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みなとの涙

「・・・・・・・・・な、」


 あまりにもショッキングな展開にまともな言葉を発せられないでいる私の目の前で、みなとは泣きながら、小さな声で何かを呟いた。


「・・・・・・・・・んで・・・・・・そんな事っ・・・」


 馬鹿がいつまで経っても何も喋れず、行動を起こせずにいる間にも事態は進行した。みなとはがたりと音を立てて椅子から立ち上がると、くるりと私に背を向け小走りで部屋から出て行ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・」


 凍り付いたまま一度はそれを見送ってしまった私だったが、数秒を経てようやっと我に返り、あわててみなとの後を追った。しかし廊下に出た直後にみなとの部屋のドアが閉まり、ガチャリと鍵のかかる音が聞こえてきた。


「みなと!みなと!!」


 閉じてしまったドアに取り付いて、必死に名前を呼ぶ。返事は無い。しかし聞こえてはいるはずだ。私は弁明を試みた。


「みなと!ごめん!ごめんなさい!あのっ・・・あれはダメだったよね!セクハラだったよね!!でも違うの!私決して・・・決してみなとを辱めてやろうとかバカにしてやろうとか思ってあんなこと言ったわけじゃなくて!ほんとに・・・」

「ちがう!!」


 ドアの向こうからみなとが普段絶対に出さないような怒鳴り声が返ってきて、私はびくりと肩を跳ねさせた。


「え、ち・・・ちがうの?えっと、じゃあ・・・じゃあ・・・」


 じゃあ何がいけなかったの?などとみなとに聞けるはずもない。それをすれば、「私はあなたを泣かせた上に、なぜあなたが泣き出す必要があるのか理由がさっぱり理解できません」と無神経な告白をするに等しい。・・・「言わなきゃ分からない」という物語の中でも現実でもありふれた台詞があるが、それは重々承知の上で、それでも「言わずとも分かってほしい」と願ってしまう瞬間というのはきっと誰にでも存在する。若い時分なんかは特にそうだ。だから、きっとみなとにとっては今がまさにその瞬間のはずで、それならばやっぱり、分かってやりたいじゃあないか。泣かせた上に泣かされた理由をみなと本人の口から説明させるなんてあまりにも可哀想だ。だから自力で思いつけ、私。セクハラ以外でみなとを傷付けてしまった理由を。想像力を働かせろ!発想しろ!作家なんだから!!


 (少なくとも今この状況においては死ぬ程どうでもいい情報なので括弧の中の一言で流すが、私は売れないライトノベル作家をやっている身なのである)


 ・・・。


 ・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・びっくりするくらい何も思いつけなかった。


 結局私は、ほんの数秒前に「聞けるはずもない」と自分で評価を下したはずの台詞を、一言一句違わず口に出すことになってしまった。


「じゃあ・・・何がいけなかったの・・・?」


 閉ざされた扉に額を触れさせて項垂れる。もうやだ消えたい。


「私が恋人なんて作るわけないのに・・・イツカちゃんがあんなこと言うから・・・」


 みなとは私の愚かさに怒ることもなくちゃんと言葉を返してくれた。それは嬉しいんだけど。


「え、え・・・作るわけないの・・・?」


 私はその返答を心底不思議に思ってしまい、そこでハッとした。これだ。これがいけないんだ。


「ご、ごめん・・・あの・・・私、みなとがそういう生き方を選択してたんだとは思わなくて・・・。でも今時、恋人作らないとか結婚しないとか、そんなん全然普通のことなのに!それなのに私・・・さっき、みなとが恋人作るの前提で話しちゃって・・・。よ、よくなかったよね!ごめんね!!私、古い考え方の人間で・・・」


 ドアの向こうから鼻をすする音が聞こえてきた。それから少しして、扉一枚隔てていることを差し引いてもくぐもった、失望したようなみなとの声が返ってきた。


「それも全然ちがう・・・」

「あ、ち、ちがうの・・・これも・・・」


 今度こそ間違いないと思ったのに。ものすごい手応えを感じていたのに。


「さっきの・・・」

「え?何?」


 みなとの小さな声を聞き逃すまいと、私はドアに片耳を押し付ける。みなとがこの状況の核心に触れようとしている空気をなんとなく感じ取りながら、私はある決意をした。ここまで来てしまえば私にできることはあとひとつだ。せめて、これからみなとが語るであろう「私がみなとを泣かせてしまった理由」がどんなに私にとって意外なものだったり、突拍子もなかったりしても、大げさに驚いたりせずさも「ああ、そういう理由だったの、そりゃ納得だ。実はうすうすそうじゃないかと思ってたんだよ」みたいな反応をしてみせるしかない。そうすればこれ以上みなとを傷付けてしまうことはないだろう。


「さっきの・・・『結婚しない』って・・・・・・イツカちゃん、やっぱり覚えてないんだ・・・」

「・・・・・・・・・」



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