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やるからには全力です

 大樹の根元には大きな洞が空いていた。


 そこに出入りするのは多くの冒険者たちだ。意気揚々と入る者、傷だらけのほうほうの体で這い出てくる者……周囲には大勢の冒険者と、そうした者たちを相手にする屋台や客引きが待機している。街一番の賑わいがここにあった。


 その光景を見つめながら、フードを目深にかぶったままでダンテは言う。


「三百年前、悪心を持った魔法使いがいた」


 魔法使いは数多くの魔物を率い、世界を滅ぼすべく各地で破壊をもたらした。

 それに対抗したのが聖女サラだった。


 彼女は魔法使いと魔物をすべて打ち倒し、彼らを大樹に封印した。やがて大樹の内部はダンジョンと化し、冒険を求めた者たちが全国から押し寄せ、樹を中心にして街が広がっていった。


 それがこの街、ニーズホッグだという。

 そう語り終え、ダンテは雲間に消える世界樹を見上げる。


「世界樹の頂上には、その魔法使いの宝が隠されていると言われている。俺はその宝がほしいんだ」

「それはまた、途方もない野望で」


 エリシアは世界樹を見上げて呆然とする。

 樹はあまりに巨大だった。人の身で挑むには途方もないと感じるほどに。

 エリシアの言葉にダンテがムッとしたように眉を寄せる。


「なんだよ、おまえもバカげた野望だって笑うつもりか?」

「まさか」


 エリシアはかぶりを振る。

 世界樹に挑む。あまりにも壮大な物語の序章だ。

 自分がその登場人物になるなんて数日前まで考えもしなかった。


 だが、いても立ってもいられなくなるほどのワクワクが胸の底から湧き上がってくるのも、また事実だった。バカといえば、王子をぶん殴って出奔したエリシアこそ大バカ者だし。

 エリシアはふっと口元に笑みを浮かべて言う。


「バカをするのは楽しいと、あなたから学びました。せっかくですし付き合ってあげますよ」

「はっ……言うじゃねえか」


 ダンテはニヤリと笑ってからエリシアの頬をつまんでむにむにと揉みはじめる。


「つーかなんだよ、笑えるんじゃねえか。ムスッとした顔よりそっちの方が断然いいぜ」

「むむむ、ひゃめへふははひ」


 嫁入り前のレディになんてことをするんだ、この男は。

 エリシアが手を振り払うと、ダンテは不敵に笑う。


「ま、話は決まったな。来い。俺のアジトに案内してやる」

「それは楽しみです。屋根のあるところで寝るのは久しぶりなので」


 あと、美味しいものはあるだろうか。

 エリシアはウキウキしながら彼の後を追おうとする。

 しかし、そこで背後からいくつもの足音が聞こえてきた。


「待て! いたぞ、あいつらだ!」

「むむ?」


 振り返ってみれば、先ほどエリシアが投げ飛ばしたダニーとかいう中年男が集団を引き連れてくるところだった。手下を連れて戻ってきたらしい。頭に包帯を巻いた男はエリシアを睨め付けて低い声で言う。


「さっきはよくもやってくれたな……借りは高く付くぞ」

「ああ、申し訳ございません。まさかあの程度で気を失うとは思わず……手加減ができませんでした。この通りです。ごめんなさいでした」


 エリシアは素直に頭を下げる。

 しかし男の溜飲を下げることは叶わなかった。


 男が目配せすると、手下たちがエリシアとダンテを取り囲む。ひと言で言うのならチンピラとでも呼ぶべき連中だ。着崩した服からは入れ墨がのぞき、腰にナイフを下げた者もいる。向けてくる目はギラついていて、狩りに臨む獣を思わせた。


「力尽くでもついてきてもらうぞ。俺にケガさせた分だけ働いてもらう」

「ええ……乱暴なことはやめましょうよ。話し合いましょう。ね?」

「どの口が言うんだよ」


 ダンテが白い目でツッコミを入れてくる。

 ともあれピンチ到来らしい。エリシアはチンピラたちを見回して考え込む。


(ふむ、どうしましょうか。さっきみたいに投げ飛ばしてもいいのですが……)


 どこから手を付けようかと考えた、そんなタイミングだった。

 突然、エリシアの目の前に不思議な文字が浮かび上がった。


『新しいスキルを会得しますか?』

「はい?」


 きょとんと声を上げたエリシアに、男たちが軽くどよめいた。

 そちらにはお構いなしで文字にそっと指を這わせる。先ほど冒険者ギルドで鑑定結果を見せてもらったときのように、やはり何の手応えもない。蜃気楼のような文字だった。


「な、なんですか、この文字」

「ああ? なんの話だ」


 ダンテは怪訝な顔をする。

 どうやら見えていないらしい。彼は首を捻りつつも、ぽんと手を打つ。


「ひょっとして神託でもあったか?」

「神託?」

「ああ。聖女サラは時折不思議な声が聞こえたそうだ。その声の導きに従って、数々の奇跡を起こしたとかなんとか」

「なるほどなるほど」


 エリシアは改めて文字に向き直る。すると新たな文章が浮かび上がった。


『現在これらのスキルを会得できます』


 その後に、様々な文字が続いてエリシアの視界を埋めた。

 氷魔法、回復魔法、調合、テイム、などなど……ざっと見ただけでその数は百を下らない。


 これらすべてを会得可能というのだろうか? 今この瞬間に?

 にわかには信じられなかったが、エリシアはおずおずと文字のひとつを指し示す。


(では……これをお願いします)

『承知いたしました。他はよろしいですか?』

(えっ、複数いけるんですか。ではついでにこれと、あとこれと……)


 エリシアは使えそうなスキルをぱっぱと選択していく。選んだ端から文字が消え、自分の中で何か新しい力が生まれたのを感じた。


 男たちはその様を怪訝な顔で見つめていた。脅しをかけた相手が急に虚空を撫ではじめたのだから不可解に思うのも無理はない。


 一方で、ダンテは興味深げに目を細めて尋ねてくる。


「どうする、加勢が必要か?」

「いいえ」


 エリシアはゆっくりとかぶりを振る。

 そうして周囲のチンピラたちの顔を順繰りに見やった。


「この程度があしらえなければ、世界樹踏破など夢のまた夢でしょう。ひとりで十分です」

「おう、それなら思いっきりやっちまえや」


 ダンテはそう言って数歩退き、静観の構えを取った。

 あたりに緊迫した空気が満ちる。通りを行き交う人々も足を止め、今から始まるであろう大立ち回りに注視する。そんななか、チンピラのひとりがニヤニヤと笑いながら口を開いた。


「威勢のいいお嬢ちゃんだな。ちょっとはやるようだが……本当に俺たち全員を相手にするつもりか?」

「そうだと言ったらどうしますか?」

「そりゃもちろん……」


 チンピラその一が腰の短剣に手を伸ばした。


「お望み通りにやってやるよ!」

「ふっ」


 しかし、エリシアは剣先が鞘から顔を出すより先に動いた。感覚的にはたったの一歩。しかし、その一歩だけで数メートルの距離を詰めてしまう。《電光石火》。敵との間合いを一瞬で詰める速攻スキルだ。


「なっ、ぐぅっっ!?」


 ボゴォっ!

 そのまま相手の鳩尾に渾身の掌底を叩き込むと、チンピラその一は息を詰まらせて地面に沈んだ。


 ついでに《聞き耳》スキルで、死角から飛びかかろうとしたチンピラその二の足音を察知する。エリシアはそちらを振り返ることもなく、あらかじめ拾っておいた小石を《投擲》スキルで打ち出した。


「がはっ!?」


 見事、小石はチンピラその二の眉間にクリーンヒット。

 襲い掛かろうとしていたその三を巻き込むようにして倒れ込んだ。


 結果、ほぼ同時にチンピラ三名を無力化した。これには他のチンピラたちだけでなく、ダニーとかいう男や野次馬たちもそろって言葉を失った。


 そこにエリシアは畳みかける。習った覚えもないのに口をついて出てくるのは、世界に満ちる精霊たちに呼びかける魔の言葉。


「我が敵を射よ! 《パラライズ》!」

「「「ぐぎゃあああああ!?」」」


 レベル一の雷魔法――先日、ダンテがエリシアの前で使った魔法である。

 まばゆい雷撃が男たちを打ち据えて、汚い絶叫がいくつも上がる。雷光が消えたあと、彼らは一様にぶっ倒れてしまう。ピクピク痙攣しているので死んではいないが、しばらくは痺れて起き上がれないことだろう。


(ふむ、ダンテの魔法より威力も範囲も控えめでしたね。鍛錬すれば追いつけるのでしょうか?)


 冷静に出来映えを確かめるエリシアを中心に、場に静寂が満ちる。

 しかし数秒おいてから、わっとあちこちから歓声が上がった。


「おおー! やるなあ、お嬢ちゃん!」

「よかったらうちのパーティに入ってくれよ! きみなら大歓迎だ!」

「どうもどうも。ですが、あいにく先約がおりますので遠慮しておきます」


 褒めそやす観客たちに、エリシアは軽く会釈を返しておく。そのついで、自分の手をじっと見つめた。


(威力も範囲もまだまだ。でも、これが私の力……)


 そんななか、ダンテが軽い足取りで近付いてきた。フードを下ろしてニヤリと笑う。


「さっき覚えたばかりのスキルを使いこなすか……やるじゃねえか」

「いえ、この程度では肩慣らしにもなりません。思ったより弱くて残念です」

「ははは、言うねえ。それでこそ俺の相棒だ」


 エリシアの肩を、ダンテは気さくにぽんっと叩く。

 それが合図となって、場の空気が完全に凍り付いた。


「はい……?」


 エリシアは首を捻るしかない。

 先ほどまで歓声を上げていたはずの冒険者らが、一様に口をあんぐり開けて固まっていたのだ。彼らが見つめるのはエリシア……ではなく、隣に立つダンテだった。


 誰かが悲鳴のような声を上げる。


「パーティってまさか……お嬢ちゃん、魔王ダンテと組むのか!?」

「……うん?」


 それを合図にして動揺のざわめきが広まっていった。

 なんだか今、物騒な二つ名が聞こえた気がする……。


「あの、魔王っていったい……」

「さーて、あとは俺の仕事だな」


 エリシアの質問を華麗にスルーして、ダンテは意気揚々と倒れた男たちへと近付いていった。

 うつ伏せで倒れた男を蹴り転がすと、ぐえっと悲鳴が上がる。男は倒れたまま、殺意の籠もった眼差しでダンテを睨みつけた。


「ぐぐ……このままで済むと思うなよ!」

「おうおう、怖い怖い」


 ダンテは軽く肩をすくめ、男のそばにしゃがみ込む。


「ひょっとしてオリビア・ファミリーの上層部に泣き付く気か?」

「っ、ファミリーの名を知っているのか……!?」

「もちろんだ。最近この街に勢力を広げようとしているならず者集団だろ? まだせこい小遣い稼ぎで済んでいるようだから見逃してやっていたが……話が変わった」


 ダンテはエリシアをあごで示してから、低い声で凄む。


「あいつの敵は俺の敵だ。そして、俺は敵に容赦しねえ」

「ひっ、なにをうぐぶっっ!?」


 ダンテが呪文を唱えた瞬間、彼の手から蔦が這い出て男たちの体を縛り付けた。猿轡もかまされて男たちはくぐもった声を上げるしかない。

 出来映えをざっと確認してから、ダンテはエリシアに何かを投げ渡す。食事のときに見せた財布だ。それを指してぶっきら棒に続けることには。


「エリシア、しばらくこのあたりで待ってろ。適当に買い物でもしてるといい」

「ちょっ、どこに行くんですか」

「掃除だよ。ちょっくら反社会組織をひとつ潰してくるわ」

「はあ……」


 ダンテがやけにあっさり言うものだから、エリシアは生返事をするしかなかった。

 そこで青い顔をした冒険者らがそっと近付いてくる。


「魔王と手を組むなんてやめといた方がいいぞ、お嬢ちゃん」

「そうだぞ、人生を棒に振りたいっつーのなら止めねえけどよ」

「さー、親玉のとこまで優雅なお散歩といこうか。せいぜい楽しんでくれや」

「ぐぶっ、ごふっ、ぶぶぶぶぶっ!?」


 その背後で、雑に引きずり回されてあちこちぶつけた男たちの悲鳴が轟いて……エリシアはあごに手を当ててぽつりと言う。


「なるほど。やるならば徹底的にやるのが一番……やはり彼のやり方は勉強になりますね」

「おっと、あんたも同類か」


 冒険者らは心底残念そうな顔をしてさっと距離を取った。

本日はここまで。書き溜めはあと二十話ほどあります。

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