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記事に激怒した捜査一課長 暗黒報道#8

近未来の専制国家「日本」 「逆らう奴は殺す」。軍事国家を目指し、報道を弾圧する最高権力と闘う天才女性記者。権力と報道機関の内幕を抉る社会派サスペンスが今、始まる

 午後5時。大阪府警捜査一課長が府警本部で捜査一課担当の記者だけを集めた。一課長はどんなに緊迫した状況でも、にこにこと笑顔を絶やさず、会見が始まる前は、冗談を言ったりする余裕を見せるのだが、この日は終始、むっつりしていた。不機嫌な表情のまま、「今朝の報道によると、毒物混入事件で重要参考人が浮かんだらしいな。マスコミが言う重要参考人の定義はなんですか。ほら、事件取材に強い太陽新聞さん、答えてよ」と、太陽新聞の一課担当キャップを突然指名した。


「えっ、俺ですか。書いたのはうちじゃないけど」と面食らった表情で太陽新聞のキャップは言った。

「まあ、いいじゃないか。一課担当の中では『長老』なんだから。聞きたいんだよ、重要参考人という言葉の意味を」。「長老」と言ってもまだ33歳だ。

「今日は会見ではないんですか」とキャップが聞き返すと、一課長は「いつもは私ばっかりが質問攻めにあっててんてこ舞いさせられているんだから、たまにはいいだろう、こっちが聞いたって」と言う。


「参考人は一般的には、事件のカギを握る人物、事情を知っている可能性のある関係者ということですかね。『重要』とつけば、限りなく被疑者に近いニュアンスです」。指名されたキャップは言葉を選びながら慎重に話した。

「今、太陽新聞さんは『一般的に』と言ったけど、社によって定義が違うのか。今朝の記事の場合は具体的にどういう意味なんだろうか。記事を掲載した朝夕デジタル新聞の捜査一課担当キャップさん。教えてよ」

「太陽新聞さんが言った意味と同じです」

「ということは、限りなく被疑者に近い重要参考人を本日、捜査一課が呼んだということか。なるほど、なるほど」とそこまでは比較的穏やかだったが、一転して強い口調になった。


「はっきり言っておく。この記事が出る前に私のところにあたりはなかった。仮に私が否定しても独自取材で書いてくる社はあるだろう。それは報道の自由であり、勝手にしてくれということだ。だが、今回は捜査の責任者である私のところに一切のあたりがなく、それでいて、捜査本部の見方という書き方になっている。おまけに東京方面で配られた新聞には、一問一答まで掲載しているというじゃないか。まるで犯人扱いだ。署名が入っている大神由希というのは大阪の記者なのか。この製薬会社でバイトしているという女性は本当に容疑者なのか、犯人なのか」。話しながら声のトーンがどんどん大きくなっていった。

「真犯人なのかどうか、捜査一課長が一番よく知っているはずですよね」。太陽新聞のキャップが薄ら笑いを浮かべながら続けた。「今日の会見は逮捕会見なのかと思っていたんです。違うんですか」


「現段階では容疑者ではない。参考人という人物ならば何人でも呼んで事情を聴いている」と捜査一課長は記事の内容を事実上否定した。

 実際には、昨日夜、朝夕デジタル新聞社の捜査一課担当キャップは捜査一課長が帰宅しなかったので、 「夏樹 重要参考人として事情聴取することを記事にします」とメールで送っていた。しかし返事はなかった。捜査一課長がお気に入りだった朝夕デジタル新聞社の元捜査一課担当で現在遊軍の後輩の女性記者に頼み込んで同様の内容をメールで送らせたところ、深夜になって女性記者のスマホに「そんな記事を書いたらとんでもないことになるよ」と言葉は柔らかいが否定した返事が来ていた。メールでの一方的な通告が仁義を切ったことになるのかどうかは「見解の相違」というしかなかった。


 この日早朝から各社の事件担当は、朝夕デジタル新聞社の記事を手に走り回った。この時から、捜査一課の幹部は取材に対して「知らん、知らん」と繰り返した。「誤報だ」と怒鳴る幹部もいた。このため、どの新聞社もテレビ局も後を追わなかった。だが、インターネットの世界では、「夏樹」が有名人だっただけに、記事が拡散され、「夏樹、今度は殺人か。しかも一気に13人」「美魔女は詐欺師ではなく、殺人鬼だった」などのスレッドが立ち、書き込みが殺到した。


 記者から質問がでた。

「確認です。製薬会社の女子アルバイト、水本夏樹氏は容疑者ではないということですか」

「名前は言っていないぞ、私は。現時点で容疑者は浮上していない」

「ホテルの現場にいたことは確認されているのですか」

「逮捕もしていない、容疑者でもない一般市民の行動について我々が話すのはおかしいだろう」

「本日中に逮捕するということはないということですね」

「それについてははっきりと言う。ない」

「明日からも聴取は続きますか」

「参考人だ。聴取するかどうかはわからないし、言う必要はない。朝夕デジタル新聞社には今朝の記事について刑事部長が正式に抗議する」

 捜査一課長はそう言うと立ち上がって会見場を出て行った。

 

あわただしさは続いた。捜査一課担当記者たちの幹事役をしている太陽新聞の記者がその場で突然立ち上がってほかの記者に向かって言った。

「今、俺のメールにうちの社のデスクから連絡が入った。水本夏樹さんが記者会見をするんだと。今日は朝から忙しいな、誰かさんの飛ばし記事のおかげでよ」

 朝夕デジタル新聞社の記者を横目で見ながら嫌味ったらしく言った。


 水本夏樹による記者会見は、大阪府警捜査一課長の会見が終わってから2時間後の午後7時半に設定された。夏樹が勤めている大阪市内の製薬会社の大会議室で開かれる予定だった。捜査一課長の会見は大阪府警の記者クラブに加盟している社を対象にしているが、夏樹の会見は参加資格に制約はなかった。新聞社、テレビ局のほか、週刊誌、ネット会社、フリーの記者も加わった。スーパー美容液商法で有名になったが、突然姿を消した夏樹が、今回の毒物混入事件で久々に表舞台に登場するとあって、俄然、注目度が増したことは明らかだった。


(次回は、■美魔女は会見で泣き崩れた)

お読みいただきありがとうございました。

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