【誕生日当日】
最近、ユフィーリアの様子がおかしい。
「おかしいよねぇ?」
「おかしい!!」
「おかしいワ♪」
「おかしいですね」
ショウ、エドワード、ハルア、アイゼルネの4人は並んで廊下を歩いていた。
それぞれの腕には購買部の紙袋が抱えられている。中身はケーキの材料だったり、装飾品だったり、明らかにめでたい雰囲気の漂う品々ばかりだ。
これらの品物はこの場にはいない我らが銀髪碧眼の問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルの誕生日をお祝いする為のものだ。自分が理不尽な目に遭うサプライズは嫌う彼女なので「今年はちゃんとサプライズを予告するぞ」とあらかじめ宣言しておいたのだ。
その結果の品物が、紙袋に詰め込まれたものである。こうすることでユフィーリアの怒りを買わなくて済む。
「俺ちゃんは一緒にお昼寝したよぉ」
「オレは手合わせ!! ボコボコにされたけど!!」
「おねーさんは靴を買ってもらったワ♪」
「俺は一緒にデートしたのだが……」
これまでのユフィーリアの奇行に、4人は首を傾げる。
というのも、誕生日に至るまでの間にユフィーリアは様々な奇行に及んだのだ。普段の彼女であれば絶対に考えないであろう行動である。
例えばエドワードに張り付いてお昼寝をしてみたり、例えばハルアと手合わせをして一方的にボコボコにしてみたり。またある時はアイゼルネの履く靴を買ってあげたり、唐突にショウへデートを申し入れてみたりと認識している奇行だけでも4種類。
さらに、
「学院長の授業に出たりぃ」
「副学院長のエロトラップダンジョンの点検に付き合ったり!!」
「リリアちゃんにお菓子を食べさせたりネ♪」
「やっぱりおかしいな……」
リリアンティアにお菓子を食べさせるくだりに関してはいつも通りかもしれないが、とにかく普通ではなかった。明らかにユフィーリアが普段やるようなことではない。
学院長の授業の邪魔をする訳ではなく、ただ真面目に授業を受けて悩む生徒の勉強を見てあげるなど普段では考えられない。副学院長の組み上げたエロトラップダンジョンの点検作業に付き合うなど以ての外だ。彼女らしくないのだ。
そこで、ショウは1つの結論に辿り着いた。
「ま、まさか終活……!?」
「就活ぅ? ユーリぃ、用務員を辞めるのぉ?」
「そうなったらオレらも辞めなきゃいけないね!!」
「そんな素振りは見えないけれド♪」
「どれも違います」
就職活動の方を想像して首を傾げる用務員の先輩方に、ショウはピシャリと一蹴する。
「終活とは終わりの活動――つまり死ぬ準備です」
「嘘でしょぉ?」
「死ぬ準備!?」
「ユーリは死んじゃうのかしラ♪」
「あくまで想像の範疇は出ませんが、今までの行動を振り返ると未練なく死のうとしているとしか……」
4人は顔を青褪めさせる。それから急いで自分たちの身体を見下ろした。
エドワードの首には首輪が、ハルアの胸元では認識票が、アイゼルネの腕には腕輪が、そしてショウの左手薬指には指輪がそれぞれ存在を主張している。それらの装飾品を前に、4人は脱力しそうなほど安堵した。
これらの装飾品は、ユフィーリアと結んだ従僕契約の証である。従僕契約がまだ生きているということは、ユフィーリアもまだ生存している。
ただ、
「従僕契約がまだあるってことはぁ、連れて行ってくれるってことでいいのぉ?」
「確かにそうネ♪」
従僕契約は魔女と寿命を同期することが前提となってくる。魔女が死ねば、従僕契約を結んだショウたち4人も死ぬのだ。
その状態を継続したまま終活など始めれば、間違いなくショウたちも道連れである。それを考えるような魔女ではないはずだ。
それぞれ互いの顔を見合わせたショウたちは、
「確かめに行こっかぁ」
「そうネ♪」
「聞いてみた方が早いよ!!」
「ああ、多分ユフィーリアなら答えてくれるはずだ」
そう結論を出して、用務員室へと急ぐのだった。
☆
用務員室に戻ると、閉ざされた扉越しにユフィーリアの声が聞こえてきた。
「よし、あとは…………れと、これ…………」
何やら準備をしているようだが、何の準備をしているのかまでは分からない。
用務員室の扉の前で佇む4人は、扉越しに聞こえてくる会話に耳をそばだてる。もしかしたら死ぬ準備をしているかもしれないからだ。
いや、ユフィーリアに限ってそんなことがある訳がない。もし彼女が死ぬとすれば大きな病気にかかっているか――いやそれも、保健医の聖女様がたちまち治してしまうか。
扉を開けようとエドワードがドアノブに手をかけたところで、部屋にいるユフィーリアがとんでもねーことを言いやがった。
「よし、これで安心して心置きなくいけるな」
いける、というのは。
逝くということか!?
聞こえた台詞に顔を青褪めさせた4人は、蹴り飛ばさん勢いで扉を開ける。
「ユーリぃ!?」
「ユーリ!!」
「ユーリ♪」
「ユフィーリア!?」
「うおおッ!?」
転がるようにして用務員室に飛び込んできたショウたちを目の当たりにして、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアは驚きの声を上げる。
彼女のすぐ近くには、何やら一抱えほどもある旅行鞄が置かれていた。旅行へ出かけるにはあまりにも小振りすぎる。せめてもう少しぐらい大きめの鞄を用意すれば納得できるが、ユフィーリアの脇に置かれた旅行鞄は少し小さめだ。
加えて、彼女の周りはあまりにも綺麗すぎた。偏見かもしれないが、旅行の準備を終えたばかりの部屋は衣類などが散乱していることが多いので散らかるはずである。そうなると、ユフィーリアのすぐそばに置かれた旅行鞄の中身は、ほとんど空っぽと言ってもいいぐらいだ。
青い瞳を瞬かせたユフィーリアは、
「え、あの、何……? 何があった?」
「ゆ、ユフィーリア、あの、どこかに出かける予定が……?」
「え? おう、これからな」
ショウの質問を受け、ユフィーリアはやけに嬉しそうな表情で「じゃーん!!」と何か紙のようなものを見せてくる。
チケットのように見えるその紙は全体的に黒く、白い文字で『ご招待券』とあった。見た目は禍々しいが、何かにご招待されたのだろう。
ユフィーリアは大事そうに『ご招待券』と書かれた紙を抱きしめ、
「実は親父さんからさ、冥府大図書館のご招待券をもらっちまったんだよな」
「冥府大図書館って、ユフィーリアが前から行きたいと言っていたところか?」
「そう!!」
ユフィーリアは「どんな本があるんだろー♪」なんてはしゃいでいる。
冥府大図書館とは、絶版されてこの世から失われてしまった書籍が集まる図書館らしい。もう古くて失われてしまった魔導書などがゴロゴロと存在しているようで、読書家のユフィーリアは以前からこの冥府大図書館に行きたいと言っていた。
しかし冥府にある施設に生きている人間が訪れるには相応の面倒な手続きが必要らしく、行くことを半ば断念していた様子である。それが冥府の役人であるショウの父親から『ご招待券』をもらったのであれば行かない訳にはいかない。
「ユフィーリア、終活は?」
「就活? え、用務員辞めるのか?」
「いや、あの、死ぬ準備というか……今までの奇行は何だったのかと」
「奇行?」
ユフィーリアは不思議そうに首を傾げ、
「誕生日までにやりたいことをやっておこうと思ってやっただけだけど」
「やりたいこと?」
「そう。今までのあれらな。おかしいってなるだろうなって思ってたから、案の定だよ」
つまり、今までの奇行は全て『誕生日だからこの際やっちゃおうぜ』という行動に基づいていたらしい。予想外の返答に、今度はショウたち4人が完全に置いてけぼりとなった。
すると、用務員室の扉の向こうからブロロロロロという駆動音が聞こえてくる。
何かと思えば、廊下に真っ黒な大型の二輪車が走っていた。煌々と照明で廊下を照らし、用務員室の前までやってくると二輪車を止める。あらゆる場所を駆け抜けることが出来る神造兵器『シュヴァルツレディ』だ。
そしてその神造兵器を操っているのは、知り合いの中でも1人だけである。
「ユフィーリアさん、迎えに来たよ」
「おう、英雄様。わざわざ悪いな」
冥府総督府にて最下層の刑場を担当する獄卒にして、ハルアの親代わりでもあるリアム・アナスタシスがやってきた。どうやら冥府大図書館に行くユフィーリアを迎えに来た様子である。
ユフィーリアはいそいそと旅行鞄を抱えて、リアムがあらかじめ用意していただろう荷台に旅行鞄を放る。やはり中身は入っていないようで、荷台に放り込まれても重そうな音はしなかった。
リアムから預かったヘルメットを被ったユフィーリアは、
「あ、そうだ。今から冥府に行くから広義的に見ると死ぬことになるんだよ。だから従僕契約はあらかじめ解除していくからな。戻ってきたら復活させるから」
「あ、ああ。楽しんできてくれ、ユフィーリア」
「楽しんでくるぜ、全力でな!!」
清々しいほどの笑顔で返すユフィーリアは、リアムに連れられて冥府に旅立ってしまった。とても楽しそうな様子だった。
完全に置いてけぼりとなってしまったショウたち4人は、遠ざかるユフィーリアの背中を見ているしかなかった。ある意味で終活ではあったようだが、行きたかった冥府大図書館で楽しく過ごす我らが魔女様に何とも言えなくなってしまう。
まあ、彼女は夜になったら帰ってくる予定だから大丈夫だろう。そうでなくてもショウの父親である冥王第一補佐官殿が引き摺ってでも追い出してくれるはずだ。
互いの顔を見合わせた4人は、
「誕生日パーティーの準備をしよっかぁ」
「だね!!」
「飾り付けもしなきゃネ♪」
「あと誕生日プレゼントの準備もだ」
本日の主役が出かけてしまったのをいいことに、ショウたち4人はユフィーリアの誕生日パーティーの準備に取り掛かるのだった。