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知ってるよ

 ☆



 「今日話したことは全部絶対にみなとには言うな」と念入りに口止めし、神崎と別れた私はそのまま真っ直ぐマンションへと帰った。


 玄関のドアを開け、まだみなとは帰っていないかもなと思いつつも一応「ただいまー」と家の中に向かって声を掛ける。付着した雪をできるだけ払い落としてから傘をたたみ傘立てに突っ込んでいると、すぐにリビングのドアが開き、エプロン姿のみなとがぱたぱたとこちらに駆け寄って来た。


「イツカちゃん、お帰りなさいっ」

「ああ、みなちゃん。もう学校終わってたんだね。・・・っていうかそう言えば雪、大丈夫だった?みなが家出たあとで降り出したからちょっと心配だったんだけど」


 みなとは笑顔で勢いよく右手を突き出し、ぐっと親指を立てて見せた。そして無意味にぴょんとその場で跳ねる。


「だいじょーぶっ、ばっちりだぜっ!ちゃんと折り畳み傘持ってたから。・・・ねえ、それよりすごいね、雪降ったね、クリスマスに!しかも当日に降るってさ、ひょっとしたらイブに降るよりもすごいのかも!」

「・・・・・・ふっ」


 私は思わず、喫茶店での自分と神崎の発言を思い出して小さく吹き出した。


「・・・?イツカちゃん、どうしたの?今の、そんなに面白かった?」

「いや・・・くく・・・みなちゃんは・・・意外とポジティブだよなって思っただけ」


 もしイブに降ったら降ったで今度は「当日じゃなくてイブに降るなんてすごい!」とか言ってそうだ、この子は。っていうか実際言ってたことあったような気がするし。


「えー、意外かなぁ?私けっこう普通にポジティブだよ?」


 みなとは顎に人差し指を当てて首を傾げた。私は「言われてみればそうかもしれない」と返しながら靴を脱ぎ、家の中へと上がった。


「そうだよ。・・・まぁ、確かに子供の頃は私、ちょっとマイナス思考な子だったんだけど。でもイツカちゃんに相応しい夫になるために、頑張って特訓して、ポジティブな人間になったの。お互いに欠けてるところを埋め合って助け合うのが夫婦だもん」


 話しながらみなとは、傘をさしていても私のコートにかかってしまった雪を、手で払い落としてくれた。


「イツカちゃんはネガティブで、よわよわなひとだからね」

「なるほど。みなは流石、よく分かってるよ」


 みなとは私の手を引き、リビングへと向かって廊下を歩き出した。前を向いたままみなとは言う。


「・・・でもね、私ちゃんと知ってるよ。イツカちゃんはね、ほんとはすっごく強いひとなんだよ」

「ええ?そうかあ?」


 思わず素になって素っ頓狂な声を上げてしまった。とっさに自分の口を片手で押さえる。みなとは立ち止まり、振り返ってしっかりとそんな私を見た。


「そうだよ。・・・どんな主人公にも自分自身を重ね合わせられる。ひとたび物語に触れれば何にでもなれてしまえて、何処にでも旅立てちゃう。・・・そんなあなたは強いひとです」


 真っ直ぐな眼差しに気圧され、言葉を発せないでいる私をみなとはしばらく見つめたあと、こう続けた。


「でも・・・でもそれは、強いひとであるのと同時に、普通の女の子だってことでもあると思うの。だから・・・」


 「女の子?ババアの間違いだろ」と突っ込む暇も無かった。みなとは握っていた私の手を持ち上げ、両手でそっと包んだ。


「だから、私がずっとそばで守ってあげるね。イツカちゃんのその強さを」

「・・・な、なにから」


 動揺し、意地が悪いととられても仕方ないような質問を思わずしてしまった私に対し、みなとは全く表情を曇らせることなくはっきりとこう返してきた。


「イツカちゃん自身から」


 みなとはにっこりと笑い、やはり何も言葉を返せないでいる私の手を再び引っ張ってリビングへと歩いて行くのだった。



 ☆



 みなとに手を引かれるまま、暖房の効いた室内へと入る。私は肩にかけていた鞄をソファの上に置き、コートを脱ぎ始めた。


「お昼ご飯、もう少しでできるからちょっと待っててね・・・あ!」

「んっ?なに?」

「イツカちゃん、それ、もうつけてくれてるんだ!」


 私は一瞬遅れてみなとが何を見ているのかに気付き、「ああ!」と納得の声を上げて一度置いた鞄を再び手に取った。


「そう、みなにもらったこのブローチ!ここにつけてみたんだ!」


 私は鞄に留めていたアゲハ蝶の形のブローチを指し示す。これは今朝、私がみなとからもらったクリスマスプレゼントなのだ。


「これめっちゃ可愛いよね!私今日、神崎に会ってつい真っ先にこれの自慢話始めちゃってさー・・・。でも絶対神崎もこれ可愛いって思ったんだと思う、だって超悔しそうな顔でずっと黙って私の話聞いてたから!間違いなく羨ましくて仕方なかったんだと思う!それも当然だよねー、だってこれ本当に可愛いし綺麗だし、それになんか見る角度によって光り方とか微妙に違って色んな楽しみ方が・・・あっ・・・」


 そこまでを一気にまくし立てるように早口で喋ってから、ようやく私は完全に自分の世界に入り込んでしまっていたこと、みなとを置いてきぼりにして長々と話し続けてしまっていたことに気が付いた。恥ずかしい。そして申し訳ない。私は慌てて謝罪した。


「ごっ・・・ごめん。なんか一方的で・・・。今のはその、オタクの悪い癖って言うか、いやオタクのせいにしてたら駄目なんだけど・・・」

「ふふっ・・・」


 みなとはかなり長い間、口元に握った右手を当ててくすくすと笑っていた。そりゃそうだよな自業自得だと反省しながら笑い終わるのを待っていると、みなとは片手を振って「違うの」と言った。


「その、私は・・・嬉しくて。私ね・・・」


 みなとはようやく笑い終わると、少しの間何かを考えるようなそぶりを見せて、こう言った。


「私ね、声優になるのが夢なの」

「・・・?うん、それはもちろん知ってるけど・・・」


 唐突な話題に私は首を傾げた。

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