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合流

「ああ、ごめんみなちゃん、もう買い物終わっちゃった?この子はね━・・・」


 燕を紹介しようとした私に対し、みなとは即座に首を横に振った。


「イツカちゃんに説明されなくても分かります。この子にナンパされてるんでしょ?」


 なわきゃねーだろ!


「もう、みなちゃん・・・そんなわけないでしょ?こんな可愛い子がよりによって私のことなんか口説かないよ」


 苦笑いしつつ諭すと、みなとは私の言葉に物凄い衝撃を受けたような顔で硬直した。いや・・・否定されてそんな驚くくらい私がナンパされてるって確信してたのかよ。こっちの方がビックリだよ。っつーかしまった、結局つい本人の前で「可愛い」とか口走ってしまったけれど、燕は気分を害していないだろうか。・・・あ、まずい、微妙に頬を赤らめて私から顔を逸らしてる。ダメじゃんこれ、セクハラから助かった子を私がセクハラし直してどーする。


 はらはらと燕の顔色を窺う私の前で、みなとはと言えば何故か俯き、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で「そりゃ確かに可愛いけどさ・・・」とかなんとか呟いたあと、顔を上げて私と燕を交互に見た。


「じゃあ・・・この子は誰なの?」

「この子はね、秋水燕ちゃん。私の後輩作家で出版社が同じなんだよ。なんとみなと同じ高校三年生!」


 みなとは私の右腕を抱き直した。


「・・・ひょっとして、イツカちゃんがよくメールで連絡とってる子?」

「そうそう!」

「は、はじめまして!秋水燕です!ええと・・・」


 初対面の挨拶をしたあと口ごもる燕を見て、私はすぐにみなとを手の平で示しながら紹介した。


「この子はみなと。私の娘━・・・」


 そこまで口にした時点で、燕は分かりやすく「ああ」と納得したような表情を見せた。この反応は多分、私が普段からたまに━・・・というか割としょっちゅう━・・・燕に「ウチの娘がさぁ」と自慢話を聞かせていたからだろう。これはいい。問題はみなとの反応の方だった。


 みなとは先程よりも私の右腕を抱く手に力をこめ、唇をぎゅっと引き結び、私のことをじっと見つめていた。客観的な説明を心がけるのならばそれだけのことだったが、13年間みなとと共に暮らしてきた私にだけ分かることもあった。これは「そうじゃないでしょ?」と言っている顔だ。


「娘の━・・・娘で━・・・お、夫・・・です・・・」


 プレッシャーに耐え兼ね、冷や汗をかきながらも結局みなととの約束を守った私に、燕が両目を瞬かせた。


「え・・・」


 「大変なことになってしまった」と思う気持ちは確かにあった。しかしその上で、実のところ私はこの状況をそれほど悲観してもいなかった。何故なら燕は恐らく私のことをシングルマザーだと思っている、つまり私とみなとが血のつながらない義理の親子だということを知らないはずだからだ。今まで私が言ったことがないのだから当然だ。実の娘と婚姻関係にありますと言われてはいそうですかと信じる奴はいない。確実に何かの冗談だと思ってもらえるはずだ。何かそこはかとなくドヤ顔してるみなとには悪いけどな。


 そう考えていたのだが。


「そ・・・」


 燕は私とみなとから一歩後ずさり、途切れ途切れに言った。


「そう・・・だったんですね・・・先輩と、えっと、みなとちゃんは・・・。・・・そうだったんだ・・・都築先輩にはもう、そんな人が・・・」


 ・・・・・・・・・し・・・信じるのかよ!!


 え?噓でしょ?信じるか普通!?あっ・・・ひょっとしてこれが冗談か!?燕の冗談なのか!!そうか、そうだよな、そうに違いない、なら乗ってやらないと━・・・


「あ、あの!ごめんなさい、私もう帰ります・・・・・・・・・。そ、そろそろ父が車で迎えに来てくれるはずなので!」


 激しく動揺する私の前で、燕が深く顔を俯かせて一息にそう言った。


「えっ?い、いやでも燕、まだ同人誌買えてないでしょ━・・・」

「じ、じゃあまたっ!!先輩、みなとちゃん、失礼しますっ!!」


 燕はそれはもう勢いよく踵を返し、とろい私が引き留める間もなく走り去って行った。


 ・・・・・・・・・。


 呆然とする私にみなとは何事もなかったかのようにやわらかく微笑み、私の腕を強く抱いて自分の豊かな胸に思い切り押し付けながら、言った。


「ほら、イツカちゃん、早く欲しい同人誌選んで。私もう自分の買い物終わったから、一緒に見て回ろうぜっ」

「う・・・うん・・・」


 頷くしかなかった。



 ☆



 動揺しながらもなんとか表紙から自分好みだと推察される同人誌を数冊選び、残念なことに本当にみなとに会計を済ませてもらったあと、二人で手をつないで店の外に出た。一縷の望みをかけて可能な限り素早く行動したつもりだったのだが、周辺に燕の姿はもう無かった。燕の性格から考えると先程のあの反応が冗談の類だったとはやはり考えづらく、血のつながった実の娘に良からぬ思いを抱いて手を出したという誤解を解くことができないまま別れる形になってしまったことに頭を抱えたくなる。まあ・・・いいか。どの道みなとも居る状態じゃまともな弁明なんて無理なんだし、今度二人で会った時にでも説明すれば・・・。


 そうやって自分を納得させようとしながらもつい辺りをきょろきょろと見回して燕の姿を探してしまう私を、みなとはじっと見つめたあと、つないだ手をぐいと引っ張ってきた。


「イツカちゃん、行こっ。映画始まっちゃう」

「あ、ああ、うん・・・」


 そうだった。言われて思い出したが私たちはこれから映画を観に行くんだった。しかしみなとがつけている腕時計をちらりと見てみれば、上映まではあと一時間弱というところだ。映画館のある場所はここから歩いて10分ちょっとなので、言うほどに差し迫った状況というわけでもない気がする。にも関わらずみなとは私の手を力強く引っ張り、どんどん先へ進んでいく。まるで一刻も早くこの場を離れたいかのようだった。


「み、みなちゃん、ちょっと速い・・・そんな急がなくても大丈夫だから」

「・・・ごめん」

「あ、いや、別に謝ることは全然ないんだけど!」

「そうじゃなくて」

「え?」


 みなとは僅かに歩く速度を緩めたが、立ち止まりはせず私のことを振り返りもしないまま、言った。


「勘違いしちゃったこと、ごめんねって」

「勘違い・・・」

「ナンパじゃなかったんでしょ?」

「━・・・。あ、ああ、そのこと。そうだよ、されるわけない。みなはおっちょこちょいだなぁ。別にそれだって謝る必要全然ないんだけどさ」


 なんとなくみなとに振り返ってほしかったので、意図してからかうような響きをこめて言ってみた。しかしそれでもみなとは前を向いたままだった。こうなるとなんとなくではなくはっきりと不安になってくる。


「・・・私・・・」

「え?なに?みなちゃん」


 一応会話は途切れていないという事実だけが救いだったため、みなとの呟きにすがりついた。


「私、ずっと不安だったんだ・・・本当にずっと。小学校の、高学年くらいの時からかな・・・嫌な想像が振り払えなくなって」

「想像?」

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