相談
☆
「ふぅん」
事の経緯を聞き終えた神崎の開口一番がそれだった。
「ふぅんて・・・それだけ?」
一大決心で話し始めたのに。
「・・・それ以外何て返しゃあいいんだ?お前は私に何て言ってほしかったんだよ」
「いや、そう聞かれると困るけど・・・」
困惑する私の前で、神崎は大げさに溜息をついてみせた。
「じゃあ一応聞いてやるけど・・・何か?まさかお前はあいつに本気で恋情を抱いているとでも・・・」
「な、ないないないない!それはちゃんと説明したじゃん!私はみなとをそういう対象として見たこと一度も無いしこれからも無いけど、やむを得ず嘘をついてんの!なんならみなとの方だって、本気で私に惚れてるわけじゃなくて私への執着心みたいなのを恋心と誤解してるだけだと思うし!」
大慌てで両手をぶんぶんと振りながら早口で一気に喋り終えた私を見て、神崎は「だろ?」と返した。その顔はどことなく満足そうだった。
「あのクソガキはあの年になってまで、お前を自分のごっこ遊びに付き合わせてる。それだけの話だ」
「ごっこ、遊び・・・」
「そう、ごっこ遊び」
そう言われた私の心中は複雑だった。
みなとの誕生日から今まで3週間と少し、ずっと「大変なことになってしまった」という思いで生活していたところへ、第三者から「ごっこ遊び」に過ぎないと評されたことで「ああそうか、他の人から見てこれは別に全然大変なことでも何でもないんだ、私が一人で思い詰めてただけなんだなぁんだ良かった」と胸を撫で下ろす自分。そんな自分がいる一方で、みなとがどれだけその「ごっこ遊び」に本気で真剣だったかを思い、神崎の言葉選びとそれに安堵した自分自身に腹が立つような気持ちもあったのだ。
しかし「安堵した自分」が一度確かに存在していた以上、声高に神崎を非難する資格は私には無い。私は仕方なく言い返す代わりにアイスココアをストローで一口分すすった。けれどそこで神崎が
「いい気なもんだよな、お前が突き放さないのをいいことにつけあがりやがって。付き合わされるお前が気の毒だとか迷惑だとか、あのクソガキは考えられねぇんだよ。考える能力が欠如してんの」
などと薄ら笑いで言い出したため、私はいよいよ本格的にカチンと来てしまった。頭の隅では「おそらく今のは内容的に私のことを思いやったが故の発言だろう」と理解してはいても自分を止められず、私は勢いよくストローを口から離して神崎を睨みつけた。
「そんな・・・そんな言い方はないだろ。前から思ってたけど、なんでお前はそうみなとに辛辣なんだ」
「辛辣?」
「そうだよ。いっつもいっつもみなとのことクソガキ呼ばわりするし・・・。あんなにかわいくていい子なのに、うちの子」
「・・・・・・かわいい・・・?・・・いい子・・・?」
神崎はパスタを口に運ぶのを中断し、眉間に皺を寄せてぶつぶつと私の言葉を反芻した。無意識でやっていると言うよりは、なんだかその動作を私にわざと見せつけているような感じがした。
「な、なんだよ。何か反論があるか?」
「そりゃあるよ。お前、本気であいつのこと『あんなにかわいくていい子』なんて言ってんの?」
「冗談で言うわけねぇだろ・・・」
戸惑いを隠せない私の姿を見て、神崎はこれ見よがしに再び大きな溜息をついた。
「お幸せなこった。お前はあいつのことを本当の意味ではなんにも知らねぇからそんな呑気なことが言えるんだよ」
「本当の意味って・・・」
「じゃあ教えてやるよ。ちょっと前、私がお前ん家に直接行って仕事の話したことがあっただろ。あの時はあのガキもその場に居たよな。お前がちょっとトイレ行ってる隙見つけてあいつ、私になんて言ってきたと思う?」
「・・・・・・」
私は無言で瞬きをしながら改めて神崎の顔を正面から見詰め、話の続きを促した。神崎はとっておきの切り札を披露するような顔で「こう言ったんだよ」と前置きし、全く似ていない━・・・侮辱的ですらある━・・・みなとの声真似をした。
「神崎さん本人が知らないのは却ってお気の毒なので教えてあげます。私のイツカちゃん、いつもあなたとの打ち合わせに出掛ける時、『神崎はいっつも私にキビシイこと言うから仕事行きたくない。神崎の100兆倍優しいみなの居るこの家に一生引きこもってたい』なんて言って駄々をこねるんですよ」
「・・・・・・・・・」
ココアを飲んでいなくて良かった。飲んでたら多分思い切りむせていたと思う。
「お前が私の陰口同然の文句をあのガキの前で無節操に垂れ流してたことについては、まあ許してやる。お前が本気で言ってたわけじゃねぇことくらい分かるし、付き合いも長ぇしな。でも・・・」
神崎はやけくそのようにフォークに巻いたパスタを口の中に突っ込んだ。咀嚼し、飲み込んでから話を再開する。
「私はな、昔っから・・・本当に昔っから、なになにちゃんがこの前あなたの悪口言ってましたよーみたいなご報告をわざわざしてくる女が大っっっ嫌いなんだよ。ひょっとしたら悪口を言った張本人よりも嫌いだった。あのガキはまさにその、私が世界で一番嫌いな種類の人間なんだよ」
神崎はコーヒーをすすった後、乱暴にカップをソーサーに置いた。しかし絶妙に力加減を調節してはいたようで、まだたっぷり残っていたこげ茶色の液体は幸い周囲に飛び散らずに済んだ。私と同じ、怒りで我を忘れている時でさえ完全には理性を捨てきれないタイプだな。などと場違いな感想を抱いた。
「・・・これで分かったか?あいつがどれだけ性格悪い『クソガキ』かってことが」
何故か縋るような顔をした神崎の確認に、しかし私はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「・・・いや?それは別に分かんなかった。一体お前がみなとに何を言ったせいで、あの子がそんなことを言わなきゃならない状況に追い込まれたのかが気になって仕方なくて」
「・・・・・・っ」
私のカウンター気味の返答に対し神崎は驚愕の表情で硬直した。私はそのリアクションを見て少しだけ胸の空くような思いがした。どうやら自分で思っていた以上に今の私は神崎に苛立っているらしい。逆上していると言ってもいい。私はたっぷり時間をかけて青ざめた神崎の顔を見物し改めて留飲を下げた後、ひとつ息を吐いて言葉を続けた。
「この際あの子の性格の善し悪しについては横に置いておくとしても、だ。何の脈絡も事情もなくいきなり他人に喧嘩を吹っ掛けるほどあの子は馬鹿じゃない。だから聞くぞ。お前は、みなとに、いったい、何を言った?」
「・・・・・・・・・」
一言一言を区切り、威圧することを意識した強い口調で問うたが、神崎は強情にもしばらくのあいだ無言を貫いた。やがて食べかけのカルボナーラに目を落とし、コーヒーカップを手に取って以来握っていなかったフォークを再び右手に持った。半熟卵はとっくに全体に行き渡っているにも関わらず、パスタをぐちゃぐちゃとかき回しながらぼそりと呟く。
「ここのカルボナーラは・・・けっこう美味いよな」
「おいコラ。話と目を逸らすな」
私は突っ込んでからがしがしと乱暴に頭の後ろをかき、「ちっ」と舌打ちをした。天地がひっくり返っても私はみなとの前で舌打ちなどしない。逆に神崎に対しては、「こいつ相手にならこれぐらいしても許してもらえるだろ」という甘えが常に存在していることは自覚している。おそらく神崎が私に対してそうであるのと同じように。
「ああもう・・・くそ。仕方ねぇな・・・今回は見逃してやるよ、それこそ付き合いの長さに免じて。お前もさっき私のこと許してくれたしな」
「・・・・・・・・・うん」
神崎は頷きながらも特に嬉しそうではなく、よく見ればむしろ少しすねたように唇を尖らせていた。・・・まあいいか。
「次はねぇからな。・・・・・・っていうかさー・・・っていうか・・・。性格悪いのはみなとじゃねぇよ。私の方なんだよ・・・」
神崎が眉を上げて私を見返した。
ガラの悪い二人の会話が書いていて楽しかった・・・ので、私は多分ガラの悪い人間なんだなぁと思いました(笑)




