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教育

 マンションの階段を駆け下り外に出て、駐車場の中を見回す。当然みなとはいない。早々に見切りをつけて向かいの小さな公園に駆け込んだ。遊具の一つ一つを確認してもみなとの姿はない。そこから走って2分ほどの場所にあるコンビニの中を探してもいない。続けてその近くにあるペットショップ。やはりいない。スーパー。いない。歩道橋の上。いない。


 みなとはどこにもいなかった。


 日頃の引きこもり生活が祟って、早くも息が切れてきた。しかしみなとを見つけ出すまでは走るのをやめるわけにはいかない。酸素の不足した頭を回転させて必死に考える。みなとはどこだ。物凄く嫌な可能性として、この近くにはもういないのかもしれない。じゃあ一体どこに━・・・


 そこで頭の中に、昔から私が事あるごとにみなとに言い聞かせてきた言葉がよみがえった。


 ━・・・いい?みなちゃん。苦しい時とか悲しい時、どうしようもなく泣きたい時にはね?アニメグッズの専門店に行きなさい。そうすれば嫌なことなんて異次元の彼方に飛んで行っちゃうよ。何故かってね、現実が上手く行かない時ほど、空想の世界はきらめくものだから━・・・


 そうだ。駅裏のアニメショップ・・・。


 他でもない私と大ゲンカしたのが原因で家を飛び出したみなとの行く先が、私に洗脳━・・・もとい、教育された通りの場所ということがあり得るのかと考えれば、それははっきり言って相当微妙だったが、残念ながら今は他に思い当たる場所もない。ここから走れば10分ほどで駅には着く。私は駆け出した。


 走っているあいだ、私の頭の中にずっと浮かんでいた一文は、「もっと大切にすればよかった」だった。みなとを。私の宝物を。


 同時に思い出されるのは、私がさっきみなとに言ってしまったあの言葉。


 ━・・・そんなんおかしいよ絶対━・・・


 ・・・おかしい、って・・・。


 あの時は私も状況に混乱していて、思わずああ言ってしまった。でも今にして思えばあれはかなり酷い言葉じゃあないだろうか。一般的な価値観や基準と照らし合わせて実際にみなとの言動がおかしかろうが、おかしくなかろうが、きっと言ってはいけない言葉だった。何が「実の母娘よりも相手のことを気遣ったり思いやったりできる」だ。全然思いやれてないじゃん。それに嘘でもいい、結婚すると言ってあげれば良かった。これも「今にして思えば」だが、あそこで拒絶━・・・そうだ拒絶だ、私はみなとを拒絶してしまったんだ━・・・するのは誠意でもなんでもない。本当にみなとのことを思うのなら、何もかもを私が引き受けて背負い込む覚悟で嘘をつくべきだった。今のこの状況こそがその証拠だ。


 もう取り返せないのだろうか。取り返したい。取り返して今度こそ大切にしたい。こんなところで、こんな形で物語を終わらせてたまるか。


 涙をぬぐいながら走るうちに駅に着いた。正面の自動ドアをくぐって中に入り、最短距離で反対側の出入り口に向かって、そこから駅裏へと出た。目的のアニメショップは信号を一つ挟んですぐ目の前にある。来たはいいけどどうせここにもみなとはいないんだろと既に半分やさぐれながら横断歩道の先を見やり、私は目を見開いた。いた。見慣れた黒髪美少女がアニメショップ入口脇に設置されたカプセルトイコーナーの前でぼんやりと佇んでいた。


 ━・・・本当にいた!!うちの子、ちゃんと私の教え守ってた!!!


「みなと!!」


 タイミング良く青に変わった信号の先へと全速力で走る。私の叫び声に驚いた顔で振り返ったみなとのもとへあっという間にたどり着き、その手首をしっかりと掴んだ。


「イツカちゃん・・・どうして」


 どうしてって、そんなことも分かんないかなこの子は!!


「み、みなとが・・・はぁ・・・はぁ・・・ど、どこにもいないから・・・はぁ・・・もう、か、帰って来ないんじゃないかって・・・思って・・・け、携帯も・・・持って行ってなかったし・・・」


 息を切らしながらみなとの問いかけに答えた私を見て、みなとは意表を突かれたように目を丸くしてしばらく固まっていた。しかしやがて小さな声で、


「・・・そんなこと有り得ないよ。私がイツカちゃんから離れられるわけないもん・・・・・・ちょっと一人になりたかっただけ」


 と言ってうつむいた。正直私はその言葉にこれ以上ないくらいの安堵を覚えかけたが、すぐに気を引き締めた。ここで「なぁんだじゃあもう心配しなくても大丈夫じゃん」と安心してしまってまたみなとを粗雑に扱うようなことがあってはならない。喉元過ぎれば熱さ忘れるでは駄目だ。もしみなとともう一度会うことができたのなら絶対にこうすると誓っていたことがあるだろ。今すぐ、ここで実行するのだ。本当にみなとが大切なら。もう二度と失いたくないのならば。


「みなちゃん、ごめん・・・私さ、本当は・・・」


 即席で創り上げた嘘八百を。


「本当はさ、その・・・私もみなちゃんとのあの約束のこと、毎日思い出してて・・・け、結婚できたらいいなって、ずっと思ってて・・・」


 みなとが勢いよく顔を上げて私を見た。その過剰とも言える反応にひるみそうになる自分の心を気合でなんとか奮い立たせ、私は続ける。


「でもね、そう思いながらも、そうしちゃいけないって思ってたと言うか・・・。ほら物語でよくあるじゃん、自分は相応しくないから相手の幸せのために身を引く的な・・・そういうの・・・。実際、私とみなちゃんとじゃどう考えても釣り合わないし。だから、いつかみなの方からその話をしてきたら、全然そんなこと考えてなかったみたいなフリして・・・全力でそういう演技をして、断ろうって・・・。嫌だなって思いながらもみなの幸せのためにずっとそう計画してて、それでさっきはそれを実行に移したんだけど・・・でも」


 そこで私は一つ深呼吸を入れてから、みなとの両肩に手を置いた。みなとの大きな目が長いまつ毛の下でじっと私を見つめていた。


「でも、みなにもう会えないかもって思った時に気付いた。嘘をついてまでみなちゃんを拒絶して、それであなたを永遠に失ってしまったら意味がない。だから・・・」


 覚悟を決めて退路を断つ。


「だから、みなとが私の目の前からいなくならないでいてくれることを『結婚』と呼ぶのなら・・・私と結婚してほしい」


 最後のこの台詞だけは、特に嘘というわけでもなかった。


 結婚という二文字にぎょっとしてこちらを振り返りながら歩き去っていく通行人Aを視界の端に収めつつ、私はみなとの反応を待った。平日の真っ昼間のアニメショップ入口にて、義理とはいえ娘にプロポーズする33歳の母親(私)。何かもう物凄く頭が痛くて悪い、そう、アホな事態に陥ってしまっている気がする。今日朝起きた直後まではいつも通りで、みなとの誕生日だということ以外は普段と何も変わらない日だったのに、どうして今こんなことになっているのだろう。人生何が起こるか分からないとは言うけれど、ちょっとこれはいくら何でも分からなさすぎるんじゃあないかと思う。それでも悲劇をせめて喜劇に変えられたのだから良かったけど・・・等々、益体のない思考が現実逃避的に私の頭の中をぐるぐると回り始めたが、それはみなとからの問いかけによって遮られた。


「・・・ほんとに?」


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