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厄介ごとの気配がします

「ところでキャルはどうした? 姿が見えねえようだが」

「キャルちゃんなら世界樹に遊びに行っています」


 ゴーレム作成に精を出すエリシアのことを、キャルも最初は興味深く観察していた。

 しかしすぐに飽きてしまったらしい。今朝、業を煮やしたように宣言されてしまった。


『ええい、これ以上主に付き合っていたら体が鈍る! 我が求めるのは安寧なる昼寝ではなく、血湧き肉躍る戦いだ! ちょっと古巣に戻ってくるぞ!』

『いいですが、人に迷惑をかけちゃダメですからね』

『倒していいのは魔物だけだろう。分かっている。いい獲物がいたら持ち帰ってやろうぞ』


 そうお土産を予告して、ぴゅーっと一匹で行ってしまったのだ。


「なので、そろそろ世界樹の探索に戻るとします。キャルちゃんも古巣を案内したいと行ってくれましたので」

「あいつの古巣っつーと十階か。ランクBになりゃ行ける場所だな」


 ダンテはニヤニヤと笑い、自身のギルドカードを取り出してみせる。


「早く俺の高みまで上って来いよな」

「うるさいですよ、出禁のくせに」


 ジロリと睨みつつも、目指すべき場所なのは変わらない。

 ふたり分の期待がエリシアの肩に重くのしかかる。これはそろそろ本腰を入れて探索に乗り出すべきだろう。


 そんなことを考えていると、ダンテがふと思い出したとばかりに声を上げる。


「あっ、そうだ。おまえにひとつ伝えておきたいことがあったんだ」

「なんですか?」

「昨日から、店の周りを怪しい奴らがうろついてやがるんだよ」


 ダンテが言うには、店をのぞき込む男が何人かいたらしい。ダンテと目が合うとそそくさと逃げてしまったらしいが、どれもこの辺では見かけない顔だという。


「どうも探りを入れてるみたいなんだよなあ」

「……まさか」


 エリシアはごくりと喉を鳴らす。


「私を捕まえに来た、王国の兵士とか?」

「可能性はあるだろうな」


 ダンテは鷹揚にうなずいてみせた。

 すっかり忘れていたが、エリシアはグランスタ王国を騒がせたお尋ね者だ。今ごろ追っ手がかかったとしても何もおかしくはない。


「つっても、ここはグランスタ王国からかなり離れているし、別件かもしれねえ。何はともあれ気を付けるに越したことはないだろうな」

「心得ました」


 エリシアは噛みしめるようにしてうなずいた。

 身に降りかかる火の粉は自業自得なので対処するしかない。

 それよりも心配事があった。眉を寄せ、ダンテの顔をのぞきこむ。


「ダンテは問題ありませんか? 私の事情に巻き込んでしまったようで申し訳ありません」

「おまえが気を回す必要はねえよ。俺が好き好んでおまえに手を貸したんだからな」


 ダンテは軽い調子で言って、笑顔で手をぱたぱた振った。


「それに、俺は死んでも死なねえよ」

「むう……本気で心配しているんですが」


 冗談めかして言ってのけるダンテに、エリシアはすこし目をすがめた。


 ◇


 それからエリシアはひとりで夕飯の買い出しに出かけた。

 ダンテと話し込んでいるうちにすっかり日は傾いていて、街の全てが茜色に染まりつつあった。肉屋と青果店を目指して、足早に歩く。


(よし、今日は豚肉のソテーと、デザートはアップルパイを焼きましょう。キャルちゃんも夕方には帰ると言っていましたし、たくさん作らないと)


 ダンテだけでなく、キャルもエリシアの料理をよろこんで食べてくれていた。すっかり人間のごはんが気に入ったらしい。特に肉料理と甘味に目がない。


 あたりの商店は店じまいに入り、通りに面した酒場が賑やかになっていく。もう小一時間もすればここはすっかり夜の街になるだろう。冒険者らの姿も目立ちはじめる。


 そこで軽く周囲をうかがう。

 しかしどこにも怪しい人影は見当たらなかった。


(ふむ……杞憂ならばよいのですが)


 そんななか、エリシアに笑顔で手を振る者たちがいた。顔見知りだ。


「エリシアさん! こんにちは」

「ケビンさん。それにアンさんとジェストさんも。こんにちは」


 先日エリシアが助けたパーティたちだ。リーダーの剣士はケビンという名で、女性の魔法使いがアン。獣人の武闘家がジェストだ。あれからちょくちょく街で出くわしたため、すっかり顔なじみとなっていた。


 彼らに会釈し、エリシアは目を瞬かせる。

 トウテツから救い出した赤毛の亜人、ヨシュアの姿がなかったからだ。


「おや? ヨシュアさんは一緒ではないのですか」

「それがあいつ、今朝から姿が見えなくて……知らないかい?」

「お目にかかっておりませんが……」


 エリシアが戸惑い気味に答えると、彼らは困ったように目配せし合う。

 そのまま代表するようにしてケビンが口を開いた。


「実は、このまえ酒場で変な奴に話しかけられてさ。ヨシュアがちょっと揉めたんだ」

「変な奴……とは?」

「そいつ、エリシアさんのことを調べていたんだ」


 聞けば、ケビンらは酒場でエリシアのことを話していたらしい。

 そこに突然、ガラの悪い男が話しかけてきた。

 男はエリシアのことを根掘り葉掘り聞いてきて、報酬の金貨をちらつかせた。


「どこからどう見ても堅気じゃなくてさ。で、ヨシュアが『あの子に何をするつもりだ』ってキレちゃって。みんなで慌てて止めたんだけど、あれは一触即発だったなあ……」

「す、すみません。私の厄介ごとに巻き込んでしまって」

「いいんだよ。そういうのは冒険者なら付きものだし」


 ケビンは事もなげに言ってのけるが、顔色は浮かないままだ。


「あいつもなかなか悪運が強いから大丈夫だとは思うんだけど……ちょっと心配でね」

「分かりました。ヨシュアさんのことは私に任せてください」


 エリシアは重くうなずいてみせる。

 どこかにふらっと出かけているだけならいいのだが……無性に胸騒ぎがした。


「ふっ、あのときと同じだね」


 ケビンは軽く微笑んで、他の仲間たちもすこしホッとしたように表情が和らいだ。


「それじゃあ頼まれてくれるかな。俺たちの方でも、このままもう少し探してみるよ。あと、ちょっと聞きたいんだけど……」


 ケビンは少し言いづらそうに、小さな声で尋ねる。


「きみ、まだ魔王のところにいるのかい?」

「そうですが……なにか?」

「いや、きみがいいならいいんだ。それじゃ」


 ケビンらは最初と同じように手を振り去って行った。

 それを見送ったあと、エリシアは拳を握る。


「これは……早く解決した方が良さそうですね」


 ヨシュアを巻き込んでしまったのはエリシアの責任だった。

 軽く目を閉ざし、スキルを発動させる。


(……《聞き耳》)


 先日、ダニーとその手下たちを倒したときに会得したスキルだ。

 発動すると同時、エリシアの耳に多くの音が飛び込んでくる。


 人々の足音、会話、獣の声……遠くで針が落ちる音ですら、その正しい方角と距離が容易に掴めた。情報の洪水に翻弄されて頭がクラクラしたが、それでも必死になって手がかりを探す。


 そんな折、たしかにその声を聞いた。


 エリシア……。


 ハッとして目を見開く。声が聞こえたのは北西の方角だった。そちらに顔を向ければ、暗い路地が待ち構えていた。その先に続くのは建物が密集したゴミゴミした区画だ。


『北西の方は行くんじゃねえぞ。あっちは治安が悪いからな』


 いつぞやダンテがそう言っていた。

 エリシアは《聞き耳》をやめて、まっすぐそちらへ足を向ける。


「よし。夕飯までに終わらすとしましょう」

続きは明日更新します。

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