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11年前の約束

 『覚えてない』。私は何かを忘れているということだ。みなとが結婚するかしないかということについて言及すると、私は何かを忘れているとみなとに判定されるらしい。どういうことだ。なんか思い出せ私。


 しかしやはり何もひらめくものは無い。


「ごめん・・・何を?」


 なんかもう謝ってばっかだな私。お似合いだけど。


「イツカちゃん、言ったじゃん・・・」

「う、うん?」


 少しの間があった後、みなとは殴りつけるかのように叫んだ。


「イツカちゃん・・・私が大人になったら、結婚してくれるって言ったじゃん!!」


・・・・・・。


「・・・誰と?」

「私と!!」


・・・。


・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「はい!?!?!?」


 ついさっき固めたはずの決意はどこへやら、度肝を抜かれてあらん限りの声を張り上げた私に対し、みなとは涙声になってこう言った。


「やっぱり覚えてないんだ・・・。私は一度も忘れたことなんてないのに・・・」

「い、いや・・・覚えてる!覚えてはいるよ!!でも・・・」


 一応私の名誉(そんなものがそもそも存在するかどうかはさて置き)のために言っておくと、これに関しては何かしらの打算に基づいて覚えているフリをしたとかではなくて、本当にちゃんと覚えていた。それなりに印象的な出来事だったし。でも。


「でもっ・・・私が覚えてるのとみなとが覚えてるのとじゃ、ぜ、ぜんぜん話が違うっていうかっ・・・。みなと、あの時まだやっと小学校に入学したくらいじゃん!!」


 そう、あれはみなとが小学校に入学してからしばらくが経ったある日のことだった。いつも通り「赤ちゃんうまない?」と不安げに問いかけてきたみなとに、私がやはりいつも通り「産まないよ」と返すと、なぜかその日のみなとは二つ目の質問を私に投げかけてきたのだ。


 ━・・・じゃあ、みなが大人になったら、イツカちゃんみなとけっこんしてくれる?


 問われた私は当然、深く考えはしなかった。おっ、これってアレじゃん、「わたし大きくなったらパパとケッコンするー!」ってやつじゃん!!ウワーそうかこれって現実に存在したんだ、都市伝説の類かと思ってたわー、程度に考えながら、


「うん、いいよオッケー、するする!!みな早く大人になって私を迎えに来てね!」


 と、二つ返事で了承したのだった。いや了承と言うよりは単に適当に流しただけなんだけど・・・。


 でも流石にこれは言い訳させてほしい!!誰が!!想像できると言うんだ!!幼少期のあんなやり取りを本人が11年経ってもしっかり覚えていて、しかもその約束とも言えない約束をさあ履行しろと迫ってくるだなんて!!


 いや、でも確かにみなとはあのやり取りをして以降、「赤ちゃんうまない?」とは一度も聞いてこなくなったんだけどさ・・・。それが印象的だったから、私も今日まであの出来事を一応記憶してはいたのだ。でもなぁ・・・だからって・・・。そりゃあの時の会話で当時のみなとは私の愛情を確認したつもりになって、安心したということなんだろうけどさ・・・。それでもいまだにあれがみなとの中で重要な『約束』だと認識されてるなんて、普通そんなことあり得るのか?


 完全に混乱状態の私を、みなとの返答が現実に引き戻した。


「忘れてるわけないじゃん!!あの日からずっと、毎日思い出してることを忘れるわけないっ・・・」


 そして、『毎日』という単語に絶句している私の隙を突くかのようにして、みなとは私の33年の人生の中で最も困る質問を投げつけてきた。


「ねえ・・・イツカちゃんが本当に、あの約束のことを覚えてるなら・・・覚えてるのに、私と結婚してくれないの・・・?」


 質問、と言うより爆弾を投げつけられたと表現した方が正しいのかもしれなかった。しかもこれは時限爆弾だ。私が返答に窮している時間が長引けば長引くほど、恐らくみなとの私への心証は悪くなるし、その分だけ心の傷も深くなっていく。かと言ってじゃあどうする。「過去の自分の発言の責任を取って結婚します」?言えるわけないだろそんなの。無理に決まってる!義理とは言え自分の娘と結婚って、それ以上に無理なこと世の中探しても中々ねーぞ!!


 私は頭は悪いが、それでも最低限の常識は備えた人間であると自負しているのだ。気に食わない相手に対して当てつけ的にわざと非常識な態度を取ってやる、くらいのことならまああるが(あるなよ)、言うまでもなくみなとはその対象ではない。だからこの場もあくまで常識に則って、語り掛ける。


「あの・・・ちょっと落ち着こうかみなと。うん、そうだよ一旦落ち着こう。あのね、そんなんおかしいよ絶対。私たちがその、もし、『そんなこと』になったとしたら、私を信じてみなとを預けてくれたまどかちゃん・・・みなとのお母さんにも、ほら、申し訳が立たないって言うか・・・」


 扉の向こうからみなとの冷淡な声が返ってきた。


「あの女は私たちの未来に関係ないし、顔色をうかがう必要なんてない。あんな育児放棄のクズ」


 ・・・まあそうなるよな、悪手だったか。みなとは娘であるはずの自分を他人に預け、そのまま迎えに来ることはなかった実の母親に対して、当然と言えば当然だが恨み骨髄なのである。私は即座に切り替え、再度、別の方向からの説得を試みた。


「あとさ、私たちは親子・・じゃん。何て言うか、実際上・・・」

「血は繋がってないもん。正式に養子縁組したわけでもないし、結婚したって許されるもん」

「いや、でも、15も歳が離れてるし・・・」

「15歳差くらいフツーでしょ?もっと離れてる夫婦だっていっぱいいるじゃん」


 押し問答の末、私はとうとう叫んでしまった。


「それに!私、みなとのことそういう対象として見たこと一度もないし!!これからも絶対そんなの無理だし!!」


 そこでみなとからの返答が途絶えた。ついさっきまで聞こえていたはずの、みなとが鼻をすする音やしゃくりあげる声さえもぴたりと止まった。


 途端に恐ろしくなった。

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