七瀬まどかの自宅にて
クリスマスから約一週間後、12月31日の夕方。安アパートの一室にて、折り畳み式の小さなテーブルを挟んで、私はぼさぼさの黒髪を腰まで伸ばした女と向かい合って座っていた。
「それで、今日は何の用?まどかちゃん」
発声したことで唇のかさつきを自覚し、私はテーブルの上に用意されていたグラスを手に取って中身を一口、喉の奥へと流し込んだ。目の前に居る女━・・・みなとの実の母親、七瀬まどか━・・・は、私が猫舌であることを遥か昔から知ってくれているので、この季節にも関わらず氷の入った冷たい麦茶を用意してくれた。そして私もそのことについて、わざわざ仰々しく感謝の意を伝えたりはしない。その程度には私と彼女の距離は近い。しかし。
「・・・・・・みなとが・・・今度・・・・・・・・・東京に・・・行くでしょ・・・」
私の33年の人生の中で最も付き合いの長い友人であるはずのまどかちゃんは、私に何か含むところでもあるかのように、決してこちらと目を合わせようとはしないまま俯いてぼそぼそと喋りだした。私はため息をつきたくなった。もちろん私が何かやらかして機嫌を損ねたというわけではない。もうずっと前からこんな調子なのだ、この人は。
だがしかし、出会った当初からこうだったのかと言えば、それは違う。全く違う。そう、まどかちゃんは変わってしまった。かつてのこの人はもっと快活で、明るくて、強くて、機敏で、前向きで、格好良くて、可愛くて、優しい人だった。
この人は人生初の出産を終えてから数日が経ったある日、私を病院に呼んで、生まれたばかりのみなとを抱っこさせてくれた。私に向かって無邪気に小さな手を伸ばすみなとの頬を二人でつつきながら、「可愛いね」と言って笑い合った。
まどかちゃんの夫の浮気が発覚したのは、その次の日のことだった。
大切な思い出を塗りつぶす悪夢のような記憶を頭の中から追い払うべく、私は再びグラスを手にして麦茶を味わうことに集中した。けれど、いつもは苦にならないはずのその冷たさが、今日はなぜだかやけに応えた。




