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「結婚」後の変化 その2

「なるほどね、ぼんやりとだけど分かったような気がする。夫婦とは何なのかって考えだすとなかなか難しい問題だと思うけど、みなちゃんは多分いい線行ってるんじゃないかな」

「ほんと!?えへへ、ありがと・・・」


 へにゃっと笑み崩れるみなと(かわいい)だったが、私はそれに対して「でも」と言った。みなとがきょとんとした顔で固まる。


「でもちょっと納得いかない部分もある。だってさ」


 私は床に両手をつき、みなとの方へぐいっと身を乗り出した。両目をぱちくりとさせるみなとの顔を下から覗き込むようにして、言う。


「私はべつに・・・夫婦にならなくたって、みなとがそうしてほしいなら最後まで一緒に持久走走るし、みなとが命を狙われてたらみなとがついてくるなって言っても一緒に逃げるもん」


 しかし言ったあと私はハッとして、


「あー・・・私どう考えてもみなよりも運動音痴だから、持久走に関しては私がみなに一緒に走ってもらうって感じだろうけど・・・」


 と、頬を人差し指でかきながら付け足した。しかしそれはどうやらみなとの耳には入っていないようだった。みなとはかーっと顔を赤くしてうつむき、膝の上にのせた自分の両こぶしのあたりを見つめている最中だった。


 あ、あれ・・・普通にイイこと言ったつもりだったのに、なんかセクハラしたみたいな空気になってしまった・・・。


「ふ、ふうん・・・そう・・・そっか・・・。ま、まあ私も確かにイツカちゃんに対して『そう』だけど・・・結婚しなくても・・・」

「ありがとう」

「で、でもっ!それでもやっぱり、結婚は必要なことだから!!私がさっき説明したこと以外にも、その、い、いろいろ必要な理由があるからっ」


 みなとの声は明らかに裏返っていた。・・・色々ってなんだろう・・・・・・。ま、まあなんとなく恐ろしいような気がするのでそれに関しては聞かないとして。


「そ、そう。・・・ひょっとして照れてる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・照れてるよ・・・・・・」


 否定を予測しての質問だったのに肯定されてしまった!!!


 思わぬ返答にこちらの顔まで熱くなってきてしまうのをなんとか誤魔化そうとして、私はみなとにこう声をかけた。


「あ、あー・・・そろそろ出掛けよっか。みな、その服だけじゃちょっと寒いだろうし部屋からコート持ってきな。ここのクローゼットには無いみたいだし、あっちに置いてあるよね?」

「う、うん。分かったっ」


 みなとは分かりやすくほっとした顔を見せたあと、小走りで部屋の出口へと向かう。こちらに勢いよく背を向けた瞬間に髪がなびいてちらりと見えた耳の先は、やはりどうしようもなく赤かった。



 ☆



 それぞれ鞄を持ち、私はこげ茶色のダッフルコートを、みなとは白いコートを羽織ってから外へ出た。


「10秒以内にカギ閉めないと爆発します!はい1、2、3・・・」

「あわわわわわ」


 謎の急かされ方をしながら施錠を完了し、ふうと一息ついてから振り返ったそこには大きく開かれたみなとの手の平が差し出されていた。


「イツカちゃん、はい」

「ん」


 そう言えばすっかり失念していたが、毎晩2人で入浴し同じ布団に入って眠ること以外に、「出掛ける時は必ず手をつなぐ」という結婚後の変化があったのだった。マジで今の今まで完全に忘却していたのだが、そつのない私はさもちゃんと覚えてましたみたいな顔で実に自然にみなとの手をとってみせた。グッジョブ、私。そのかいあってかみなとは、


「よし、行くぜっ!イツカちゃん!」


 何かこう殊更に上機嫌というかハイテンションで私とつないだ手をぶんぶんと上下に振ったのだった。私が「おう!」と応えて早速ふたりで歩き出す。今日はクリスマスイブだが、こんな日でも私たちが目指すのは例によってアニメショップとか同人誌専門店とか、そういうオタク御用達の店だ。しかし今回は一応、それ系の店以外にも行く予定の場所がある。


「今日は映画観るんでしょ」

「そうそう。4時から上映の回だから、それまではオタショップ巡りして時間つぶそうね」


 手をつないだままマンションの階段を降り、駐車場に出る。


「うん。楽しみだなー、パンダの映画だもんね」

「そう、なんてったってパンダだからね」


 子供の頃から大のパンダ好きの私と、そんな私に影響されてやはりパンダマニアのみなと。そんな私たちふたりは今日、双子のパンダが魔法の国を大冒険する子供向けアニメ映画を観に行く予定なのである。


「前作がほんとに素晴らしかったからさ、もう期待しかない感じだよね」


 みなとの言葉に私はぶんぶんと頷いた。


「ね!登場キャラクターは総とっかえになっちゃったけど、私は絶対に新しい主人公たちのことも愛せる自信があるよ!パンダだしね!!」


 ハイテンションの私を前にしてみなとはくすくすと笑い、つないだ手を更にぎゅっと握った。


「ねえ、覚えてる?前作観に行った日にさ、家に帰ってすぐリビングのソファーで感想言い合ったり次回作の展開の予想したりしてたら・・・いつの間にか朝になっちゃってたの」


 話しながら歩いているうちに歩道橋にたどり着き、階段を上る。


「覚えてる覚えてる!また絶対、徹夜で感想会しようね!・・・あ、でも今日はダメだよ?みな明日終業式があるでしょ。やるなら冬休みに入った明日の昼以降!」

「はぁい」


 みなとは苦笑しつつも顎を引き、了解の意を示した。そこで一度会話が途切れ、私たちは少しのあいだ無言で歩道橋の上を歩いたが、すぐにまたみなとが口を開いてこう言った。


「やっぱりさ、続編が観られるっていうのは・・・続きが存在するっていうのは、すごくいいことだよね。そう、幸せなことだと思う。だってそれは当たり前のことじゃあないから・・・」

「・・・そうだね」


 打ち切り常連作家の私は、身をもってそれを知っている。ひょっとしたらみなとも今、私の数々の作品のことを頭に思い浮かべて話しているのだろうか。だとしたら流石にちょっと情けない気持ちになるが、考えすぎというか自意識過剰のような気もする。もうワカラン。


「でもさ、私は本当は、物語の続きが見られるっていうことよりも・・・その物語と初めて出会った頃と変わらずに、またイツカちゃんと一緒に続きを知ることができる、できたってことに対して、いつも幸せを感じてるんだと思う」


 歩道橋を渡り切ったあたりで、みなとがそう言って私を見上げる。私はその視線を受け止めながら頷いた。

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