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「物語」には続きがあった

「・・・・・・っ・・・」


 その時、私の胸中の大部分を占めていた感情は、喜び━・・・というよりは、とてつもない「安堵」だった。


 よかった。もう何も怖がったり悲しんだり心配したりしなくていい。もう大丈夫だ。何もかもすべて解決したんだ━・・・。


 この気持ちはまるで、そう、悲しい結末で終わってしまったと思っていた物語に、実は幸せな続きがあったのだと知ったかのような・・・いや、「ような」ではない。私とみなとの物語には続きがあったのだ。


 安心したあまり腰が抜け、そのままへたりこむようにして椅子に座り直した。と言うよりは、へたりこんだ先にたまたま椅子があって、結果的に着席する形になったと表現したほうが近い。そしてゆっくりと状況を噛みしめていくうちに、私の両目からぼろぼろと大量の涙がこぼれ出した。


「ちょ、ちょっと・・・」


 泣き出す私を見て、みなとは明らかに狼狽していた。それを申し訳なく思いながらも私は言う。


「ご、ごめん、みな・・・腰が・・・腰が抜けて・・・涙も・・・と、止まんなくて・・・。・・・置いて行かれると・・・思ってたから・・・。ちょ、ちょっと・・・ちょっと待っててね・・・落ち着くまで・・・」

「う、うん・・・」


 みなとはどぎまぎとした様子で胸に手を当て、涙を流す私をしばらく見守っていた。やがてひとつ溜息をついて、言う。


「もう・・・私がイツカちゃんを置いて、遠くに行っちゃったりなんかするわけないでしょ?『遠距離』になっちゃうじゃん」

「遠距離・・・あはは・・・なんか恋人みたいだね」


 まだ涙は流れていたが、私は思わず吹き出した。するとみなとは一瞬きょとんとした後、すぐに納得したように頷いて、


「ああ、うん・・・そうだね。確かに恋人ではないね。恋人ではない」


 と言った。それから両手で顎を支え、言葉を続ける。


「ていうかさ、なんで今までずっと勘違いしたままでいられたの。難しくない?ふつうどこかで気付くでしょ。例えば・・・あっちで暮らす部屋決めた時とかさ。どう考えても私ひとりで生活する用の広さと部屋数じゃないでしょ、あれ」


 勘違い。そうか、全ては単に私の勘違いだったのか。確かに今になって冷静に思い返してみると、みなとが明確に「一人暮らしをする」と宣言したことは一度も無かった。私が勝手に「置いて行かれる」と思い込んでいただけ、全然関係ないところでアホみたいに一人踊り狂っていただけだったのだ。そうやって頭の隅で状況を整理し、自分を落ち着かせながら私はみなとの質問に答えた。


「いやぁ・・・みなすんごいオタクだから、本とかフィギュア置くのにあれぐらい広さが必要なのかと思ってた」


 眼鏡をずらして涙を拭う私を見て、みなとは呆れたような顔になった。


「誰のせいだと・・・。いや、まぁ、正直それもちょっとはあるけど、違うよ。大体はイツカちゃんのためのスペースだよ」

「そっかぁ・・・ふふ・・・」


 安心するのに忙しかった私の胸の中にも、ようやっと喜びの感情が湧いてきた。やばい、顔がにやける。みなとにキモイと思われたら大変だから、引き締めないと。いや・・・でも・・・。みなと、さっき「付いてきてくんないと困る」って言ってたよな・・・・・・そっかぁ・・・みなと、私が付いてこないと困るんだぁエヘヘ!


「そもそもさ、なんでそんな有り得ない勘違いしちゃったの?どうして付いて行っちゃダメなんて思いこんだのか、教えて」


 そこでみなとに問われ、私は微妙に言葉に詰まる。


「ええー・・・それは・・・その・・・理由はいっぱいあるような・・・」

「じゃあとりあえず一番大きな理由でいいから。言ってみて」


 そう言って指を一本立てて見せたみなとは、心なしか少し、ほんの少しだけだが怒っているように見えた。・・・な、なんでだろう。私のあまりのアホさ加減に嫌気が差したのかな。いかん、ここはしっかり、理路整然(理路ってなんだ?)と質問に答えてみせて挽回しなければ!!・・・と思うのだが・・・


「あー・・・えー・・・その・・・ちょ、ちょっと言いづらい・・・というか・・・」


 しどろもどろになる私を前にして、みなとは片方の眉を上げた。


「言いづらいの・・・?とりあえず言ってみなよ、怒らないから」

「うー・・・あー・・・」


 視線をあちらこちらにさ迷わせたり無意味に手の平を開閉したりしながら、私はみなとの様子をちらちらとうかがう。そうして見ていても残念ながら追及の手を緩めてくれそうな気配は無い。私は観念して口を開いた。


「ほら・・・あの・・・だって・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・じゃん・・・」

「え?何?何て言ったの?イツカちゃん」


 私は一度ぎゅっと両目を瞑ってから開き、半ばやけくそになって大きな声で言い直した。


「だからぁ・・・・・・。例えばなんだけど、向こうでさ、ほら、みなにさ・・・こ、恋人とかできたらさ・・・・・・ていうか間違いなくできるだろうけど・・・。そ、そしたら私・・・私がみなの家に居たら・・・じゃ、邪魔じゃん?明らかに・・・」


 ああ、言ってしまった。ものすごく気まずい。気まずすぎて私はそのまま下を向いた。


 しん、と部屋の中が静まり返った。私はみなとが何か喋ってくれるまで、テーブルの上の朝食の残りを見つめ続けることにした。その決意から5秒が過ぎ、更に10秒が過ぎ、ついには30秒ほどが経過したあたりで「ちょっといくら何でも沈黙長すぎねぇか」と思って顔を上げた私の目に衝撃の光景が飛び込んできた。



 みなとが、その大きな両目から大粒の涙をこぼしていたのだ。

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