プロローグ~冒険のはじまり~
「このままではあの子に手をあげてしまいそうだから、助けてほしい」
13年前、離婚が成立して1年が経った3歳年上の友人からそんなメールが届いて、私は友人の娘で当時5歳だったみなとを預かることになった。
その日、私の住むマンションの一室に初めてやってきたみなとは、唇を真一文字に引き結び、上目遣いでじっと私を睨んでいた。次第にうるんでいくその瞳にみなとの不安を見た私は、しゃがんで視線の高さを合わせ、できるだけ優しい声でゆっくりと話しかけた。
「はじめまして、みなとちゃん。いや、ほんとは昔一度会ってるんだけど・・・みなとちゃんは赤ちゃんだったから・・・うん、はじめまして。ええと・・・」
私がなんの計画性もなく、ただ思いつくままにしゃべっていく間にも、みなとの目には涙がたまっていく。
何故か私はそのことで逆に冷静になり、だからこそ気負いなく、私としてはとても自然なその問いかけを口にすることができた。
「絵本は好き?」
少しの間があったが、幸いにもみなとはうなずいてくれた。
私は笑った。
「よかった。・・・だっこしてもいい?」
みなとはもう一度頷いた。私は宣言通り友人の娘を抱き上げると再び話しかけた。
「アニメはどう?好き?」
「・・・すき」
今度は自分よりも少し高い位置にきたその目を、私は下から覗き込んだ。
「私もね、本が好きなの。アニメが好きなの。映画が好きだし、ドラマも好きなの。物語が大好きなんだよ」
歌うように告白した。
「みなとちゃんはさ、例えばシンデレラとか・・・お姫様の出てくるお話を読む時に、ちゃんと自分がお姫様になったつもりで読んでる?」
この世で一番大切なルールのひとつをちゃんと守っているかどうかをたずねると、みなとは首を横に振った。
「ううん」
「ダメだよ!やっぱりならなくちゃ!なってやらなくちゃ!!時にはお姫様に、時には勇者様に、時には魔法少女に!!何にでもなれてしまえて、何処にでも旅立ててしまえるのが、物語のいいところなんだから!!恥ずかしいとか言ってる場合じゃあないんだ!!」
自分の声にどうしようもなく熱がこもっていく。みなとが驚いて明らかに目を丸くしているのが見えていても止められない。ゆずれないことを話しているからだ。でも。
「でもさ・・・でも・・・私はそうやって小さいころからずっと、ひとりでいろんな世界を冒険してきたけど・・・。最近ね、誰かと一緒に同じお話を読んで・・・同じ世界を2人で冒険したら・・・もっともっと楽しいんじゃないかなって、そう思うようになってきたの」
私はそこでみなとを抱えなおし、しっかりと目を合わせて、言った。
「だからね、みなとちゃん。いっしょに主人公になろうよ。ヒロインでもいい。お姫様に、勇者様に、魔法少女になろうよ。そうやって・・・」
一度言葉を切り、ほほえんでからこう締めくくった。
「そうやって、これから2人でいっしょに、いろんな世界を冒険しようね」
私がそう言い終わったとき、私を見つめるみなとの目はもう不安そうなものではなく、不思議そうなものへと変わっていた。
ちょっと重めの出だしになりましたが、基本コメディとして書いていくつもりです・・・少なくとも今のところは。よろしくお願いします。