えようのない現実が、文字通り目の前に横たわっている。


 サクナは一度目を閉じると、再び開き、微かな微笑みを浮かべて、


「──ありがとうございます、ラゴウさま」


 目元に涙を滲ませながら、そう言った。


 ………………。

 ……まあ、仕方ない、か。





 

 ポーションを飲んで一眠りにつき、再び目を覚ましたサクナは、セツカの看病をつきっきりで受けていた。

 その姿はまるで、仲睦まじい──のようで。


「ねえ、サクナ」


「どうしました、セツカさん」


「わたしね、ずっと……サクナのこと、お姉ちゃんみたいって思ってた」


「……実は、わたしも」


「サクナも?」


「セツカさんのような妹がいたらいいのにと、思っていました」


「…………」


「…………」


「「……むっふっふ」」

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