ぬいぐるみ
「イツカちゃん、持ってきたよっ」
「ああみな、お帰り。けっこう時間かかってたけど大丈夫だった?」
「うん、ハードはすぐ見付かったんだけど、ソフトが100本以上仕舞ってあったからその中から見付けるのが大変だった・・・あれ?」
こちらに歩いてきたみなとが録画リストの表示された画面に目を留め、持っていた荷物を床に置いてからテレビに近寄った。屈んで5秒ほど間近でリストを見つめたあと、「あー!やっぱり!」と大きな声をあげる。
「な、何?どした?」
「これ!このアニメ、まだイツカちゃんと見てないはずなのに、未視聴マークが消えてる!イツカちゃん、私がいない時に一人で見たんでしょ!」
「え?・・・あ、ああ」
みなとが指さしたアニメのタイトルを見て、合点がいく。昨日の夜、みなとが寝付くのを待つ間にリビングで一人で視聴したアニメだ。
「ご、ごめんごめん。昨日の夜、特にやることなくてヒマだったから、つい」
『仕事しろよ小説家』とかそういう突っ込みはナシな。
「むー・・・イツカちゃんとふたりで一緒に観たかったのに・・・」
みなとは声を低くして頬を膨らませ、分かりやすく拗ねたようすを見せた。私は慌てて両手を顔の前で合わせて頭を下げる。
「ほんとにごめん!あの、でも、大丈夫だよ!私みなちゃんともう一回このアニメ観るから!ね?」
謝りながら、そういえばだいぶ前にも似たようなことでみなとに怒られたよなと今更ながらに思い出した。あれは確か数年前、みなとが学校に行っている間に買ってきた漫画の新刊を私が先に読んでしまった時のことだ。当時の深い反省を時間が経つうちにすっかり忘却して、今また同じ轍を踏んでしまったというわけだ。我ながら救いようがない。
「もう・・・しょうがないなぁ。じゃあ許してあげるけど、でも」
みなとはそこで私の隣に体育座りをした。
「でもね、イツカちゃん。私はイツカちゃんと一緒に冒険して、一緒に驚いたり笑ったり、時には泣いたりだってしたいの。だけどイツカちゃんだけがこれから通る道のことを先に知り尽くしてたら、そうはならないでしょ?一緒に冒険してるとは言えない。だから」
私の肩にみなとが寄りかかって来る。
「だから・・・もう私を置いて一人で旅に出たりしないでね。ちゃんと私も連れて行ってね」
先程より距離が近くなったせいか、それとも別の理由か。小さな声だった。
「うん・・・約束する。ごめんね、もうみなに内緒で冒険したりなんかしない」
私は重々しく頷いた。今度こそ肝に銘じろ私。二度、いや三度はねぇぞ。
「うんっ!分かればよろしい!」
みなとはぱっと私の肩から顔を上げると、満面の笑みを見せてくれた。・・・昔からごくごくたまに機嫌を損ねることはあっても、私が謝ればすぐに許してくれるんだよな、この子。
「じゃあ、イツカちゃんっ。早速ゲームやってみよっか?」
みなとが先程床に置いた二世代前のハードを振り返った。つられて私もそちらを見る。よく見れば置いてあるのはゲーム機とソフトだけではなかった。
「あ・・・みな、そのぬいぐるみ持ってきたの?」
「うんっ。この子とも一緒に冒険しようと思って、連れてきた」
みなとはそう言うと、ついでに部屋から持ってきていたらしいパンダのぬいぐるみを抱きかかえた。今年、サンタクロースはこれをみなとにプレゼントしたのである。
「私、ほんとは冒険するのはイツカちゃんと二人っきりがいいんだけど、今日はクリスマスだしこの子がうちに来た日だから特別なんだ。・・・イツカちゃん、私のサンタさんにありがとうって伝えておいてね」
「はいはい」
私は苦笑した。
「この子の名前もね、もうちゃんと決めたんだよ」
「へえ・・・なんて名前?」
みなとは上目遣いで私の表情を窺うようにしながら微笑んだ。
「サツキちゃん」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「へえ・・・12月にうちに来たのに?」
私が内心のわずかな動揺を押し隠しながらそう言うと、みなとが再び頬を膨らませた。
「・・・イツカちゃん、分かってるくせに言わせるの?」
ここで何の関係も脈絡もないけど自己紹介。都築イツカ、女、33歳。誕生日は5月5日です。
「・・・さ、さぁ~・・・わっかんないなぁ・・・みなが一体何言ってんのか・・・」
「イツカちゃん。・・・ひょっとして、照れてるの?」
私は思い切りみなとから顔を背けた。背けてから後悔した。これでは認めてしまっているも同然だ。
「て、照れてない!照れてないよ!!それよりみな、早くハードをさ、テレビにつなごうよ!そうだようんそうしよう!!」
勢いよく立ち上がりゲーム機の元へ小走りで駆け寄る私のうしろから、みなとがくすくすと可愛らしく笑う声が聞こえていた。私は必死に聞こえないフリをして、黙々とコードをテレビに接続する作業を進めるのだった。
☆
「よし・・・これで準備は完了したね」
「したね」
「次はちゃんと電源がつくかどうかだね」
「どうかだね」
テレビにつながれたゲーム機の前で、私とみなとは顔を見合わせて何度も頷き合っていた。やがてみなとがこう言った。
「じゃあイツカちゃん、私の左手を握って私にイツカちゃんパワーを送り込んで。私が右手からそれを放出しながら電源ボタン押すから。そうしたら多分ついてくれるはず」
「ヨォーシ分かった」
言われた通りにみなとの小さな左手を握る。するとみなとは私と握っていない方の手━・・・つまり右手━・・・を握りしめ、少しのあいだ瞑想するかのように目を閉じたあと、「えいっ」と小さく掛け声をあげてボタンを押した。直後、ゲーム機の右端に青いランプが点灯し、わずかなタイムラグを経てテレビの画面にゲーム会社のロゴマークが表示される。そのあとすぐにホーム画面へと切り替わった。
「やったぁ!!」
「やったね!!」
お互いの両手を取り合い、きゃっきゃと喜び合った。
「第一関門クリアだね」
「だね」
私はユニストセブンのパッケージを手に取った。
「あとはソフトが起動するかどうかだなぁ・・・」
みなとは真剣な表情で重々しく頷いた。
「大丈夫。やれるだけのことはやった」
やれるだけのことってなんだよ、まさかさっきのパワー注入のことじゃねぇだろうな。などと内心で冷静に突っ込んでいるもう一人の自分はもちろん表に出さない。代わりに私はこう言った。
「さっきパワーを送り込んだのはあくまでゲーム機本体の方だから、ソフトの方にも同じことやっといたほうがいいんじゃない?」
みなとは呆気にとられたように小さく口を開け、わずかに首を左右に振った。
「嘘、イツカちゃんやっぱり天才じゃん・・・前々から薄々天才なんじゃないかとは思ってたけど・・・」
「あれだね。天才夫婦だね」
「ね!」
みなとがとてもいい笑顔を私に向けてくれたので、まあヤケみたいになった甲斐はあった。
「よし、じゃあ・・・今度はみなちゃんが私にパワー送ってよ。私がソフト読み込ませるからさ」
「分かった!」
パッケージからソフトを取り出し、ゲーム機のボタンを押してディスクトレイを開く。みなとと手を握りながら、もう片方の手でディスクをトレイの上にそっと載せた。そしてもう一度ボタンを押してトレイを閉める。
今から二世代前にあたるハードが、それなりに長い間カチャカチャとディスクを読み取る音を部屋の中に響かせたあと、画面がぱっと切り替わった。いくつもの会社のロゴマークが連続で表示されてから、ユニストセブンのオープニングムービーが流れ出した。




