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契約成立です

「いやあ、探す手間が省けた。遠慮せず飲めよな」

「はあ……」


 エリシアは対面に座る青年を見つめながら、運ばれてきたオレンジジュースに口を付けた。

 冒険者ギルドはおおまかに分けてふたつのブロックに分かれていた。


 依頼やパーティの登録を行う窓口のあるメイン区画と、軽食や酒を出す酒場食堂。窓口で渡した報酬を、そのまま酒場で使ってもらおうという目論見らしい。


 その酒場の一角に、青年はエリシアを誘った。逃げ出す隙はなかった。

 ひとまずやることもないのでじーっと青年を見つめる。王子様めいた美青年だが、浮かべる笑みはなんだかひどく胡散臭い。


(いったい何が目的でしょう。私を捕まえる気なのでは……あっ、このジュース美味しいですね。久方ぶりの甘み……ふう)


 ここしばらくもらったパンや野草で飢えを凌いでいたので、空きっ腹に甘さが染み渡る。グラスが汗をかくほど冷えているのも高ポイントだ。どんどん顔が緩んでいくのを感じた。


 そこで青年がぷっと噴き出す。


「そう警戒しなくてもいい。おまえを突き出すつもりはねえよ」

「……その言葉が真実だという保証はありませんよね」

「そりゃそうだ。俺もさっきのおっさん同様、騙そうとしている悪い奴かもしれねえぞ」

「どっちなんですか」

「さあどうだか」


 エリシアがジト目を向けるが、青年はくつくつと笑うだけ。何がそんなに面白いのやら。

 訝しげなエリシアに、青年はニヤリと口の端を持ち上げて告げる。


「会いたかったぜ、エリシア・ブラマンシュ……いやエリシア・スターレット」

「……む」


 エリシアの眉がぴくりと動く。ブラマンシュは公爵家の名、一方スターレットは実の両親と暮らしていたころの名だ。


「私の両親をご存じなのですか?」

「いんや、ちょっと調べさせてもらっただけだ」


 青年は大仰に肩をすくめてから、すっと笑みを取り払った。

 ふたりがけの小さなテーブルに細い緊迫の糸が張り巡らされる。いくぶん声をひそめて青年は続けた。


「あの夜、おまえが植え込みから現れて……俺は心底肝を冷やした。なんせまったく気配が読めなかったんだからな」

「そういえばそんなことをおっしゃっていましたね。それの何が問題なのでしょう」

「俺の名前はダンテ・ブラッドレイン」


 青年、ダンテは懐から一枚のカードを取り出す。

 手のひら大のカードは純銀製なのか鈍い光沢を湛えていた。たしかにそこには名乗ったばかりの彼の名と、何やら細かな文字がびっしりと刻まれている。どうやら身分証の類いらしい。


「冒険者ランクはB。所持する気配探知スキルはレベル五だ」

「……はあ」

「ピンと来てねえみたいだから教えてやるが、俺の前じゃ、名うての暗殺者だって隠密行動は不可能だ。気配を察知できなかった敵はいない……おまえという例外を除いてな」


 ダンテはエリシアへとぴんっと人差し指を向ける。

 お行儀が悪い。エリシアはその指をそっと押し戻した。


「よく分かりませんが、そんなのただの偶然でしょう。私は暗殺者でも何でもない、ただの元令嬢です」

「ただの元令嬢が城の精鋭五十余名をたったひとりで相手取って、忽然と姿を消すか? こんなの気にならねえ方がおかしいだろ。だからおまえのことを調べたんだ」


 ダンテはまっすぐにエリシアを見据え、断言する。


「エリシア・スターレット。おまえは聖女サラの子孫だ」

「はい?」


 エリシアはきょとんと声を上げた。数度目を瞬かせ、ジュースにもう一度口を付け、うーん……と考え込んでから、またおずおずと口を開く。


「聖女サラとは……あれですか、大昔の偉人」

「そう。三百年前に実在した万才の聖女だ」


 聖女サラ。それは伝説の存在だ。

 百の竜を一度に討ったとか、国同士の戦争をたったひとりで止めたとか、悪い魔法使いを打ち倒して世界を救っただとか、その逸話は枚挙に暇がない。


 何より彼女の特異性はその多彩な才能にあった。

 どんな魔法も一度見ただけで覚えてしまい、剣技や武道にも優れていたという。

 今でも彼女について書かれた書物は多くで回っており、活躍を讃える石碑が各地にある。


「おまえはその血を、その才能を受け継ぐ唯一の存在だ」

「はあ……あっ、おかわりをいただいても?」

「いいけどよ。ここまでしっかり説明してもまだ生返事なのか、おい」


 ダンテがじろりと半眼を向けつつも、近くのウェイトレスに声を掛けた。

 ほどなく新しいジュースが運ばれてくる。エリシアはちゅーっと飲みながら首をかしげた。


「荒唐無稽な話だから生返事にもなりますよ。そもそも私は庶民の出で――」

「その庶民が、何の繋がりもない公爵家に引き取られるってのがまずおかしいだろ」


 エリシアの言葉を遮り、ダンテは呆れたように言う。


「俺の読みじゃ、王家がおまえの血を取り入れたがったんだ。だが庶民の娘を娶るわけにはいかねえし、一旦公爵家預かりにして身分を変え、それから迎え入れるつもりだったんだろう」

「むう、一応筋は通っていますね」


 公爵家はエリシアを引き取ったものの、完全に部外者扱いだった。

 一家とともに食卓を囲んだことも、談笑を交わしたこともない。狭い物置を宛がわれ、来る日も来る日も花嫁修業の日々。


 王家に命じられるまま預かっていただけなのだとすれば、あの扱いにも納得だ。

 しみじみとうなずくエリシアだが、あらためて真正面のダンテをじっと見つめる。


「筋は通っていますが、そもそもあなたの言葉自体が信用なりません」

「はっ、そこまで言うなら話は簡単だ」


 ダンテはおどけるように肩をすくめて、すっとエリシアの背後を指さす。

 そこには冒険者ギルドの窓口がずらりと並んでいる。何人もの職員が冒険者の対応に追われ、忙しそうにしていた。


「あっちの窓口で冒険者登録をしてくるといい」

「登録? 私は別に冒険者になるつもりは……」

「行けば分かるさ。いいから行ってこい、俺はここで待っててやるからよ」


 そう言ってダンテはようやく自分のグラスに口を付けた。透き通った琥珀色を揺らしながら、にやりと笑う。


「そうすりゃ、俺の言葉が真実だと分かるだろう」

「……あなたの目的は何なんですか?」

「そんなの決まってるだろ」


 ダンテは乾杯するようにグラスを掲げ――。


「俺はおまえがほしいんだ」

「……はあ」


 まっすぐな言葉に、エリシアはまた生返事をした。

 そのまま深々と頭を下げる。


「すみません。私、あなたのような胡散臭い男性は恋愛対象外です」

「丁重に断るんじゃねえ! 違うっつーの、俺だってお子様にゃ興味ねえわ!」

「お子様って……私とそんなに変わらないはずでしょう」

「悪いがこう見えておまえより遙かに年上だ」


 どう見ても二十代半ばのダンテは軽く言ってのけてから続ける。


「つまり、俺と手を組まねえかって話だ。おまえみたいな特異な才能がいりゃ、なにかと都合がいいんだよ」

「ふむ……」

 エリシアはあごに手を当てて考え込む。


 世間知らずの自分が生きていくためには、協力者は不可欠だ。

 だがしかし、この男を信じていいかどうかは疑念の余地が残る。


(ううむ……どうすればいいのでしょうか。組むべきか、組まざるべきか)


 うんうん悩み続けるが思考は堂々巡りして、なかなか結論が出なかった。

 そうこうするうちに、先ほどのウェイトレスが何やら大きな盆を手にして近付いてくる。


「お待たせしました。お食事をお持ちしました」

「おお、ありがとよ」

「うん……?」


 エリシアが顔を上げると、目の前に大きな山がそびえていた。つやつやの丸型のパン二枚で、大きなハンバーグとレタス、トマトを挟んだ料理だ。付け合わせは揚げたイモ。甘辛いソースの匂いが非常に食欲をそそった。


 ダンテの前にも同じ料理が運ばれていて、彼はにかっと笑う。


「こっちも奢りだ。よかったら食えよ」

「これは……なんですか?」

「ああ、仮にも貴族育ちだしな。ハンバーガーも知らねえのか」


 ダンテはせせら笑い、両手で料理を持ってがぶりと齧る。なんとお行儀の悪い食べ方だろう。だがしかし、他にやり方もなさそうで……。


 エリシアは彼に倣い、恐る恐るハンバーガーへと手を伸ばす。持ってみると分厚さがよく分かった。これは大口を開けないと食べられそうもない。


(ええい、なるようになれ!)


 エリシアは少し迷ったすえ、顕界まで口を開けてハンバーガーへとかぶりついた。


「っ!」


 その瞬間、味わったことのない満足感が駆け抜けて脳天が痺れた。


 ふわふわサクサクのパンと、肉汁たっぷりのハンバーガー、シャキシャキの野菜たち……それらが渾然として混ざり合い、甘辛いソースでしっかりとまとめられる。非常にシンプルな料理だが、だからこそ空腹を訴える胃にクリティカルヒットした。


 鼻先や手が汚れるのにも構わず、エリシアは夢中になってハンバーガーを平らげた。

 それを見守って、ダンテはぷはっと噴き出す。


「わはは、その様子じゃお気に召したみたいだな」

「あなたと……」

「うん?」

「あなたと手を組めば、こんなに美味しいごはんが食べられるのですか?」

「は? ああ、うん。飯代は俺が持とう」

「契約成立です!」

「俺が言うのもなんだが、もうちょっとしっかり考えた方がいいぞ」


 ダンテは顔をしかめてツッコミを入れる。

 しかしすぐにふっと微笑み、右手を差し伸べるのだった。


「ま、話がまとまって何よりだ。よろしく、エリシア」

「よろしくお願いします。ダンテ」


 エリシアはその手をがしっと握る。

 おかげで彼の手は肉汁とソースでべったりと汚れたが、特に気に留めることもなくちり紙でささっと拭いてからダンテはもう一度窓口を指し示した。


「腹ごしらえは済んだろ、冒険者登録をしてこいよ」

「これではまだ足りません。追加の注文は可能ですか?」

「意外と食うなあ……いいさ。好きなだけ頼めよ。ほらよメニューだ」

「ありがとうございます。では、ハンバーガーをあと三つ。おや、チーズバーガーというものもあるのですか。興味深いですね。そちらを五つ。フライドポテトにフライドチキンも四皿ずつと――」

「……契約内容、しくじったかなあ」


 ダンテは懐から皮袋を取り出し、しかめっ面で金貨を数えはじめた。

あと二回更新予定です。

評価とブクマをぽちっといただけると喜びます。さめのフカヒレ進呈。

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