12年前の夢
その日、私は昔の思い出を夢に見ていた。
私がみなとを引き取ってから1年ほどが過ぎた頃のことだ。
「イツカちゃん、もう読んだ?」
「うん、読んだよ」
ぱらり。
私がみなとの質問に頷くと、絵本のページがめくられる。
・・・・・・・・・。
それから少しすると、みなとがまた私に同じ質問をする。
「イツカちゃん、もう読んだ?」
「うん、ばっちり」
ぱらり。
ページがめくられる。
その繰り返しで、私たち2人は同じ絵本を一緒に読んでいく。
みなとが開く絵本を私がうしろからのぞきこむ形だ。このちょっと前までは単純に私がみなとに読み聞かせをしていた。のだが、この頃のみなとは「自力で読書をする練習」にいたく熱心に取り組み始めていた。ある程度の年齢に達した子供にはよく見られる「ちゃんと自分でできるもん期」だ。
自分でできる。でも、イツカちゃんと一緒に読みたい。だから、自分の読むスピードにイツカちゃんがついてこられているか、確認しながらいっしょに読もう。
みなとはそう考えたわけだ。
「みなはかわいいねぇ」
私のひざの上で真剣に活字を追うみなとの頭をよしよしとなでた。いつもなら普通にうれしそうな顔をするのに、この時のみなとは何かを考えこむような表情を見せた。
「あのさぁ、イツカちゃんはさぁ」
「うん?」
私はうしろからみなとの顔をのぞきこんだ。みなとは言った。
「赤ちゃんうんだりしない?」
「へっ!?!?」
驚きのあまり肩をはねさせた拍子に、みなとの頭と私の頭が軽くぶつかった。
「いたい」
みなとが唇をとがらせておでこをさする。
「ご、ごごごめん!大丈夫!?みな!」
「イツカちゃんはだいじょうぶ?」
「あ、ああ~うん・・・私は大丈夫・・・ありがとう・・・でもそうじゃなくて・・・ええと」
加害者の心配をしてくれるみなとの優しさに感動する余裕もなく、私は聞き返した。
「みなちゃん、今なんて?」
「だからさぁ・・・イツカちゃんはさぁ・・・赤ちゃんうまない?」
聞き間違いじゃなかった。それを確認すると同時に、私は勢いよく首を横に振った。
「なんで!産まないよ!産むわけないじゃん!!みななんでそんなこと聞くの!?」
私が軽くパニック状態に陥っているのに対して、みなとは落ち着いたものだった。私よりも余程大人っぽい仕草でぱたりと絵本を閉じたあと、こう答えた。
「だってさぁ、もしさぁ、赤ちゃんうんだらさぁ・・・イツカちゃん、もうみなのことかわいいって言わなくなるでしょ?」
「・・・・・・」
産みの苦しみがあった子のほうが、無かった子よりもかわいがられやすい。そういう悲しい真実というのは確かにある。
しかし何故その真実を、6歳のみなとがすでに理解しているのか。別に私の友人・・・みなとの母は、他に子どもを産んでみなとを放り出したというわけでもないのに。
「大丈夫、産まないから!私が子ども産むとか一生ありえないから。それはホント安心していいよみな」
「そうなの?」
なんとなく疑わしそうな目を向けられたが、それでひるむわけにもいかない。私は力いっぱい頷いてみせた。
「そうだよ!・・・それにさー、百歩譲ってもし!もしもだよ?私が赤ちゃん産んだとしても、かわいがらないと思うなー。マジ絶対クソガキだからそんなんは。絶対、ぜーったいそんな子よりみなのことかわいがるよ」
「・・・ほんとに?」
「本当、本当。信じてよ」
安心させられるよう私なりに全力を尽くしたつもりだったが、力不足だったらしい。1年前、私のもとにやってきた時のような・・・いや、ひょっとしたらあの時以上に不安そうな顔で、みなとは私のことをじっと見つめていた。