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滅菌聖女。

作者: 井伊佳奈

聖女がたくさん存在する世界へようこそ。


 聖女になるための具体的な条件はない。少なくとも私が生まれたこの国では教会が聖女認定すれば聖女ということになる。基準が何なのか認定された今でもわからない。

 私のまわりには結構な数の聖女・聖女・聖女・聖女・聖女・性女・聖女また聖女……たまにとびきりセクシーな同僚も混じっているが共通点は少ない。


「資産家の令嬢だから聖女、顔立ちが整っているから聖女……」


 それでも聖女のブランド価値は健在であり、日々新たな聖女が誕生する。

 同時に聖女は死亡率も高い。特に平民の場合は間違いなく辺境送りからスタートだ。

 真っ黒を通り越してド紫色した瘴気が漂う魔物の森だったり、怪魚が飛び跳ねてる海辺だったり……色々経験したなぁ。


 自己紹介忘れてた。

 私は「歴戦の聖女」と呼ばれている、らしい。

 聖女認定される前から魔獣退治が得意だった。

 魔猪の肉ってメッチャ美味しいの知ってる?


 森に落ちてた太めの木で適当に作った棍棒が光ってるのを誰かに見られて地元の教会で聖女認定された。私の場合は本当にそれだけ。

 だから最初は「棍棒の聖女」とか呼ばれてた。


 さすがにそれは嫌だったので武器を木製のナックルに持ち替えた。

 教会関係者は金属製のものに触れてはいけないという。理由は知らない。


 やがて辺境巡りをしているうちに聖女パワーってやつが完全解放されて、身体強化がフルオートで付いてくるようになった。

 着ている服から手持ちのものまで聖属性が自動付与される。これが地味に強い。

 他の聖女も同じような力はあるんだろうけど魔物に特効だからまず死なない。

 自分が敵だと認識したものは全て「魔」属性に変換されるみたい。認識の力ってすごく大事。でもこれに気づいてない聖女は死ぬ。あっさりこの世から消える。



 そんなある日、任務を終えた帰り道でスカウトされた。


「ちょっとお時間よろしいですか」


 魔猪がブイブイいってる地域に不似合いな礼服を着た薄紫色の肌をした人物。

 黒服紳士と呼ぶことにしたけどおそらく魔族の偉い人だろう。


 身構える私に対して彼は両手を上げて敵意のなさを表しつつ、話を聞いてほしいと言い出した。しかたなく耳を傾けると仕事を依頼したいという。


「こっそりお小遣いを稼ぎませんか」

「ぜひ!」


 棍棒聖女より確実に極貧聖女のほうが的確だったりする。

 私が即答すると足元で魔法陣が広がった。



「ようこそ魔界へ。私はサジェと申します」


 ねえ、聞いてないんだけど。そこの黒服紳士がごく当たり前のように言うけど。

 魔界って完全にアウェイだよね?


「貴女に頼みたいことがありまして」

「なんでニンゲンに頼もうとすんの?」

「種族は関係ありません。しかし私たちは聖なる力を使えない」

「あっそ」


 魔族が聖属性の力を使えばどうなるか。ほとんどの場合は肉体が消滅する。


「失礼ですが殺戮聖女殿の報酬日額はおいくらですか?」

「その呼び方やめて。6000ギレルです……」


 初対面でも言うべきところは言っとかないとね。


 サジェはその場で少し唸ってみせると、


「ではその10倍出しましょう」

「えっ」


 いきなり報酬の話を切り出してきた。

 時間の無駄がなくていい。でもそんな大金……


「ご不満ですか? では30倍では」

「ちょ、ちょっと待って!? 私に何をさせるつもりなの」


 どう考えてもエロいこと。きっと魔界では聖女ブームなのだろう。聖女フェチは人間界でもいるし普通とは言えないけどありえなくはない。


「あ、それちがいます」


 ……心を読むなよ。


 サジェが続ける。

 魔界で流行している病を私に治してほしいとのこと。


 それは魔喰まぐいと呼ばれており、体がまったく動かせなくなる前に切り取って欲しいという依頼だった。


 傷口を火で炙って固めるみたいな感覚だろうか。

 とにかくやってみることにした。


「報酬って一日で18000ギレル?」

「いいえ、患者一人当たりの金額です」

「たっか」


 ぼったくり治療院。さすが魔界……そんなことを思いつつサジェの背中を追う。この人けっこう歩くの速い。


 やがてたどり着いたなんとなく健康的な薄緑の空間にいたのは顔が牛の形をした体が大きな魔族。クソデカ斧がとても良く似合うそうな雰囲気。


 黒服紳士からここが病室であり彼が患者だと聞かされた。


「苦しいの?」


 尋ねると牛の人がコクリと頷いた。そして手のひらで自分の胸あたりを指す。


「あー、これか。動いてない部分ってゆーか」

「わかりますか」

「うん。なんかわからないけど深いね」


 見た目は同じだけど鑑定スキルによると「均一化」されている様子。

 要するにこの部分だけ聖女パワーで撃ち抜けばいいってこと。

 死なない程度に。


「あのね、やるとたぶん体に穴が空くけどいい?」


 普通は拒否するだろうけど一応尋ねる。

 牛顔の彼が首を傾げるとサジェが補足する。


「ええ、それくらいならお願いします」

「あっそ」


 まじか。じゃあやってみますか。


 両足を肩幅に広げて目をつぶり、右足を軽く引く。

 全身に張り巡らせた聖女の力の半分を右拳へ。

 目を閉じていても感じる悪意だけに集中して――、


「……せいっ!」

「グモアアアァァァ!?」


 魔界で最初の聖女ナックル炸裂。

 ただし一点集中、人差し指の先端のみ。


 すると、ビタンという音を立てて患者魔族の肉体の一部が背後の壁に叩きつけられる。 でも患者魔族は倒れない。元々体もでかいしね。

 こぶし大の穴が空いて苦しむかと思ったけどそんなことはなかった。


「ポフ? ポッ、グモッ、オオオオオォォーーーーーっ!!」


「……これでいいの?」


 ブンブン首を縦に振る患者……いや元患者。

 体の向こう側の景色が見え隠れするのがとても気になる。


「ついでに穴のところも治すね」


 今度は聖女ナックルをそっと押し当てて回復のイメージを流し込む。

 穴はゆっくり塞がっていく。

 サジェがそれを見て目を大きくする。


「な……完全治癒!? 今のは聖なる力のはずでは」

「あー、これね。相手が敵じゃないと認識すれば案外治るものね……」


 自分でもちょっとびっくり。でも牛顔さんに猛烈に喜ばれた。


 飛び跳ねる元患者魔族を横目に私は黒服紳士のあとについて退出する。


 しばらく別室にて待機。


「こちらが報酬になります」


 綺麗なお皿に約束の18000ギレルが載せられていた。

 その他に小さな宝石までくれるという。

 赤と黒の模様が混じったまま中で動いてる不思議な石。

 相手は魔界の貴族だったらしい。


「とても感謝されておりましたよ」

「あっそ」


 出された紅茶みたいな飲み物を口にしながら私は考える。


「ね、あのさ」

「はい」

「こんなので喜んでもらえるなら私もう少し引き受けるけど」


 目の前で喜んでくれるんだもん。こっちも気が大きくなるってものよ。

 教会では味わえなかった「仕事のやりがい」ってやつが魔界にあるなんて。


「本当ですか!」


 サジェも嬉しそうだ。これで多くの命が救われるという。

 人間的にはどうかなーって思うけど今までの聖女ライフを振り返ると別にこれでもいいかなって思えた。


「でも傷を治したらニンゲンを狩りにいくんでしょ」

「行きませんよ!」

「あ、べつに行ってくれていいんだけどさ」


 あんな雑な治療で良ければ何度でもまた治すし。


「いいえ、我々が自分から人間界へ行くことはほとんどないという意味です」


 彼らは基本的に瘴気が薄いと生きていけないらしい。納得の理由だ。


「滅菌聖女様、できればこのまましばらく働いてみませんか? こちら側で」

「その呼び方やめて。そして困った。断る理由が見つけられない」


 こうしていつしか私は「魔界の聖女」と呼ばれるようになり、人間側からすると優先的に倒すべき存在の一人として数えられるようになった。これって大出世だよね。


お読みいただきありがとうございました。

※20250515 85 位 [日間]コメディー〔文芸〕 - 短編

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