みなとの不安
私が思わず叫ぶと、みなとは不思議そうな顔をしながらこう言った。
「なんでって・・・。さっきイツカちゃん、アニメショップで私にアクリルスタンド買ってくれたじゃん」
「買ったよ、買ったけど・・・それと今のみなの発言とに何の関係が・・・」
動揺する私を見て、みなとは呆れたように溜息をついた。
「私たち、夫婦なんだから。どっちか片方だけが一方的に相手に自分の欲しいもの買ってもらうなんて、おかしいでしょ」
「い、いやでも・・・そういう夫婦だって多分、中には居るだろうし・・・」
しどろもどろになる私と違って、みなとの態度は何と言うか堂々としたものだった。
「そりゃ確かに中には居るだろうね。でもそれは私のなりたい夫婦のかたちじゃないから。・・・まあ・・・例えばもし私とイツカちゃんが同年代で、何の心配もする必要がないんだったら、私もそこらへんそんなに気にしなかったかもしれないけど・・・」
「・・・?心配って?」
私が首を傾げれば、みなとはしばらくの間ためらうようなそぶりを見せた後・・・意を決したように口を開いてこう言った。
「イツカちゃんに、一方的に何か買ってもらってばっかりだと・・・いつまでたっても子供だって思われてるような気がして、不安なんだもん」
予想外の告白に私が言葉を失っていると、みなとはそっと息を吐いた後、こう続けた。
「だから私は、相手に何かをしてもらってばっかりで何も返さないのは良くないとか、そういう立派な考え方からこう言ってるんじゃなくて・・・自分の不安を解消したいだけなの。そういうわけだからイツカちゃん、イツカちゃんがちゃんと私のこと夫だって思ってくれてるなら、欲しいと思う本を早く私のところに持って来て」
「で・・・でも」
多分、私に料理を作ることにやたら固執するのも、似たような理由なのだろう。『夫だって思ってくれてるなら』・・・。そう言われてしまえばみなとの申し出を円満に断れる方法など無いように思える。でも、それでも・・・流石に母親代わりの私(33歳)が誕生日でもないのに義理の娘(18歳)に薄い本を買ってもらうというのは・・・情けないとかそういう話以前の問題のような気がした。例年通りなら恐らくこれとは別に、明日私に渡すクリスマスプレゼントを用意してくれているはずだし、この子。
「大丈夫だよ、私バイトのお金かなりあるから」
そういう問題じゃないんだよ・・・。
「ダメだよ、それはみなが養成所行くためのお金でしょ?」
「それはもう貯まったし」
「ええと、じゃあ・・・じゃあ・・・」
私は必死に頭を働かせ、この状況を突破するための道を探す。何か、何かないか。みなとを納得させ、この子の親代わりとしての私の尊厳を守り切ることができる方法は━・・・。
と、視線をさ迷わせて考えている最中にこちらをじっと見つめているみなととばっちり目が合った。どこか悲しげな色を湛えたその瞳に、私は、うっと更に言葉に詰まり・・・・・・数秒の逡巡ののち、結局、両手を上げて降参の意を示した。
「分かった、分かりました。みなちゃんに買ってもらいます・・・同人誌」
「!・・・うんっ!」
ほんの少し前まで悲しげだったのが嘘のように、みなとはぱぁっと顔を輝かせた。その単純明快さに私は思わず苦笑する。・・・まあ・・・いいか。私の尊厳と引き換えにこの笑顔を手に入れたんだと思えば・・・。
「じゃあ、みなはゆっくりユニストの同人誌選んでて。私は自分の欲しいやつ探して持ってくるから・・・」
「分かった!・・・あ、でも、持って帰るのが大変だと思うから、できれば30冊くらいまでにしておいてね?」
そんなに買ってもらわねーよ!1冊にしとくよ!どんな人間だと思われてるんだ私!
「わ、分かった。残念だけどそうするよ。じゃあまた後で・・・」
ひとまずみなとの元を離れ、これと言って目的地を定めるわけでもなく適当に通路を歩き出す。
うーん・・・みなとに買ってもらう、となると・・・表紙も内容もみなとに見られて問題のないやつを選ぶ必要があるよな・・・。とにかく何か無難そうであの子も一緒に楽しめそうなものを1冊・・・。あ、でも待てよ、よく考えたら30冊とか言ってるみなとのところに1冊だけ持っていくっていうのはやばいのかな・・・なんか明らかに遠慮しましたみたいな感じになっちゃいそうだし。みなとを納得させるためには多分せめて2、3冊は選ぶ必要が・・・。
そんなことを考えながらうわの空で通路の突き当りへと向かい、特に深い目的や理由なくそこを右に曲がった。そのまましばらく真っ直ぐに歩き、みなとから私の姿が完全に見えなくなった状態で、さてどうしようかなと本格的に「買ってもらう」同人誌を選び始める。だがしかし、そんなタイミングで私に後ろから控えめに声を掛けてきた人物が居た。
「あの・・・ひょっとして、先輩?」
えっと思って振り返ったその先に居たのは、こちらに向かって手を伸ばしかけた状態で固まる美少女だった。ふわふわとウェーブした長い髪が特徴的で、その色は黒と言うよりグレーと表現したほうがしっくりくる━・・・そう、私のよく知る人物のチャームポイント。
「・・・燕?」
「やっぱり、都築先輩!ほんとに会えるなんて!」
目を輝かせて嬉しそうに両手を合わせるその美少女は、間違いなく秋水燕━・・・私と同じ出版社に所属する後輩作家だった。
「え、嘘、マジで燕じゃん!なんで!?どうしたのこんなド田舎で!」
燕は「ド田舎って・・・」と苦笑いを挟んだ後、こう私に説明した。
「えっと、実は・・・毎年この時期はこっちに住んでるおじいちゃんとおばあちゃんのお家に家族で遊びに来てるんです。私の学校、もう冬休みだから」
少し照れくさそうにはにかんでそう言う燕は、生まれも育ちも東京でバリバリの都会っ子なのである。故に私が数か月に一度、重い腰を上げて東京の出版社に出向く時くらいしか普段直接会える機会は無いのだが。
「なるほどー、そっかそっか!なんかめっちゃ嬉しい!だってメールでは結構しょっちゅう連絡とってるけど、最後に顔合わせて話したのって━・・・」
燕は一つ頷く。
「そうですね・・・確か私が夏休みに入る直前でしたから・・・もう5か月近く前だと思います」




