人生初・みなとの手料理
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テーブルの上に並んでいるのは、白米、豆腐とねぎの味噌汁、卵焼き、そしてポテトサラダ。ふだん私が作る朝食━・・・トーストの上に目玉焼きを載せたものとレタス、トマト━・・・よりも数倍手のこんだメニューだ。
「これ・・・これ、食べていいの?」
テーブルの前で私が呆然と問うと、みなとは微笑んで言った。
「いいよ。今日からイツカちゃんは、私の料理を食べてもいいのです」
・・・この会話、どういうことかと言うと。みなとは中学入学直後ぐらいから今まで、ずーーっと週に1、2回くらいのペースで料理の練習をしていたのだ。にも関わらずみなとはかたくなに「まだイツカちゃんに食べさせられるレベルのものじゃない」と言い続け、結果私は6年間で一度たりともみなとの手料理を口にできていなかったのである。どんだけ私味にうるさいと思われてんだろう、みなとの作った料理ならどんなにマズかろうと食べるのに・・・と思いつつも「待っていればいつかきっと食べさせてもらえる」と信じて待ち続けていたが・・・ついに。ついにこの日が。
まだ呆然としながらも私はなんとか椅子に座った。それを確認したみなとも私の向かいに腰を下ろす。私はひとつ息を吸って吐き、震える手で箸を持つと、卵焼きをつまんで口に運んだ。緊張で自分の動作がぎこちなくなっていることを自覚しつつ、咀嚼する。飲み込んでからほとんど無意識につぶやいた。
「・・・・・・おいしい・・・」
「でしょ」
あっという間に目の前のみなとの笑顔がぼやけた。私はそれを悟られないようにあわてて上を向く。今日まで「もしみなとの手料理を食べさせてもらえる日が来たら感動するんだろうなぁ」と想像するのがほとんど日課のようになっていた私だったが、それでもマジ泣きしてしまう予定ではなかった。やばいどうしよう恥ずかしいこんなん見られたくない。娘に手料理振るまわれてマジ泣きする33歳ババアの図なんて。そう思ってなんとか取り繕おうとしたが、
「な、泣かなくてもいいじゃん」
普通にバレてしまった。ああもう。
「ご、ごめん。うれしくて・・・。あの小さかったみなちゃんがって思うと・・・」
みなとは呆れたように笑った。
「もう・・・今からそんなんで大丈夫かなぁ。今日は残り2食も私が作るのに。ていうか今日だけじゃなくてこれからはずっと私が料理する予定なのに」
「え、嘘・・・マジで?」
「まじまじ。嘘ついてどうするの」
な、なぜだ・・・なぜいきなり私の身にこんな夢のような出来事が・・・。さては死ぬのか?私、明日死ぬのか?
そう考えてからハッとした。13年間続いたみなとと私の物語、共同生活も残すところあと4か月。みなとも表面上はふだんと変わらないように見えるが実は心の中では私と同じように別れを惜しんでくれていて、それで「せめて最後にイツカちゃんにはいい思いさせてあげよう」と思ってこんなことを言い出したのかもしれない。というかそうとしか思えない。自分で導き出した結論に自分で納得し、そこでまた私はハッとした。あわてて言う。
「み、みなちゃん!みなちゃんがその、そういうこと言ってくれるのはすごくうれしい!うれしいなんて言葉じゃ言い表せないくらいうれしい!でも・・・でも今日はダメだよ!私を喜ばせてくれるのは明日からにして!いやもう今すでに喜びまくっちゃったけど!」
「?なんで??」
不可解そうに眉間に皺を刻むみなとに私は半ば叫んだ。
「だって今日・・・!今日は誕生日じゃん!みなちゃんの!今日こそ私に作らせてよ・・・ごちそう作ろうと思ってはりきってたんだから!」
大声でそう主張した私をみなとは5秒ほど眺めたあと、おもむろに自分の分のポテトサラダをスプーンですくい、私の口元へと持って行った。
「まあ落ち着きなよ。ポテトサラダ食べて。はいあーん」
「もぐもぐ・・・あっ・・・おいしい・・・今までの人生で食べてきたポテトサラダの中で一番おいしい・・・でもそうじゃなくて・・・」
みなとは私の口から引き抜いたスプーンでもう一度ポテトサラダをすくうと、今度は自分の口にそれを運んだ。もぐもぐと咀嚼し、嚥下してからスプーンを置き、頬杖をついて私にほほえんだ。
「だーめ。私、大人になったら毎日イツカちゃんにご飯作ってあげるのが夢だったんだから。それなのにその夢をイツカちゃんが壊すなんて、許しません。たとえ今日一日の話でもね?」
「・・・。・・・『大人』・・・」
思わずつぶやいた。
「そ。大人。・・・成人年齢、引き下げになったでしょ?だから、今日から私・・・もう大人、ってことだよね?」
みなとはやけに真剣な表情で私の目を見た。