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それはダメ

「それに、私・・・先輩のおかげで、自信持てたんです。もちろん頑張れたのは先輩があの時私の隣にいてくれたからなんですけど、でも、あの人に『やめてください』って自分で言った時・・・言った瞬間に、『ああ私言えるんだ』って思って。そう思ったことを、なんだか今でもすごく覚えてて。だから、私・・・これからはもし何かあっても、ひとりで」


 燕が続けようとした言葉に私は慌てた。


「い、いや!待って!ストップ!ダメだよ、それはダメ!」

「えっ?」


 目を丸くして顔を上げた燕の両肩に手を載せようとし、結局やめた。代わりにできるだけ真っ直ぐにその両目を見て、語り掛ける。


「あのね、燕。燕がそうやって自分に自信持ってくれたのは嬉しい。私もそうなればいいなと思ってあの時ああしたんだし。でも間違えないんでほしいんだよ。その、もし今後燕がまた、ああいう目に遭うことがあったとして・・・そんなことは考えたくもないし絶対にあってほしくないんだけど!でももし!もし万が一あったとして!」


 私は下衆な人間なので、内心「こんだけ可愛けりゃ今後もセクハラの一度や二度や三度受ける可能性は普通にあるだろな」と思っている。それこそセクハラになるし、色々な意味で間違った考え方なのは自覚しているから言わないというだけで。さておき話を続ける。


「あったとして・・・一人で立ち向かうだなんて絶対にダメだ。あの時のあれはあくまで、私が隣に居たから成立したやり方なんだよ。ハラスメントをする人間が全員例外なく話の通じない奴だとは私は言わないけど、反抗した瞬間に逆上して何かしてこないとも限らないんだから。絶対に誰かに相談して、いざという時はあの時の私みたいにちゃんと傍に居てもらうんだよ。分かった?」


 そうすることで相手がまた別の、例えば「晒し者にしやがって」という恨みを募らせる可能性ももちろんあるのだけれど、それでも孤立無援で敵に立ち向かうよりはずっとマシなはずだ。


「は・・・はい。分かりました」


 燕は私の勢いに気圧されたように何度も頷いた。


「うん、分かってくれればいい。自分一人だけの力でなんでも解決してほしいわけじゃないから・・・いやでも、そもそもそんな誤解させたのは私の言葉っていうか説明が足りなかったからだよね。ごめん」

「先輩・・・先輩ってそうやって、いつも私の未来のことまで考えてくれますよね。だから私、本当に・・・」


 どうやっても私に感謝する方向へ持って行こうとするなこの子は!


「あー!あのさ!そう言えば燕はこういう店行ったりとかするんだね!一体何の同人誌買いに来たんだろう!私興味あるなぁ!」


 ばつの悪さを誤魔化すための強引な話題転換だったが、幸いにも燕はそれに乗ってくれた。


「あ、えっと・・・実は、私の作品の同人誌を描いてくれた人がいるって、ネットで知って・・・。今日はそれを探しに来たんです」

「ああ!『光差す夜にあなたと』の?」


 作品名を出して確認した私に、燕は笑顔で頷いた。


「はい!びっくりですよね、まだメディアミックスもしてないのに描いてくれる人が居るなんて・・・」


 私は思わず、店内に居る他の客の迷惑にならないよう音を立てずにだが拍手をした。


「うわーすごい!私そんな経験したこといっぺんも無いよ羨ましい!おめでとう!」

「ふふ、ありがとうございます。でもまさか買いに行った先で先輩に会えるなんて・・・。・・・じ、実はですね・・・私」

「ん?」


 燕は握った右手を胸に当て、少し頬を染めながら上目遣いで私を見た。


「実は、その。私、ひょっとしたらここでばったり先輩に会ったりするかもなー、なんて、思ってたりしてたんですよ?先輩、こういうお店によく行くって、以前私に話してくれましたから。・・・もちろん思った後に、すぐ『そんなわけないか』って考えなおしたんですけど、でも・・・だから。今こうしてホントに先輩に会えて、お話しできたことが、すごく嬉しいんです」


 そこで燕はにっこりと笑い、こう続けた。


「先輩とは、本当だったらなかなか直接会って喋ったりはできないから・・・・・・すごくラッキーだったな、って思ってます。私、この前頑張って新刊の原稿、書き上げたから・・・サンタさんがクリスマスプレゼントをくれたのかな、なんて・・・」

「・・・そ・・・そか。それは良かった・・・」


 い、いかん。多分私、今ものすごい顔真っ赤になってる。そしてここまで言ってくれる燕に対して、せめて何か気の利いた一言でも返してやりたいのに、何も思い浮かばない。正直いっぱいいっぱいだ。照れる。


 ・・・ん?待てよ。そうだ、そう言えば私はもっと早い段階で伝えておくべきだったことをこの子にまだ話していない。


「つ、燕。私、さっきからずっと言いそびれてたことがあったんだけど聞いてくれる?」

「は、はいっ。なんでしょう」


 燕は居住まいを正してから私の顔を見上げた。私は話し出す。


「実はさ、自分でもまだ半信半疑っていうか、実感がわかないんだけど・・・だから言いそびれてたんだけど・・・私、春から東京に住むかもしれない・・・っていうか住むんだよね確実に」

「・・・・・・・・・え・・・」


 燕は大きく両目を見開き、その状態のままたっぷり3秒は硬直した。その時間が終わってようやく再び口を開いた燕の声は、微かにだが震えていた。


「先輩、それって━・・・」

「イツカちゃん!」


 聞きなれた声が私と燕の会話に割り込んだ。顔を上げればゴスロリ姿の美少女が巨大な胸を揺らしながら小走りでこちらへ向かって来るのが見える。と、思った次の次の瞬間くらいにはみなとが私の右腕に抱きついて不審そうな目で燕を見上げるという状況が既に出来上がっていた。要するに私はとろいと言うかぼーっとしている。

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