想像
「うん。イツカちゃんはさ、けっこう大体ほとんど家の中に居てくれるけど・・・出掛ける時だってたまにはあるでしょ。私が学校行ってる間とかに、一人で」
「そりゃね。まあけっこう大体ほとんど家に居るんだけど」
ダメ元で声を上げてあははと笑ってみせたが、やはり笑い声は返ってこなかった。代わりに溜息をつくような気配があった。しかしどうも私の引きこもりぶりに愛想をつかしたとかそういうことでもないらしい。家の中に「居てくれる」という言い方も、恐らく嫌味というわけではないのだろう。実際、そこから続いたみなとの言葉は私の予想を裏付けるものだった。
「イツカちゃんが私を置いて、一人で何処かに出掛けちゃう度に・・・想像しちゃうんだよ。イツカちゃんが誰か、私よりも可愛い人とか格好いい人とかに声かけられて、そのままどこかに連れて行かれちゃうとこ」
「つっ!」
声も裏返ろうというものだった。
「つっ、つっつっ連れて行かれないよ!!子供じゃないんだから!!」
「そういう意味じゃない。子供じゃないからこそ心配ってこと」
いやまあそういう意味じゃないってことは分かってるけどホントは!!
「そうやって、イツカちゃんが私を捨てて他の人のところに行っちゃうところ・・・今までに何度も何度も想像してて、夢に見たりすることもしょっちゅうだったから。だから、さっきイツカちゃんが、あの秋水さんって子に声かけられてるの見た時・・・私が何度も想像してた光景とそっくりで、びっくりして、慌てちゃって・・・。ずっと『これだけは嫌』って思ってたことの一つが、ほんとになっちゃったんだって勘違いして・・・。ほんとは最初からイツカちゃんとお店の中見て回りたかったのに、邪魔かなって思って一旦別れたこと、すごく後悔した。それでちょっとパニックになって、つい確認もせずにナンパだとか言っちゃった」
そこまで話してからみなとは「ごめんね」と再び私に謝った。大変忌々しいことに、その時私は「どうやらみなとは私に怒っていないようだし、私がみなとを夫だと認めてはいないことに気付いてしまったというわけでもなさそうだ」と確信を得て心底安堵してしまった自分を発見していた。違うのに。そうじゃないのに。今気にするべきなのは、私がもうずっと長い間みなとを滅茶苦茶に不安にさせてしまっていたことと、それをみなとに謝罪させているこの状況なのに。
そうやって私がお得意の自己嫌悪にうじうじしている間にもみなとは私の手を引いたままひたすらに歩いて行き、気が付けばショッピングモールに到着していた。目的の映画館はここの二階にある。入口の自動ドアをくぐり、そのままエスカレーターへと向かおうとするみなとの手をこちらへぐいと引っ張り、その場に両足を踏ん張って「待って」と呼びかけた。そこでようやくみなとがこちらを振り返った。みなとは元々色白だが、その顔はいつも以上に青白く見えた。
「どうしたの?イツカちゃん」
「あの、えっと、ちょっと・・・ちょっとここで待っててくれる?」
「え?」
「すぐ戻るから!」
みなとの手を振りほどくようにして私は駆け出した。しかし駆け出す必要もないくらい目的の場所はほとんどすぐ目の前だったため、数十秒後には私は文房具やらお菓子やらアクセサリーやらが陳列された店の中に居た。いわゆるファンシーショップというやつだ。ここは本当にほんの少しだけだがアニメグッズを置いているコーナーもあるので、今までに何度かみなとと一緒に訪れたことがある。最後に二人で来た時に目に留まったものがあった。
私はすぐにそれを見つけてレジへと持って行き、ラッピングを頼んだ上で会計を済ませ、店外へと出た。急いでみなとの元に引き返すべく走り出しかけたところで目の前に現れた絶世の美少女と目が合った。みなとだった。私はつんのめるようにして立ち止まる。
「み、みなちゃん」
「イツカちゃんがここに入って行くのが見えたから・・・」
どうやら心配させてしまったようだった。けれど同人誌ショップを出てからの気まずさは依然私とみなとの間に横たわっていて、ここで謝罪したりするとその気まずさが更に増してしまうような気がしたので、代わりに私は鞄に入れたばかりだった包みを取り出しみなとに差し出した。
「うん・・・ええと・・・はいこれ、クリスマスプレゼント」
「え・・・」
みなとは目を丸くして、リボンで口を縛られた包みと私を交互に見た。
「クリスマスプレゼントって・・・でもこれ、今買ったやつでしょ?イツカちゃん絶対元々用意してくれてるのが別にあるでしょ」
「いやあ何のことだか。明日の朝みなの枕元に置いてあるやつはあれだよ、毎年言ってるようにサンタさんからのだよ。みなは良い子だから」
みなとは呆れたように━・・・というよりは困ったように眉を下げた。
「百歩ゆずってイツカちゃんのその主張を認めてあげたとしても、イツカちゃん毎年その後で『これはサンタからじゃなくて私から』って言ってもう一つくれるじゃん・・・」
「大丈夫!大丈夫だから!心配しないでみな!悪いけどこれそんな高級なもんじゃないからほんと私の心配はしなくていいの!ほら!」
そう言えばみなとはさっき私から何かを買ってもらってばかりだと不安になると零していたんだった、と思い出しつつも今更後には引けないので半ば強引にみなとに包みを押し付けた。みなとが私の気迫に負けたようにのろのろと両手を持ち上げ受け取るのを確認してから、私は「ちょっとあっち行って座ろう」と言って近くにあったベンチを指差し、あえてみなとの返事を待たず歩き出した。後ろからみなとが戸惑いながらも付いてくる気配がした。私はみなとに先んじてベンチに座り、隣をぽんぽんと叩きながらおいでおいでと手招きをした。みなとは両手でプレゼントを持ったまま、どこかぎこちない動きで歩いてきて私の隣に腰を下ろした。
ベンチのすぐ後ろには、冗談みたいに巨大なクリスマスツリーが鎮座していた。
「なんか微妙に距離あるな・・・みなもっとこっち来て座んなよ」
「・・・うん」
みなとが私の至近距離に座り直した。逆に今度はちょっと近すぎるような気がしたが、来いと言ったのは私なので突っ込みはせず、代わりにプレゼントを指差して微笑んでみせた。
「開けてみて」
「ん・・・」




