今後の冒険について話し合います
ダンテが戻ってきたのは、その日の夜になってのことだった。
そのまま彼は街外れまでエリシアを誘って、ある一軒家の前で立ち止まった。
「ここが俺の拠点だ」
「ここって……お店ですか?」
そこそこ大きな一軒家だ。白っぽいレンガでできた外壁には多くの蔦が張っていて、大きなドアの真上には『新緑堂』と書かれた看板がかかっていた。
その名の通り、店の周囲には植え込みや木々が多く、緑豊かな場所だ。店の裏手には住居とおぼしき別棟があって、庭にも様々な植物が植えられている。
「一応な。とはいえほとんど営業してねえけどな」
「冒険者と二足のわらじですか。それは大変そうですね」
「そうでもねえさ。さ、入った入った」
「お、お邪魔します」
エリシアはドキドキしながら扉をくぐった。魔法のお店なんて入るのは初めてだ。
足を踏み入れるや否や、エリシアの目の前に驚くような光景が飛び込んでくる。
「えっ……なんですか、これは」
広い店内は奥まったところにカウンターがあり、それ以外の壁はすべて商品棚で埋め尽くされている。棚は天井に届くほど大きく、そこには不思議な品々がびっしりと納められていた。
燐光を放つ蝶の標本、立派な角の生えた髑髏、ショッキングピンク色の液体が詰まった試験管……などなど。枯れ草を雑に束ねたものや、ただの石にしか見えないものもある。
そして床にもそれらの品々が大量に積み上げられて散乱していた。足の踏み場もないとはこのことだ。
「強盗に入られた……とかじゃないですよね」
「そんな怖いもの知らずはいねえよ。安心しろ、通常営業だ」
ダンテは慣れたものなのか、床のわずかな余白を伝って店の奥へと進んでいく。
「で、奥が研究室だ。付いてこい、茶でも出してやるよ」
「まったく……人を招くなら掃除くらいしてください」
ブツブツ文句を言いつつも、エリシアは彼の後を追った。
奥はまた別の広い部屋になっていた。
こちらも物で溢れているが、多少は片付けられていた。天井から吊り下げられた大鍋や、ビーカーやグラスといった道具が主に並んでいる。いかにも魔法使いのアジトといった様相だ。
隅にあったテーブルを簡単に片付け、ダリオはエリシアに椅子を勧めた。ついでにお茶を煎れてくれて、カップを受け取るとかぐわしい茶葉の香りが鼻腔をくすぐった。
「ま、座れや。ちょっと今後の話をしよう」
「はい。ダンジョンに挑むんですよね」
お茶に口を付けてから、エリシアはびしっと窓を指し示す。
ここは街の中心部からかなり離れているが、それでも世界樹が見えた。
空はすっかり夜に染まってしまっているものの、樹の根本は煌々と明かりが灯っている。冒険者らに朝も夜も関係ないらしい。
暗闇の中で輝く世界樹は、エリシアの目にまぶしく映った。まだ見ぬ世界があそこに広がっているのだ。胸の高鳴りが抑えきれなくなる。
エリシアは意気込んで続けた。
「明日にも参りましょう。そしてともに頂上を目指すのです」
「そいつは無理だ」
「はい?」
きょとんと目を白黒させるエリシアに、ダンテは淡々と告げる。
「おまえはランクF。つまりぺーぺーの初心者だ。ダンジョンはランクごとにどこまで上れるか決まりがある」
実力に見合わぬ死地で命を落とす冒険者を減らすため、この街の冒険者ギルドが定めた決まりだという。各階層には特別な扉があって、ギルドカードをかざすことで先に進むことができる。
「今のおまえが行けるのは初心者向けの一階だけ。頂上なんて夢のまた夢だ」
「えっ、あの大きさの一階分って……ちょっと大きな民家じゃないですか」
世界樹は他の木々に比べて巨大だが、それでも家が一軒入るくらいのもの。
それの一階分ということはどれだけ丹念に探索しても数分で終わるだろう。
「それの何が冒険なんですか」
「違う違う。中は見た目の何十倍も広いんだ。で、今現在確認されているのは十三階。でも、まだ上があるっぽいぞ」
「ええ……とてもじゃないけど信じられません」
エリシアは世界樹をじっと見つめる。未知の世界だと思っていたが、想像以上らしい。
そこでハッと思い至ることがあってダンテに向き直った。
「あっ、ちなみにあなたはどこまで行けるんですか? たしかランクBとか言っていましたが」
「俺か? 俺はだな……」
ダンテは勿体付けるように言葉を切る。
エリシアはワクワクして待った。
ランクBといえばなかなかの高位に違いない。きっとかなりの上層階まで到達できるのだろう。そこにはどんな冒険が待ち構えているのか、参考までに聞いてみたかった。
しかしダンテはにっこり爽やかな笑顔で、こう言ってのけた。
「実は俺……出禁なんだよな、あのダンジョン」
「いったい何をやらかしたんですか!?」
エリシアはガタッと席を立って叫んだ。
衝撃的な告白にもほどがあった。
「それじゃあ頂上のお宝なんて絶対に入手不可能じゃないですか!」
「そう。だからおまえの出番だ」
ダンテはエリシアの肩をぽんっと叩き、白い歯を見せて笑う。
「俺が外でサポートして、おまえが世界樹を上る。そういう役割分担でいこう」
「聞いてませんよ、そんなこと! 大仕事を押し付けないでください!」
肩の手を振り払い、エリシアはビシッと言う。
「早く出禁を解いてもらってください。でなければ同盟解消ですよ」
「りょーかい。まあ努力はしてみるさ」
「で……本当にいったい何をやらかしたんですか?」
「はっはっは。それを語るには、ちょっーと一夜じゃ足りねえなあ」
ダンテは軽く肩をすくめて誤魔化した。
暇なときにでも吐かせてみようと、エリシアは固く決意した。
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そしてハイファンタジーと異世界恋愛ジャンルで悩んでいます。どっちだこれ……。