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担当編集・神崎美話

 みなとと映画を観に行った次の日。12月25日、月曜日。午前10時過ぎ。


 クリスマスとは言え平日の朝で雪が降っているということもあってか、喫茶店の中に居る客は少ない・・・というか私たちだけだった。私の対面に座る金髪をポニーテールにした女が頬杖をつきながら窓の外にちらりと目をやり、「どうせならイブに降りゃあ良かったのにな」と呟いた。私もつられて少しずつ雪化粧されていく街並みを窓から数秒眺めてから、「意外と細かいことを気にするんだな」と返した。


「イブに降ろうがクリスマス当日に降ろうが、大した差は無いだろ」

「そうか?まぁ・・・お前がそう言うんならそうなのかも知んねぇけど・・・」


 女は頬杖をやめ、両腕をテーブルの上に置いた。


 女の名前はかんざき。私と同い年で、私・・・と、秋水燕の担当編集だ。私とはもうかれこれ10年近くのあいだ、仕事上のパートナーとして一緒に作品を作ってくれている。


 しかし今日は別に打ち合わせというわけではない。職場の同僚ではなく、あくまで友人━・・・そう、私は神崎のことを数少ない友人の一人だと認識している━・・・として、雑談と言うか近況報告をしているのだ。私はよくこうして、「仕事として会えば全部経費で落ちるんだからそうすりゃあいいのに」と困惑する神崎を押し切って、私のおごりで二人一緒に茶をしばくのである。・・・普段私の遅筆っぷりに振り回されながらも決して投げ出すことなく共に戦ってくれる神崎に感謝の気持ちを示す方法が、アホな私にはこれぐらいしか思い浮かばないからだ。


 ココアまだかなぁと私が厨房の方へ視線を向けた時、神崎が「そう言えば」と切り出してきた。


「この間は悪かったな」

「・・・?この間?」


 神崎は再び頬杖をつくと、小さく息を吐いた。そんな何気ない仕草さえ絵になってしまう程度には、神崎美話という女は美人だ。一緒に街を歩けばすれ違った人間の5人中2人くらいは口を半開きにして振り返るところが見れる。まあうちのみなとの場合は4人くらい振り返るんだけど(対抗)。


「ほら、先々週の日曜日だよ。私がお前ん行って打ち合わせする予定だったのに、ドタキャンしちまっただろ」


 私はぽんと両手を合わせた。


「ああ・・・そう言やそんなこともあったな。別に私はいいんだけど、どしたん?なんかあった?」


 神崎は忌々しそうな顔で頷いた。


「うん。私が担当してる作家が・・・あ、燕じゃねぇよ?天才肌のおっさん。締め切りの三日前に、原稿はもうほとんど仕上がってたはずなのに『やっぱり納得がいかないから最初から全部書き直したい』とかワガママ以下のこと言い出して電話口で暴れやがって・・・。即そいつん行って丸一日かけてなだめすかしてなんとか説得した。電話来たのが昼過ぎだったから昼飯返上してよ・・・」


 話を聞き、思わず私の眉間にも皺が寄った。


「うげえ・・・マジ?先々週の昼か・・・なんか申し訳ないな」

「・・・?なんでお前が申し訳なくなるんだよ」


 首をかしげる神崎に、私は頭の後ろをかきながら罪を告白した。


「いやあ・・・先々週の日曜の昼って言ったら・・・私、確かその頃ちょうどみなととカレーライスの上に目玉焼き載せて食ってたなって思って・・・それでなんとなく・・・」

「・・・そういうイラッと来る情報はわざわざ教えるな」


 ごもっとも。


 そこでウェイターが注文した品をトレーに載せてやって来た。私も神崎もなんとなく会話を中断し、一旦黙る。アイスココア、ホットコーヒー、カルボナーラがテーブルの上に並べられ、ウェイターが去って行くのを見送ったあと、神崎が再び口を開いた。


「お前はよくこの寒いのにアイスココアなんか飲んでいられるよな・・・」

「猫舌だからな。別に店ん中は暖房効いてるし」

「そうか・・・っつーかいいのか?本当に私だけ食って」


 神崎の問いかけに私は片手を振った。


「ああ、大丈夫大丈夫。今日はみなとが終業式で早めに帰って来るから、私に昼飯作ってくれるって言っててさ」

「・・・ほー・・・・・・」


 神崎は微妙に反応に困っているように見えた。気持ちは分かる。15も年下で娘同然の子に飯作ってもらってるって私も自分でどうかと思う。


「まあなんにせよ、おごってもらっちまってわりぃな」


 幸い神崎はすぐ気を取り直したようにパスタをフォークに巻き付け始めた。私はもう一度パタパタと手を振る。


「いや全然。っていうかむしろ仕事でもないのにこんな田舎まで出張らせてゴメン」


 両手を合わせて拝むようにした私に、神崎は首を横に振った。


「それに関しては別に問題ない。お前も会ったってさっきチラッと言ってたから知ってると思うけど、今燕がこっち来てんだよ。ちょうどいいからあいつの顔も見て、ついでに打ち合わせしてから東京帰るつもりなんだ。だから気にすんな」

「ああー・・・そうか、なるほど・・・燕ね・・・燕・・・」


 後輩作家の名前を出されて、否が応でも昨日の衝撃的な展開が脳裏に蘇った。あれから何度か携帯を確認したが、燕から特にメッセージの類などは来ていない。正直恐ろしくてこちらから連絡を取る気にもなれない。


 もしメッセージをやり取りするなり直接会うなりするということになった場合、どうすればいいんだろう。何を話せばいいんだろう。昨日からずっと、考えなければいけないとは思いつつも考えることから逃げている状態だった。


「まあ直接顔見て話したいときに私がこっちまで来たり、お前にあっちまで来てもらったりすんのは確かに面倒くさいっちゃ面倒くさいけどよ、それももうすぐ終わりだろ?さっき言ってた通りお前が春からあっち住むってんなら」


 神崎が私の内心の動揺に全く気付かず話し続けてくれるので、私はこれ幸いとばかりにそれに乗っかり、現実逃避を続行することにした。


「ああ、まあね。あと三か月の間に私がみなとに愛想尽かされたりしなきゃあそうなるはず」

「・・・べつに愛想尽かされようがお前ひとりで勝手に上京すりゃあいいじゃん・・・」


 神崎は呆れたような顔でそう言ったあと、一旦フォークを置き、びしりと私を指さした。


「で、だ」

「う、うん?」

「どういうことか聞かせてもらおうか」

「どういうことって・・・。・・・?何が・・・?」

「それだよ、それ。一体どういう事情があってお前がそんなもんぶら下げてんのか教えろ。さっきから突っ込みたくて仕方がなかった」


 神崎にそう言われたことで、やっと私は神崎が指さしているのが私ではなく私の首に掛かったペンダントであることに気が付いた。説明するまでもなく昨日私がみなとにお揃いで贈ったペンダントの片割れだ。


「ああ~・・・これか・・・これね・・・これはさあ・・・実は・・・」


 意図的に言葉をさ迷わせ、話し始めるのをできるだけ遅らせることで時間を稼ぎながら、私は無い頭を回転させて考えていた。どうしよう。どこまで話そう。どこまで話して大丈夫なんだろう。昨日からずっと頭の隅に浮かんでいる「燕に何を話せばいいのか」という悩みとほぼ同質の問題だった。結局逃げることなどできはしないということか。


 しかしそこまで考えたところで、私は「いや、やっぱり燕と神崎では話が違う」という結論に至った。神崎にならまあ、全ての事情を包み隠さず話せばドン引きされるとかそういう心配はないだろう。こいつとの付き合いはかなり長い。私という人間のことも、多分それなりに正しく理解してくれている。だから、話すことで却って妙な憶測や誤解が発生したりするということもないはずだ。よし、決めた。全部話そう。全部話せる程度にはこいつと私の距離は近い。


「実はさぁ、ここ三週間ちょっとで本当に色々あって・・・。ちょうどよかった、お前に相談したかったんだよ。この前のみなとの誕生日の時から話してかなきゃなんだけど・・・」


 自分で口に出したことで、私は初めて「ああ、そうか私はこいつにずっと相談したかったんだな」と気が付いた。

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