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結論

「え、みなとは結婚は不幸しか生み出さないものだと思ってるの・・・?じゃあなんで私と、」

「基本は、だから。応用があるんだよ」


 みなとは朝食を摂る手を止め、やや強い口調で私の言葉を遮った。そしてこちらの反応をうかがうような目つきで私の顔を見ながらこう続けた。


「私はイツカちゃんとならその応用が実現できるって、信じようと意識せずとも信じられるの」


 言葉通り自信満々といった顔でほほえんだみなとを前にして、私は何と言葉を返せばいいのか分からなかった。しかしここで無反応というのはどう考えてもまずい気がする。何か反応しなくちゃ、と焦った私はとりあえずいかにも嬉しそうな顔でほほえみ返しておくことにした。苦し紛れのリアクションに幸いみなとは納得してくれたらしく、満足そうにひとつ頷き、しかしこう続けた。


「でも、じゃあ私は幸せになりたくてイツカちゃんと結婚したのかって言うと、それはちょっとだけ語弊があるような気がするのね」

「そうなの・・・?」


 みなとの手が再びロールパンをちぎり始めた。


「うん、だって私、結婚しなくても充分幸せだったし。・・・そうだなぁ・・・何て言えば・・・どこから説明すればいいのかなぁ・・・。うーんとね・・・」


 みなとは視線を手元に向けたまま、何ということもないように爆弾を投下した。


「イツカちゃんって、私のこと本当に自分の娘だと思ったこと、多分今まで一度もないでしょ」

「・・・・・・っ・・・」


 絶句するしかなかった。ざーっと血の気が引いていくのが自分ではっきりと分かる。隠し通せていると信じていたことが、一番ぜったいにばれてはいけないと思っていた秘密が、みなとに見抜かれていた。しかもこの様子からして、そのことはみなと本人に、恐らくはとうの昔から当たり前のこととして受け入れられている。受け入れられてしまっている。私が冷たい人間なばっかりに、いったい今までみなとはどれだけ傷ついていたのだろう。


 気付けばテーブルの上で震えだしていた私の両手にみなとが目を向け、あっと声を上げたあと慌てた様子で喋り出した。


「ご、ごめんねイツカちゃん、ちがうの。大丈夫。私、それならそれで別にいいって、ほんとに思ってるから。って言うかむしろ・・・ううん、それは今はいいや。とにかく私気にしてないから、イツカちゃんもそんな、気にする必要ないんだよ。ただ・・・」


 そこでみなとは私から視線を逸らし、ここではないどこか遠くを見るような目になりながらもそのまま話を続けた。


「ただ・・・イツカちゃんの行動とか、言葉とかからそのことをなんとなく感じ取るようになって・・・・・・私は、なんて言うか、もしも私がイツカちゃんと結婚することができなかったら、私とイツカちゃんとのお別れの日は、ふつうの親子よりもずっと早く来ちゃうんだろうなぁって、そう思うようになったの」


 ・・・めちゃくちゃ気にしてるじゃん・・・・・・


 心の中だけで私はそう呟いた。私によってつけられた心の傷の深さにみなと本人は気付けていなくて、それで私に対して怒ることさえできないでいるのかと思うと、なんだかもう泣いてしまいたい気分だった。しかし私に泣く資格は無い。あるのはみなとの話に耳を傾ける責務だけだ。だからせめて私は今のみなとの言葉を一言一句聞き漏らすまいとした。


「だから私は、絶対にイツカちゃんとの約束を果たして結婚するぞーって思って今までずっと生きてきたの。私さ、けっこうさもしいみたいなとこも普通にある女だから、『終わりがあるからこそ今を大切にしよう』みたいな考え方って、まあすばらしいとは思うんだけどどうしてもいまいちピンと来なくて。もちろん結婚できたっていつかは絶対にお別れの日が来ることは分かってるんだけど、できる限りその日が来るまでの時間を引き延ばしたいなぁって。私なりにいろいろ考えて、それを実現するには私とイツカちゃんの場合、やっぱり結婚するしかないって思ったの。そうすればきっと、ふつうの親子よりもずっと長くいっしょにいられるから。私・・・」


 みなとはそこまでをやや早口で一気に喋ったあと、無意識にだろうか、テーブルの上に載せていた両手をぎゅっと握った。そして、


「私、イツカちゃんと、ずっといっしょに冒険したかったから」


 そう言って私の両目を真っ直ぐ射貫くように見た。それは私の口癖で、みなとの口癖でもあった。私もみなとも前向きな気持ちで口にしてきたはずのこの言葉が、ひょっとしたらずっと、みなとを呪っていたのかもしれない。縛り付けていたのかもしれない。みなとが家にやって来た日、ただいっしょにアニメや漫画や映画やドラマや小説を楽しんでくれる人が欲しいと願って軽い気持ちで口にした、私のあの言葉が。責任を感じて黙り込む私の前で、みなとは困ったような、照れたような笑みを浮かべてから一度軽く手を叩いた。


「はい、なんかシリアスになっちゃうから、この話はおしまい!今日はせっかくのクリスマスなんだから、もっとさ、なんて言うか浮かれた気分でいなくっちゃ!分かるでしょ?」

「う、うん。もちろんだよ」


 私は強いて明るい顔をした。


「結婚して初めての、クリスマスデートの日だもんね」


 そう応じればみなとは嬉しそうな顔で「うん!」と頷いて、今までずっと手付かずだった目玉焼きにフォークを向けた。


「イツカちゃん、お醤油とって」

「はい、どうぞ」


 何食わぬ顔でテーブルの上の醤油差しを手に取りみなとに渡しながらも、心の中ではあるひとつの重大かつ深刻な結論、真理にたどり着いていた。


 この子は病気だ。


 馬鹿な私は今更やっと気付いたが、この子は恐らく昔母親に手放されてしまったことがずっとトラウマになっていたのだ。


 そしてトラウマになった出来事の直後に連れてこられた先で出会った私にも、真に自分の娘だとは思われることができなかった。この二つの出来事にみなとが無意識下でどれだけ傷ついていたのかは想像に難くない。いや、傷ついたのはもちろんそうだろうが・・・同じくらいみなとはずっと不安だったのだろう。きっと今度は私にも見捨てられてしまう日が来るのだと、ずっと今まで思ってきたのだろう。


 だからその不安を、私との結婚という形で解消しようとしている。私と離れ離れになれば何もかも終わりみたいに思っている。はっきり言って心の病だ。私はみなとを呪い、自分に縛り付けてしまっていた責任を取らなければならない。この子の病気を絶対に治さなければならない。この『結婚』はあくまで時間稼ぎとして、一日も早く、この子が笑って私の元を去って行けるようにするのだ。私以外の人間と手を取り合い、いっしょに生きていけるように。


 私は意識して両手を強く握った。

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