大人だよ
・・・。正直、私っていまだに、引き取ったばかりの頃、つまりまだ5歳だったみなとのイメージをそのまま引きずっちゃってるところがあるんだよね・・・・・・。
だから正直、(たとえ日増しに胸がでかくなろうとも)みなとのことを「大人だな」と思ったことは、今まで一度もない。これからもない・・・とまでは言わないけど、そう実感する瞬間が訪れるのはまだ相当先な気がする。
しかし、それでも今のみなとは客観的に見てまごうことなき「大人」なのかもしれなかった。だって私のもとから離れていく。もう料理を作ってやる必要もない。きっとこれから先、私がいなくても1人で立派にやっていくのだろう。
そう思ったら寂寥感と共に頷くしかなかった。
「うん・・・そうだね。大人だ。みなちゃんは間違いなく大人だよ」
みなとはぱぁっと目を輝かせると、こちらに身を乗り出した。
「だよね!私、大人になったんだよね!」
お、おぉ・・・。なんか予想以上に嬉しそうだな。そんなに大人になりたかったんだ・・・。なんかもうその事実が既に子どもっぽいぞみなと。流石にこの流れで言わねぇけどさ。
「ふふ、じゃあ大人になったこの私が、これからは毎日イツカちゃんにおいしい料理を作ってあげるからね?いいでしょ?だって大人なんだから!」
「う、うん。もちろんいいよ。ていうかすごいうれしい」
いまいち「大人になったこと」と「毎日私に料理を作ってくれること」の因果関係がワカランなと内心首をひねりつつも私は頷いた。わざわざ無粋な突っ込みをしてこの輝くような笑顔を曇らせるなんて、私には百度生まれ変わってもできそうにない。
「あー・・・。でもそうは言っても、高校とか養成所に行ってる時間があるから、平日にお昼を作るのはちょっと難しいんだけど・・・。あ!でも今自分で言ってて気付いた。朝何か作り置きしてから出かければいいんだ。冷蔵庫に入れておけばイツカちゃんいつでも食べられるでしょ!」
なんだかみなとはやたらハイテンションで、さっきからまくし立てるようにして喋っている。
・・・。・・・・・・・・・ん?
なんか・・・なんか今・・・。よく考えたら有り得ない単語がみなとの台詞の中に混じっていた、ような・・・。え・・・え??
「み、みなちゃん。ちょっとストップ」
「え?」
はしゃいだ様子で喋り続けていたみなとの言葉を遮り、私は問うた。
「あの・・・高校っていうのは分かるんだけど・・・でも・・・よ、養成所?なんで?なんで今その単語が・・・」
みなとは眉をひそめ、困惑を隠せないでいる私を見た。
「?なんでって・・・。東京行ってからも私、声優の養成所があるでしょ?だから作り置きでもしないとイツカちゃんに3食作ってあげるのは難しいかもって、そういう話」
「・・・・・・・・・」
私が沈黙すると、みなとは不安そうな顔になった。
「え・・・?なんで?イツカちゃん、私が養成所通うのいいって言ってくれたよね?」
そうだ。やはり養成所という単語が示すものはそれしかない。みなとが来年の春から通う、東京の声優養成学校。東京の。
あまりにも私にとって都合の良い事実が今明るみに出ようとしていて、それを確信してしまうことがかえって恐ろしかった。しかしここまで来れば認めるしかない。
「・・・・・・つ・・・」
「つ?」
「付いて行っていいの!?!?私!東京に!!」
椅子を蹴とばすようにして立ち上がり、叫んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
みなとはそんな私をぽかんとした顔で見上げていた。そのまま5秒間ほど私たち2人は言葉を発することなく見つめ合い、やがてみなとの方が先に沈黙を破った。
「付いて行っていいのって・・・当たり前じゃん。付いてきてくんないと困るよ。私、イツカちゃんと離れ離れになる気なんてないし」
明らかに困惑した顔のみなとがそう言ったことで、「都合の良い事実」が今ここにはっきりと確定された。