【グローリアの場合】
「えー、このように『迷宮創造』は魔素が多い場所に作るのが常識とされている訳です。何か質問はありますか?」
受け持った『空間構築魔法・応用』の授業を執り行うグローリアは、生徒たちに向けてそう呼びかける。
生徒たちは至って真剣にグローリアの授業に臨んでいた。
今回の授業内容は空間構築魔法の中でも比較的難易度の高い『迷宮創造』である。敵をわざと所定空間に誘って迷わせて疲弊させたり、逆に自分だけの研究施設を作り出したりなど使い道は多数ある。その分、消費する魔力の量も桁違いなので、魔力欠乏症などに注意しなければならないのだが。
まずは簡単なところで、本のページの向こうに部屋を作るという魔法を実践する予定だった。いきなり広大な土地を作るのは魔力欠乏症に繋がる。そんな無茶を可愛い生徒たちにさせる訳にはいかない。
「じゃあ質問がないようなら、魔法の構築作業に――」
グローリアが授業を進行しようとすると、
「はいはいはいはいはーい!!」
やけに元気のある声が、教室中に響き渡る。
やる気に満ちた生徒がいるな、とグローリアは声のした方に視線をやった。それから頭を抱えたくなった。
生徒たちに紛れるようにして、見覚えのある銀髪碧眼の魔女が堂々と挙手していたのだ。人形のような顔立ちには楽しそうな笑顔まで浮かべている。本来であれば授業を受ける資格など持ち合わせないはずなのに、どうしてここにいるのか。
銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、当てられもしていないのに勝手に喋り出す。
「大変興味深い内容でした!! それで素人質問で恐縮なんですが」
「ユフィーリア、何でここにいるのかな?」
グローリアは深々とため息を吐くと、
「君、言うほど素人って訳でもないでしょ。君が面白おかしく構築した『迷宮創造』に何度も落とされたことあるんだよ、こっちは」
「記憶にございません!!」
「しれっと嘘を吐くな」
清々しいほどの笑顔で嘘を吐くユフィーリアに、グローリアは「で?」と話の続きを促す。
「自称素人さんは一体何が聞きたいの? 授業に関係ないことだったら出て行ってもらうからね」
「『迷宮』をミステリースポットに作ったらどうなりますか?」
「馬鹿なのかな?」
ユフィーリアの普通であれば考えない質問に、グローリアは問答無用で一蹴していた。
ミステリースポットといえば、魔素が不安定な地域である。ミステリースポットに認定された地域では魔法が上手く作動せず、魔女や魔法使いは余程の事情がない限りは近寄ることを推奨されていない。
そんな場所で魔素の安定した状況下に於ける運用を前提とした空間構築魔法なんぞを使えば、それこそ維持が出来なくなってあっという間に崩壊してしまう。たとえ維持できたとしても自分の魔力を消費して調整するなど非効率にも程がある。
「そんな阿呆なことをやってみなよ、作った『迷宮』から吐き出されて終わりだよ」
「えー、永遠に『迷宮』の中を彷徨うとかじゃねえんだ」
「無限回廊はそれこそ魔力の無駄遣いになるからやらない方がいいよ。あんなの作っても使い道に困るだけだし」
グローリアは手をパンパンと叩き、授業内容に関係のなさそうな会話を強制的に終了させる。限られた時間の中で魔法を教えるのに、問題児に構っている暇などないのだ。
「生徒のみんなは問題児なんかを気にせず、授業に取り掛かってください。まずは本のページに空間構築魔法で極小の『迷宮』を作りましょう」
グローリアの号令を受け、生徒たちは一斉に白紙のページだけで構成された本を手に取る。それから、教えた通りの魔法の構築作業に移行した。
生徒たちが真面目に授業へ取り組む中、問題児筆頭のユフィーリアは黒板に書かれた空間構築魔法の式を真剣な様子で眺めるばかりだ。ミステリースポットに空間構築魔法を使うだなんて馬鹿なことを考えると思いきや、それ以上の馬鹿な発言はない。いつもとは様子が違う。
それどころか、である。
「力みすぎだって、お前。空間構築魔法は難易度が高そうに見えるけど、慣れればめちゃくちゃ便利な魔法なんだから。まずは自分の部屋を本のページの向こうにあるって想像してから式を組み立てるとやりやすいぞ」
「え、え? こ、こう?」
「自分の部屋の想像が出来ないなら全体的に部屋の方がいいか? このページの向こうに部屋がある想像なら何だっていいんだよ。想像しやすいのは風呂場? それともクローゼット?」
ちょっと空間構築魔法が苦手そうな生徒に、手を貸す始末である。問題児筆頭から直々に助言をもらった生徒は混乱しながらもその通りに実践し、何とか魔法を成功させていた。
本当に珍しいことである。授業を邪魔するかと思いきや、他の生徒と同じように授業を受けるなんて。問題児と言えば問題行動で授業を邪魔することが常のようなものだが、今日に限ってそんな気分でもないらしい。
そんな彼女の姿を眺めるグローリアは、
「珍しいこともあるものだね」
せめて、普段からこのぐらいに大人しければいいのに、と思いながらも口には出さずに見守るのだった。
【リストその5:グローリアの授業を受ける】