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謎の魔法をすすめられました

「でもまあ、一応ランクBだから十階までは行けるんだぞ。現在Aランクへの昇級をかけて邁進中だ」

「出禁なのに……?」


 ダンテは自身の、銀のギルドカードをひらりとかざす。

 鈍く輝くそれに比べれば、エリシアの木製のものは貧相だ。


「昇級するのは簡単だ。一定数の依頼を受けたりして、冒険者ギルドに実力を示せばいい」

「つまり、私はしばらく下積みが必要だということですか……」


 エリシアはしょんぼりと肩を落とす。

 明日からダンテとの大冒険が待っていると期待していたのだが、完全に出鼻を挫かれてしまった。相方は出禁だし、当分は地道な下積み生活ときた。人生上手くいかないものだ。


 それにダンテがからっと笑って言う。


「なあに、そう落ち込むなっての。そもそもおまえ、ダンジョンは初めてだろ。慣れるための準備期間だと思えばいいじゃねえか」

「むう。たしかに」


 エリシアは初心者だし、世間知らずだ。冒険者について何も知らない。

 いくら力があったとしても知識がなければ活用するのも難しいだろう。


「しばらく経験を積むといい。おまえならすぐに昇級するだろうさ」

「はあ……で、その間ダンテはどうするんですか?」

「俺か? 俺はそうだな、ダンジョン探索のための資金集めといこうかね」


 そう言ってダンテは背後の大鍋を指し示す。

 大きな木製の蓋がしてあるが、縁に何やら汁のようなものが垂れた跡がある。


「今ちょうど、冒険者ギルドに卸す魔法薬を作っているんだ。こういう研究も功績と見なされてランク昇格の足がかりになるし、何より金になる」

「ほうほう、ポーションですか、それなら知っていますよ」


 エリシアは少し腰を浮かす。


「ケガや病気をしたとき、公爵家の方々が使っていました。おまえには勿体ないと、触らせてももらえませんでしたが」

「ああうん、だろうな。ってかおまえ、ケガとか病気とかしたことあるのか?」

「いいえ。物心ついてからずっと健康優良児です」


 エリシアはぐっと小さな力こぶを作ってみせる。ダンテは「だろうなあ」と投げやりに相槌を打った。


 公爵家では隙間風のひどい物置が自室だったが、風邪ひとつ引いたことがない。これもひょっとすると例の固有スキルが噛んでいるのかもしれない。


 それはともかくとして、ポーションとは病や傷をたちどころに癒やす魔法の薬である。

 効果はてきめんだが値段も張るため、庶民には縁遠い存在だ。


「気になるなら見てみるか? 作りかけだがよ」

「どれどれ」


 興味津々でエリシアは鍋を覗きに行く。

 蓋を開ければむわっと緑色の湯気が立ちのぼった。中に入っていたのは緑色のドロドロで、強烈な薬草臭さが襲いかかる。エリシアは鼻を摘まんで目をすがめる。


「本当にこれがポーションになるんですか……? 私が見たのはもっと透明なものでしたが」

「そいつは制作途中だからな。このままあと三ヶ月は寝かせるぞ」

「三ヶ月」


 エリシアが目を丸くして復唱すると、ダンテは肩をすくめてみせる。


「魔法薬ってのは発酵に時間がかかるんだよ。ま、手間暇をかける分、効果はお墨付きだ。こいつをふりかけるだけで瀕死の重傷だってあっという間に完治できるんだぞ」

「それはすごい。お値段もするでしょう」

「ああ。これだけありゃ……金貨五枚くらいにはなるかね」

「大金です!」


 銅貨二十枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で金貨一枚。

 金貨一枚で、田舎の庶民なら一ヶ月は余裕で暮らせる。

 目を輝かせるエリシアに反して、ダンテは無感動に肩をすくめるだけだった。


「そうでもねえぞ? 一枚でそれくらいする死ぬほど貴重な薬草なんかもあるからな」

「そんなの誰が買うんですか」

「俺みたいなやつだな」


 ダンテはあっさりと言ってエリシアの隣に並ぶ。

 ヘラで鍋をかき混ぜる手つきは、非常に様になっていた。


「魔法薬の研究が趣味みたいなもんなんだよ。だから、たまに面白そうな魔法薬とか毒の精製依頼がありゃ受けたりするんだ」

「それがたまたま私の暗殺に関係していたというわけですね」

「そういうこった。因果なもんだよなあ」


 軽くうなずき、ダンテは窓の外――世界樹を見やる。

 その目は宝物を探す少年のような、純粋なきらめきに満ちていた。


「俺は世界樹に入れねえ。でも、おまえがいればきっと頂上の宝物に手が届く。そんな気がするんだ」

「そんなに世界樹の宝がほしいんですか?」

「ああ。俺の人生すべてをかけた目標だ」


 ダンテはあっさりと断言した。

 その若さで自分の人生をどう使うか決めている。

 それはつい最近まで人生のすべてを奪われていたエリシアにとって、ひどくまぶしいものだった。エリシアはほうっと吐息をこぼす。


「いいですね、きちっとした目標があるって。私なんか場当たりそのものです」

「それもそれで悪くねえんじゃね?」


 ダンテはからっと笑い、エリシアの頭をぽんっと叩く。


「これまで不自由な人生だったんだろ。なら、しばらくは気の向くまま好き勝手に生きたっていいんじゃね? そのうち人生をかけたい目標ってのが見つかるはずさ」

「そうですかね……では、ひとまずダンジョンで探すとします」

「そりゃあいい。おまえが輝ける場所はきっとあそこだよ」

「そうなるように努力しますよ。というか、ちょっと馴れ馴れしすぎませんか。やめてください」


 ダンテはニヤニヤ笑いながらエリシアの頭を撫で回す。まるで犬猫にするような乱雑な手つきだ。髪がぼさぼさになっていく様が、窓ガラスに映っていた。


 だがしかし、嫌ではないのが本音だった。

 こんなふうに誰かに触れられることなんて、両親が生きていたとき以来だ。

 なんとなくくすぐったくなって、窓ガラスから目を逸らす。視線の先に飛び込んでくるのは、ポーションになる予定の緑色の液体だ。


(しかし、これがポーションになるとは……)


 そんなことを考えた、瞬間のことだった。


「……うん?」

「どうかしたか?」


 ダンテは怪訝そうに目をすがめる。それに応える余裕はなかった。

 エリシアの目の前にまた、神託とかいうあの文字が浮かび上がったからだ。


『こちらのスキルがおすすめです』


 そこにあったのはとある魔法だ。

 その名もずばり――《発酵魔法》。

本日まだ更新予定です。

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