【ハルアの場合】
「ぶえッ」
頭上に向かって振り下ろされた木刀を、ハルアは脳天で受け止めてしまう。
目の前で星が散る。脳天を通じて耐え難いほどの激痛が駆け抜けていく。
脳天をぶっ叩かれた衝撃でハルアは顔面から地面に飛び込む羽目になり、ついでに鼻先からも痛みが与えられることとなった。脳天と顔面の激痛によるサンドイッチは、あまり歓迎したくないところである。
そんな暴力を振るってきた相手は、銀髪碧眼の上司である。
「どうした、ハル。もう降参か?」
「ぶへえ」
頭上から降ってくる凛とした百合の花を想起させる声に、ハルアはくぐもった返事しか出来なかった。
「そんなんじゃ、いつまで経ってもアタシに勝てねえぞ」
「勝てる訳ないもん」
ハルアは顔を上げる。口の中に入り込んだ土を吐き出し、打ちつけたことで痛む鼻先をさすりながら起き上がれば、実に楽しそうな笑顔を見せた上司が2本の木刀を担いでいた。
ユフィーリア・エイクトベル――問題児筆頭にして最強と名高い魔女。
魔法の天才とも言わしめるその実力は自他共に認めるほどであり、なおかつ身体能力も抜群に高い完璧な魔女様だ。欠点と言えば普段から馬鹿みたいな行動にしか己の才能を使わないことだろうが、真面目になれば誰よりも有名で偉大な魔女であることは変わらない。
そんなお人から1本を取ってみろだなんて、どだい無理な話である。
「むー、珍しいことを言うから何かと思ったけどさ。やっぱりオレだけが損するじゃん」
「そんなことねえだろ。『勝てたらご褒美やる』って言ったじゃねえか」
「そのご褒美までの壁が高すぎるんだよこんちきしょー!!」
ゴロリとその場で寝返りを打ち、ハルアは「もうやだ!!」と叫ぶ。
きっかけは何てことはない、ユフィーリアの気まぐれだった。自由人な魔女様はいつも突拍子のないことを申し出てくる。
今日の気分は誰かと喧嘩でもしたかったのか、それとも単に身体を動かしたかったのか。ハルアに「手合わせしようぜ。アタシに勝てたら、何でも好きなもん買ってやる」と言ってきたのだ。
で、結果が惨敗である。殴られるだけ殴られてサンドバッグの気分である。
「何だよ、ハル。こんなところで諦めんのか?」
仰向けに転がったハルアの顔を、ユフィーリアがやけに楽しそうな笑顔で覗き込んでくる。
「ご褒美なしにする?」
「ユーリ、楽しんでるでしょ」
「そりゃあもう」
睨みつけてくるハルアに、ユフィーリアは笑いながら応じた。
「お前、アタシを殺す為に生まれたんだよな。だったら殺す気で来いよ。つまんねえだろ」
「…………」
全身のバネを使って起き上がるハルア。弾かれたように上司である銀髪碧眼の魔女を見やれば、彼女はなおも笑みを絶やさずそこにいる。
ハルアは人造人間だ。かつてこの身を創られた時、創造主である魔法使いは『七魔法王を殺すことが出来るように』とハルアに様々な苦行を与えた。全ての神造兵器に適合した英雄の遺伝子を使い、その英雄と同じ道を辿るようにと強制的に様々な神造兵器を適合させて。
結果的に、そんなものがあったとしても目の前の魔法の天才様に敵うはずがないと思い知らされることになる。ハルアにはない知識に経験が備わり、それらを駆使して戦われれば太刀打ちなんて出来やしない。
いいや、そうであったとしても。
「ユーリ」
「ん?」
「オレ、殺さないよ。七魔法王」
共に過ごすうち、七魔法王は悪い魔女や魔法使いではないと知った。彼女自身が教えてくれた。
この世界がとても綺麗で素晴らしいことだと知った。彼女自身が見せてくれた。
いつだって手を引いて、笑顔で、この世界が楽しいことだと教えてくれた敬愛すべき我らが魔女を、今度はハルアが守りたいと思ったのだ。
「オレは、ユーリを守る為に神造兵器を使うの。我らが魔女様を守る為に、オレは戦うって決めたの。それは変わらないよ」
「そうかい」
ユフィーリアは担いでいた木刀を構えると、
「で、そんな実力で守れるってのか? このアタシを?」
「…………」
ハルアは地面に落ちていた木製の槍を踏みつける。
端を踏みつけたことで木製の槍は跳ね起き、飛び上がってきたそれを片手で受け止める。くるんと全身を使って振り回して、ハルアは槍を構え直した。
あの美しい魔女を守るなら、もっと頑張らなきゃ。
「もう1本!!」
「よーし、その意気だ」
大胆不敵に笑った魔女様からまた木刀を脳天に落とされたのは、その僅か5秒後だった。
あと、しばらくボコボコにして満足したらしい魔女様からお菓子を目一杯買ってもらったので、殴られた件についてはいつのまにか忘れていた。
【リストその2:ハルと手合わせする】