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「新社長のクビが飛ぶぞ」小林は怒鳴った 暗黒報道#10

近未来の専制国家「日本」 「逆らう奴は殺す」。軍事国家を目指し、報道を弾圧する最高権力と闘う天才女性記者。権力と報道機関の内幕を抉る社会派サスペンスが今、始まる

 朝夕デジタル新聞大阪本社の会議室。午後9時半。事件の打ち合わせ会議は緊迫した雰囲気に包まれた。

 事件担当の小林だけでなく、大阪社会部長も出席した。

 大阪府警担当キャップが水本夏樹の取り調べの状況について説明した。

 「捜査一課長からは厳重注意を受けたし、出入り禁止もくらったが、実は取り調べをする前は、『本星』と考えていたふしがある。事実上の容疑者といってもいいような厳しい取り調べだったようだ」

 「ほー」。出席者から「意外だ」という感じの声が漏れた。

 「ということは、わが社の『重要参考人浮かぶ』の記事はまんざら誤報だったとは言えなかったということか」。小林デスクが確認した。


 府警担当キャップが続けた。

 「取り調べで夏樹がおちると考えていた。だが、夏樹が一貫して容疑を否認したことで状況が一変した。ホテルのロビーにいたことは認めたが、ヒ素の混入は頑強に否定した」

 「『事実上の容疑者』というからには、否認しても逮捕できるだけの証拠があったのではないか」

 「決定的な証拠はなかったようだ。だが、当日、ホテルでなんとも不審な動きをとっていたようだ。防犯カメラによると、報道関係者を装って宴会場まで入って来てきょろきょろしていたらしい」

 「夏樹がパーティ会場から調理場につながるドアを開けて調理場に入ったという決定的な瞬間は映っていないのか」


 「まさにそこがポイントになるのだが、決定的な瞬間はとれていない。以前にも言ったが、調理場につながる南側ドア付近には、衝立や植木鉢が並び死角になっている。ここで、夏樹の姿が消えるシーンが何回かあったようだ。状況証拠的には、クロなので、あとは自供を導き出せば逮捕が可能だと考えていたが、頑として否認した。現時点で状況証拠だけでは身柄は拘束できないと考えたようだ」

 「ほかにあやしい人物は映っていないのか」

 「夏樹以外の情報は捜査本部からとれていない。夏樹については、ほかの社は一行も書いていない。テレビも放送していない。やはり捜査一課長の否定コメントの影響が大きい。ただ、府警は隠し玉を持っているような気がする。それがなんだかはまだ確認がとれていない」

 小林デスクと府警担当キャップのやり取りが続く。

 「ヒ素の入手経路は当たっていないのか」

 「夏樹は薬剤師の資格を持っている。どこからか入手したのかもしれないが不明だ」


 これまで気難しい顔をしながら黙って聞いていた社会部長が割り込んだ。

 「捜査状況についてはわかった。引き続き取材を重ねてくれ。当面、問題になるのは、『夏樹、重要参考人として聴取』という記事について、訂正、お詫びを出すかどうかだ」。夏樹については事情聴取を終えていったん帰宅させたという記事は出稿している。明日の朝刊に載る。

 「訂正の出しようがない」と小林デスク。「夏樹が真犯人なのか、まったく関係がないのかはっきりしない。『重要参考人浮かぶ』と書いたからには、真犯人か無実の人間なのかはっきりするまで、紙面上は重要参考人のままでいくしかない」と意見を言った。


 「重要参考人ではなくなったともいえる。難しいところだ。捜査一課はその後も事情聴取を続けるのか」と社会部長が聞くと、府警担当キャップは「捜査一課の保秘がきつくてわからない。夏樹が会見した後は、迎えの車に乗ってどこかに消えた。警察が明日も取り調べをする予定で、保護している可能性が高い」と答えた。


 「まったくやってられねえよ」。比較的冷静に状況を分析してきた小林デスクが突然声を荒らげた。気分が変わりやすいことで有名な男だ。

 「『情報共有が大事だ』とか言っていた本人がみんなを出し抜くんだからな。『絶対の自信がある』と東京さんが言うから出稿したのに、結局なんだかんだ言っても、実態は誤報じゃないか。真犯人なら今日中に逮捕しているわ。スクープ記者とか言われて調子にのっているようだが、これまでも人を出し抜いてきただけだろう」。容赦ない言葉に大神は何も言えなかった。

 「黙ってないでなんとか言ったらどうだ。夏樹が真犯人で間違いないという証拠でも出して来てくれよ」。追い打ちをかけられ、大神は針のむしろ状態だった。


 「逮捕されなかったら誰が責任とってくれるんだ」。小林の責めが続く。

 「責任は私がとります」と大神が言った。その覚悟はあった。

 「バカ野郎、お前なんか責任とれるか。土下座したって誰も許してくれねえよ。誤報だったら編集局長が辞任するとか、あるいは社長のクビまで飛ぶぞ。おっと失礼。社長は事件で命を落としたんだ。間もなく決まる新社長のクビまで飛ばしたいのか。それぐらいの案件だ」


 会議が終わり、大神は大阪社会部に戻った。落ち込んでいた。橋詰がやってきた。

 「大神先輩も災難ですね。言われるままに取材しただけで社内外から集中砲火を浴びてしまって」。橋詰は会議にはでていなかったが、大神のやつれた姿から会議の様子は理解できた。

 「誤報だとすれば責任はとらないと。でも誤報だとはっきりすればお詫びとか訂正が書けるけど、今ははっきりしない。とても中途半端で嫌な気分」

 「興梠さんもあんなに功を焦るような人ではなかったのにな」

 「取り返しのつかない、手痛い失策だよね。焦る必要は全くなかった」

 「興梠さんとはその後、連絡がとれたんですか」

 「うん、でもあいまい。『罠にはまった』と言っていたけど」


 「罠にはまった?」。しばらく考え込んでいた橋詰が確信を持ったように言った。

 「うん、そうだ、それだよ、先輩。誤報を書くように仕向けられたんだ。そこに興梠さんがまんまと乗っかってしまったんだ。それにしても手の込んだことをするな。興梠さんのシンパとやらが一体誰なのか、気になりますね」

 

 記事を書いた当事者として、大神は自分の責任のことばかりに気をとられていた。だが、橋詰の言う通り、計画的に誤報を書かされたとしたら、誰がなんのためにそんな手の込んだ仕掛けを企むのか。政権に批判的な朝夕デジタル新聞社に打撃を与えることが狙いだったのか。もしそうならば、興梠のシンパという人物は、夏樹が毒物混入事件の真犯人ではないと知っていたことになる。疑念が深まると同時に、背景の根深さに慄然とした。


(次回は、第二章 報道弾圧 ■「マスコミ規制法」ではアウトだ)

お読みいただきありがとうございました。

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