鑑定を受けます
ひとしきり食事を終えたあと、エリシアは言われたとおりに窓口へと向かった。
「ダンテ様のご紹介の方ですね」
「は、はい」
そこで出迎えてくれたのは、凜とした女性職員だった。
艶のある黒髪を腰まで伸ばしたかなりの美人ではあるものの、眼鏡の奥で光る双眸はひどく鋭い。仕事のできる美人といった印象だ。
彼女はエリシアのことをジロリと睨み、低い声で続ける。
「先ほどダニーさんと揉めていましたね。ギルド内での私闘は厳禁ですよ」
「ダニー……あっ、あの男の人ですか」
その名に心当たりはなかったが、すぐにハッとする。
先ほどエリシアに声をかけてきた男のことだろう。気絶したまま放置したが、いつの間にか姿を消してしまっていた。
エリシアはぺこぺこと頭を下げる。
「ルールを破ってしまいすみませんでした」
「……まあ、今回ばかりは不問にしておきます。あの方は度々問題を起こすので、私たちも手を焼いていましたから」
女性はふう、と息を吐いて窓口の扉を開く。
「どうぞ中へ。冒険者登録を行います」
それからエリシアは奥にある小部屋へと案内された。
机と椅子があるだけの、簡単な執務室だ。女性はエリシアに座るように促し、書類への記入を命じた。名前や出身地、種族や年齢などの簡単な項目が並んでいる。
(えっと……名前はエリシア・スターレットでいいですよね)
公爵家にはもう戻れない。ならば元の名前を名乗るのが筋というものだろう。
エリシアが書類を書き進める間、女性は真正面に腰掛けてそれをじっと見つめていた。ふたりの間に会話はなく、時計の針が進む音とペンが滑る音だけが響く。
書類を書き上げれば、女性は軽く目を通したあとでくいっと眼鏡を持ち上げる。
「では、これよりエリシア様の鑑定を行います」
「か、鑑定ですか?」
エリシアはぎょっと目を瞬かせる。
「やはり私は売り飛ばされるのでしょうか……?」
「は? 何のことですか」
女性は軽く目をすがめ、自身の眼鏡を指し示す。銀縁のシックなデザインで、よく見ればレンズに薄く模様が描かれている。魔方陣の類いだろうか。
「これは《銀の心眼》という魔法具です。相手のステータスや所持スキルを見ることができます。ギルドの登録に必要な情報ですので、職員自らしっかり鑑定することになっているんです」
「なるほど、世の中にはそんな便利なものがあるんですね」
「一般常識ですよ。全ギルドに配備されていますし」
女性は訝しげに眉を寄せる。
どこの田舎から出てきたんだろう……という目だ。
話の腰を折られたせいか、ごほんと咳払いをして居住まいを正す。
「ともかく始めますね。《鑑定》」
女性が厳かに力ある言葉を放つと同時、眼鏡に青い炎が灯って文字が浮かび上がる。
エリシアからは、ぼんやり透ける程度で読むことはできないが、女性の瞳がそれらの文字を追っていき……突然ギョッと瞳孔が開いた。
「ありえへんやろ、こんなん!?」
「へ?」
そう叫び、女性はコメディ劇の一幕のように勢いよく椅子から転げ落ちた。
エリシアはぽかんと目を丸くする。それからおずおずと床へと声を掛けた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「いやいやいやいや!? ジブンがなんなん!? なんなんよ!?」
女性は転げ落ちたときを上回る勢いで跳ね起きてツッコミを飛ばした。目を丸くして唇を震わせて、表情筋はフル稼働だ。
女性は勢いそのままにエリシアの肩をがしっと掴む。
その瞬間、エリシアの目の前に文字列が浮かび上がる。どうやらこれが鑑定結果らしい。エリシア・スターレットという氏名の下に、人間種、女性……といった情報がつらつらと並ぶ。
女性はわなわなと震えて、文字列の下部を指さし叫んだ。
そこには所持スキルという欄があって――。
「固有スキル《仙才鬼才》! 聖女サラが所持していたという伝説のスキルやん!」
「そうなんですか?」
エリシアは文字列をしげしげと見つめる。
たしかにそこには《仙才鬼才》というスキルが記されていた。
「なるほど、ダンテの話は本当でしたか」
「ど、どういうことなん……?」
「私、聖女サラの子孫らしいんです」
「なっ……!?」
女性は蒼白な顔で絶句した。そのまましばし呆然と立ち尽くしていたのだが……小さく息を吐いてから、何事もなかったように座り直した。
「一周回って落ち着きました。取り乱してしまい申し訳ございません」
「はあ」
エリシアは生返事をしてしまう。このギルドに立ち入ってから、状況に流されての生返事ばかりだ。よくない気がする。エリシアは背筋を正して仕切り直す。
「というか、固有スキルって何ですか?」
「ご存じないのですか……?」
「すみません、なにぶん箱入りの世間知らずなもので」
エリシアがぺこりと頭を下げると、女性はごほんと咳払いをしてから口を開く。
「スキルというのは特異技能を指す言葉です。スキルには大きく分けて汎用スキルと固有スキルの二種類」
汎用スキルとは修練と才能次第で会得できるもの。
そして固有スキルはその人物の才能そのものだという。
「固有スキルは持って生まれたもの。会得しようとして会得できるものではないのです」
「つまりこの《仙才鬼才》……これが私の才能ですか」
エリシアは浮かび上がる文字をそっとなぞる。当然のことながらまるで触感がなく、蜃気楼のように現実味が薄い。
「いまいち実感できませんが、どんなスキルなんですか?」
「ひと言で言えば万能のスキルです。ありとあらゆるスキルに適性があり、どんなものでも習得可能。無限の可能性を秘めているわけです」
女性が両手を広げると、文字の代わりに数々の幻影が浮かぶ。剣を構えるエリシア、巨大な火の玉を打ち出すエリシア、ローブを着てフラスコを手にするエリシア……。
「あなたならば剣士にも魔法使いにも錬金術師にもなることができるでしょう」
「おお……なんだかスケールの大きな話になってきましたね」
エリシアはそわそわと腰を浮かせる。
自分になにかの才能があるなんて、以前までなら考えもしなかった。それが突然多くの道を示されたので、戸惑うばかりである。
そんなエリシアに女性はふっと柔和に微笑む。
「ひとまず他のスキルもご確認ください」
「えっ、他にもあるんですか」
「ええ。汎用スキルがいくつか」
そう言って女性はスキル欄を示す。たしかに《仙才鬼才》の下に、いくつか文字が並んでいた。
火魔法レベル一。
身体強化レベル一。
「簡単に言えば、レベル一が基礎技術。二からが応用になります。エリシア様はすでに駆け出し冒険者として十分な実力を有していらっしゃいますね」
「ええ……そんなの知りません」
エリシアは眉を寄せてかぶりを振る。
「ただちょっと、こっそり魔法の練習をしたり、体を動かしたりしていただけなんですけど」
「聖女サラはスキルを極めるのも早かったそうですからね。あなたもそうしたきらいがあるのかもしれません」
女性はくすりと微笑んでぱちんと指を鳴らす。
その瞬間、浮かび上がっていた文字は跡形もなく消え去った。まるで夢でも見ていた気分だ。
書類に先ほどのスキルを書き足して、女性は一枚のカードを取り出す。ダンテが持っていたものとよく似ているが、こちらはシンプルな木製のものだ。
受け取ると自動的にエリシアの名が浮かび上がってくる。
「そちらは冒険者の身分を示すギルドカードです。ひとまず最初は最低ランクのFから始めていただきますが……あなたならあっという間に上り詰めそうですね」
「そんなものなんですか?」
「ええ。このギルド支部長、トバリ・シギノ。自信を持って言えます」
女性は自信満々にうなずいた。
エリシアは受け取ったばかりのカードをじっと見つめる。
(なんだか流れで冒険者になってしまいましたが……悪くありませんね)
何者でもなかった自分が、ようやく何者かになれた気がした。まだ下っ端も下っ端のようだが。
(私になにができるか、これから試してみることにしましょう)
エリシアは決意を込めてカードを握りしめる。
そこでふと引っかかりを覚えて、そっと目の前の女性をうかがう。
「トバリさん、ひょっとして偉い人なんですか?」
「ええ。一応ここのトップですね」
トバリと名乗った女性はさらりと事もなげに言った。
どう見ても二十代半ばである。そうとう優秀な人らしい。
エリシアがぽかんとするのをよそに、女性は頬に手を当て、軽いため息をこぼしてみせる。
「ダンテ様のご紹介なんて珍しいと思っていたんです。あのひともとんだ傑物を見つけたものですね。まさかそれが聖女の子孫とは因果にもほどがありますが……」
「あのひと有名なんですか?」
「ええ。いろんな意味で」
トバリは眉間に深いしわを寄せてしみじみとうなずく。
どうやらかなりの問題児らしい。
(うん、そんな気がしていました)
エリシアが納得したところで、トバリが真剣な顔で言う。
「ひとまず聖女サラの子孫ということ、《仙才鬼才》を所持していること。このふたつはあまり公言しない方がいいでしょうね」
「はい。私もそう思っていました」
先ほどのトバリみたいにすっ転ばれても困るし。
しみじみうなずくエリシアに、トバリはふっと相好を崩して声をひそめて続ける。
「それと……グランスタ王国のことも隠してくださいね」
「うぐっ!?」
エリシアの肩が雷に撃たれたように跳ねる。思いっきり視線を泳がせ、冷や汗をダラダラと流しながらぼそぼそと否定してみるのだが――。
「ななな、なんのことでしょうか」
「嘘が下手ですね。ご安心ください、暴き立てるつもりはございませんから」
トバリは肩をすくめ、ふうと吐息をこぼす。
「この街に来るのはワケありが多いんです。いちいち詮索してはキリがありません」
「……この街っていったいなんなんですか?」
適当に乗り込んだ馬車がここにたどり着いたので、場所も名前も知らなかった。
「ご存じなかったんですか?」
トバリはわずかに目を丸くする。よほど驚いたらしい。そのままエリシアの書類を手早くまとめて、窓の外を指し示す。
そこには巨大な樹木が屹立していた。
街のどこからでも見渡せるそれは、長い枝をいくつも伸ばして青々とした葉を茂らせている。そしてその木は雲を突き抜けてはるか天上まで続いていた。まるで空と大地をつなぎ止める楔のようである。
トバリはその大樹を誇るように告げる。
「ここはニーズホッグ。聖女サラが悪しき魔法使いを封じた街です」
本日はあと一回更新します。
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