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懺悔

「ずっとお前に相談したかったんだ。私が・・・私が今までみなとにしてきたことは、虐待なんじゃないかって」


 しばらくの間があった。


「虐待って・・・なんでだよ」


 聞き返され、今度は私が少しの間を置いてから話し始めた。


「なんかさあ・・・例えばさ・・・一年前にみなとが声優の養成所通いたいとか、大学受験しないとか言い出した時もさ・・・」


 話しながらもやたらと喉が渇き、私はまたココアを一口すすった。


「私、内心ではああこれ絶対止めなきゃイカンって思ってたんだよ・・・。ホントは・・・。だって普通に考えてそんなもん上手く行くわきゃないじゃん?そりゃあの子はとびきり顔も声も可愛いけど、それだけでそんな・・・なれるんだったらみんな苦労しないと思うし、なれたとしてもそれで食ってけるレベルで売れるわけはないだろうし・・・。いや、ありきたりな表現になっちゃったけど、なんだかんだこれって真理じゃん?っていうかそれ抜きにしても、大学行きながら通える養成所だってたくさんあるんだしせめて受験はさせるべきだって分かってたんだよ私は。あの子の成績表見てもこれで大学行かないのはもっ・・・たいねぇなぁ~~って思ったし・・・。でも・・・」


 神崎は完全に食事の手を止めて私の話を聞いてくれているようだった。


「でも私はやめろって言わなかった・・・。やりたいことをやらせてあげたいとか何かに挑戦させたいとか、そんな立派な親心からじゃあない。ただ・・・ただ、『言ってあの子に嫌われたくない』って、そんな自己中心的な理由で・・・」


 私はテーブルの上でそっと両手を組んだ。神崎はさっきからずっと、何も言わない。


「私は我が身かわいさにあの子の将来を台無しにしちまったようなもんだ。そして他にも・・・他にも私は、色んなところで、これ叱ってやったほうがいいんじゃないかとかやめさせるべきなんじゃないかとか心の中では思ってることを、・・・実際には口に出さずにここまで来てしまった・・・。本当の親だったら絶対にやってやるべきだったことをやらずに今まであの子と過ごしてきてしまった。そのツケを私じゃなくてみなとが支払わされてんのが今のこの状況なんだ。私がみなとにまともな愛情を注いでやらなかったから、あの子はずっと傷付いてたんだ。その結果として私に執着してる。あの子はこの前、婚姻関係でもなければ他人はいざという時自分を助けてはくれないだなんて、寂しいことを言ってた。あの子にそんな風に考えさせたのは私だ。私が今までやってきたことは━・・・」


 そこで一度言葉を切り、私は唾を飲み込んで両手を組み直した。右手の爪を左手に、半ば意識して食い込ませる。


「━・・・ある意味、ネグレクトや身体的虐待よりもタチが悪い。なんか、それを最近になって、悟った」


 そしてここまで分かっていながら、私は恐らくこれから先もみなとに『言うべきこと』を言ってはやれないままなんだろうなということもまた悟ってしまっていた。一度歪に形成されてしまった関係を後から正常に戻すことは難しい。私とみなとの親子としての関係も所詮『ごっこ遊び』に過ぎなかったのかもしれない。みなとが私に対しそうであるように、私もまたみなとに執着し、依存しているだけだ。


「あの子は実の母親との別離を経験した時点で、心に深い傷を負ってた。私の仕事はそんなあの子を13年かけてでも安心させてあげることだったはずなのに・・・全然駄目だった・・・私はあの子に安心をあげられなかった・・・親が子どもに与えてやんなきゃいけないものってきっとそれなのに・・・」

「お前っ・・・」


 嗚咽混じりのような声になりながら鼻をすすった私を見て、神崎は目を見張ったあと、首を左右に振って額を押さえた。


「・・・お前はココアで酔えるのか?」

「べつに泣き上戸ってわけじゃない・・・」


 私は自分の鞄からポケットティッシュを取り出し、鼻をかんだ。そんな私の前で、神崎は視線をさ迷わせ慎重に言葉を選んでいるようだった。


「あのさー・・・何て言えばいいか分かんねぇけど・・・まず、ある意味普通の虐待よりもタチが悪いってお前言ったけど、ある意味ってどんな意味だよ。どう考えても、どんな意味でも、ネグレクトとか身体的虐待のほうが罪深いだろ。考えすぎだって」

「・・・・・・」

「それに、ほら、あれだよ。そいつが幸せか不幸せかを決められるのはそいつ自身だけ、なんてよく言うだろ。お前はあいつのことをお前に虐待された物凄くカワイソウな子、みたいに思ってるみたいだけどさ、あいつがそう思ってるようには見えねぇぞ?むしろ普通に幸せそうじゃん。っつーか絶対自分は世界一幸せだって思ってるって、あいつ。お前にベッタリだし」


 私は唇を噛んでうつむいた。


「違うよ・・・あの子だって間違いなく自分は満たされてないって思ってるはずなんだ。自分でそう思ってることに気付けてねぇだけだ」


 神崎は私の話を聞きながら残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、先程と違って今度は優しくカップをソーサーの上に着地させた。


「だから考えすぎだって。気付けてねぇなら思ってねぇのと同じだし。それにもし本当にあいつがお前の言うとおりに不幸でカワイソウな子供だったとしてよ、それは別にお前の責任じゃねぇ。人間誰だって最終的には自分自身の力で幸せになんなきゃいけねぇんだから、あいつ自身の問題だろ?まぁこんなこと言うとまたお前を怒らせちまうかもしんねぇんだけどさ」


 最後にそう先回りされてしまえば何も言い返せない。


「それにお前さ、こんなとこでうだうだ言って落ち込んでベソかいてる場合か?今お前があいつとやってることはあくまで時間稼ぎで、あいつがいつかお前から離れて独り立ちできるようにすんのが本当の目的なんだろ?」


 私はぎこちなく、ゆっくりとだが頷いた。


「・・・そう・・・だよ。みなとがいつか私以上に一緒にいたいと思える人とか、夢中になれるものを見つけて、もう私なんかいなくても大丈夫なように・・・ちゃんと生きていけるように、なってほしい」


 神崎は力強く私に頷き返した。


「よし、じゃあそうしろよ。私もぜひあいつにはそうなっていただきたいし、お前は出来るだけ早くその目標を達成できる方法をなんかひねり出せ。私にグチ垂れてる暇があったらな」

「うん・・・そうだよな。そうだよな・・・」


 神崎に誘導され、自分の『やるべきこと』を確認したらなんだか少し力が湧いてきた。そうだ。まったくその通りだ。まだ何もかも終わりと決まったわけじゃあない。みなとは成人したとは言えまだ18歳。時間はたっぷりあるのだから、私のやり方次第でこれからいくらでもあの子の幸福度は挽回できる。だから前を向いて頑張るべきだし、何もかもを悲観して早々に諦めるべきじゃあない。


「ありがとな、神崎。なんか元気出てきたよ」

「そうか」

「やっぱり持つべきものは友達だな」


 私は最大級の感謝を込めてそう言ったつもりだったのだが、それに対し何故か神崎は憮然とした面持ちで


「どうも」


 と一言、ぶっきらぼうに返しただけだった。

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