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「結婚」

 そのたったひとことの短い問いかけは、幸いなことに私の予想の範囲内のものだった。余裕を持ってあらかじめ用意していた答えを返す。


「もちろん本当。私がみなに嘘つくわけないじゃん。信じてよ」


 できるだけ優しく見えるように微笑んで、しっかりとみなとの目を見る。目を見る、というのは、嘘を見破られてしまうことへの対策としてはいかにもありきたりだが、分かっていても独創性に欠けた人間である私には他に企みの成功率を上げる方法が思い浮かばない。・・・どうだろう、効果はあっただろうか。少し嫌な汗をかきながら私はまたみなとの反応を待つ。するとみなとはこんなことを言ってきた。


「じゃあ、他の人に聞かれたら、私のこと夫ですってちゃんと言ってくれる?」


 うっ。


 マジかよ。第三者に私は15歳年下の義理の娘と結婚しましたって宣言しなきゃいけないの?っつーかみなとの方が夫なの?逆じゃね?どう考えても。いや今はそれはいいか、それどころじゃない。どうしよう。いや駄目だこんな風にいつまでも無言でいること自体が怪しまれる。道なんて一つだ。


「もちろん!!みなちゃんこそ私のこと妻だってちゃんと紹介してよ!!そうじゃないと私の夫に変な虫がつくかもしんないしね!!」


 もう完全にやけくそだったため、快諾しながら親指まで立ててやった。とにかくみなとに私の嘘がバレさえしなければいいのだ。そう思っているとみなとが更に質問を重ねてきた。


「絶対浮気しない?」


 内心ほっと胸をなでおろした。この質問に答えるのには何の無理もする必要がない。今までやってきた通りだ。


「するわけないじゃん!!私マジでいっつもみなのことばっか考えてるから!!他の人間に愛情割く暇も器用さもないから!!これからもそう!!それは安心して!」

「・・・・・・」


 気持ちよく本心から答えた私に、何を思っているのかみなとは無言。上目遣いでじっと私を見つめている。そんな様子に私はやや焦りながらも、さっきから親指を立ててみせた時以外はずっとみなとの肩に置いたままだった両手に力をこめ、ゆっくりと、努めて冷静に語り掛けた。


「ね、みなと・・・お願いだから私を信じて。みなとのこと絶対に裏切ったりしないから。今まで通りこれからも、みなとの願いは全部、まあその、私の出来る限りでの全部だけど、全部叶えるって約束する。だから信じて。これからは夫婦として、また一緒にテレビ観たり本読んだり映画館行ったりゲームしたりしようよ」


 私が「信じて」と繰り返すと、みなとの両目がじわりと潤んだ。そしてそのことに私が慌てて何か言葉をかけるよりも早く、嬉しそうに微笑んでこう言った。


「分かった・・・信じる。イツカちゃんのこと。だから最初のお願い。イツカちゃんの言う通り、これからは夫婦として、私と一緒にいて。私のことだけずっと好きでいて」


 心の中ではああマジでそういうことになってしまったと頭を抱えながらも私は即座に頷いた。


「うん。もちろん、約束する」


 私がそう言うとみなとはついに零れ落ちた涙を指で拭い、心なしか赤い顔を私から背けて背後のカプセルトイの装置を見た。


「・・・ガチャガチャやる」


 いつもみなとが照れや羞恥を隠すときに出す、怒っているかのような声だった。


「ああ、うん!やりなよやりなよ。これみなちゃんの好きなアニメのやつだもんね。私お金出すからみなちゃんの好きなキャラ出るまでやりな!」


 みなとは持っていた自分の鞄に手を突っ込んで、恐らくは財布を探しながら首を横に振った。


「いいよべつにそんなの。私バイトのお金あるし、イツカちゃんからいつもお小遣いもらってるし」

「いやいや、ほら私妻だから。妻だから夫のガチャガチャ代くらい自分で出す・・・ああああゴメン!!私財布持ってきてなかった!!」


 何も入っていないGパンの尻ポケットを手で押さえた格好のまま、私は情けなさに泣きそうになりながら叫んだ。財布どころか携帯もハンカチも、ちり紙ひとつも持ってきていない。身一つでここまで走って来た。そんな私の醜態を見て、みなとは「しょうがないなぁ」という顔で微笑んだ。


「もう・・・だから気にしなくていいってば。よいしょ、っと」


 みなとはそう言って、既に取り出していた100円玉三枚を装置に投入すると、かわいらしい掛け声と共にレバーを回した。そして転がり落ちてきたカプセルを取り出して蓋を開け、中身を見て「うん」と一つ頷く。


「当たった」

「え、嘘!?一発で!?すごい・・・流石みなちゃん神に愛されてる・・・」

「イツカちゃんもね。はいこれ、あげる」

「え・・・」


 何故かみなとから手渡された、そのストラップは━・・・


「ちょ、ちょっと。これみなのじゃなくて私の・・・私の好きな子だよ」

「うん。だから当たり」

「・・・・・・・・・」

「・・・嬉しくない?」


 唇を噛んで無言になってしまった私を見て、みなとが少し不安そうに問い掛けてきた。私は慌てて首を振る。


「う、嬉しいよ、嬉しいけど・・・これじゃあなんか私今日、いいとこなしじゃん・・・」


 みなとに料理作ってもらって、みなとを泣かせて、財布忘れてみなとにグッズを買ってやれなくて、みなとに自分の好きなキャラをプレゼントしてもらって・・・。マジで今日、私がみなとにしてやれたことが今のところ一つもない。みなとの誕生日なのに。しかしみなとは落ち込む私を見てこう言った。


「何言ってんの、あったよいいとこ。・・・追いかけてきてプロポーズしてくれたじゃん」


 口調は少し冗談めかしていても、私から微妙に目を逸らしているみなとの頬は明らかに赤かった。つられてこちらの顔まで熱くなってくる。


「いやまあ、うん、それは・・・あれだ、約束を守るのは当然のことだから・・・別にいいとこってわけじゃないよ。と、とにかく!そんなことよりも、ほんとにこれ私が貰っちゃっていいの?みなこの作品に関してはけっこうキャラクター全員まんべんなく好きみたいなとこもあるじゃん。それにみなのお金で買ったものなんだから・・・」

「いいよ。そのかわり、ちゃんと分かってて」

「・・・・・・な、なにを?」


 問うと、今度は真正面からしっかりと私の目を見て、みなとはこう言った。


「イツカちゃんの『好きな子』はその子を含めてたくさんいるけど・・・夫はその子でも他の子たちでもなくて、私だってこと。私一人しかいないってこと。それをちゃあんと、覚えててね」


 みなとは柔らかく微笑んでいたが、何故かその微笑みからは、有無を言わさぬ迫力が感じられた。私はその迫力に押されるようにしてゆっくりと頷いた。


「・・・はい」


 こうして私、都築イツカ(33歳)はこの日、事実上の義理の娘である美少女・七瀬みなと(18歳)と、アニメショップの前で晴れて婚姻関係を結ぶに至ったのでしたとさ。


 めでたしめでたし。


 ━・・・『続く』。

続きます!

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