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ギルドでの再会です

 王城のパーティから約一週間後。


 エリシアはざわつく街の片隅で、ボロボロの新聞を開いていた。目の前の大通りは鎧姿の冒険者や重い荷物を運ぶ商人らが数多く行き交っている。誰も彼も大忙しで、階段隅に腰掛けるエリシアになど目もくれない。


 新聞の一面にはデカデカとこう書かれていた。

 曰く――『グランスタ王国公爵家令嬢ご乱心!』。


 その記事に一通り目を通したあと、エリシアはそっと顔を上げて空を仰ぐ。

 左右から迫る建物のせいで見える青空は猫の額ほどの狭さだが、雲ひとつなくどこまでも澄み切っていた。横切る鳥を見送って、エリシアはふっと微笑んだ。


「うん。たしかにスッキリしましたね」


 アルフレッド王子をぶん殴ったあと、取り押さえようとする兵士たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ――みな体調が悪かったのか、はたまた手を抜いてくれたのか、エリシアのようなか弱い令嬢を相手に手も足も出せなかった――そのどさくさに紛れて王子を何度も踏みつけた末、王城を出奔。


 適当な荷馬車に身を潜ませて、見知らぬ街にたどり着いたのだった。


「逃げ切れたのは幸いでしたが、これからいったいどうしましょう。もう公爵家には戻れませんし、そもそもお尋ね者になったようですし……」


 エリシアは新聞へとふたたび目を落とす。

 道で拾った三日前の新聞だが、そこにはエリシアの肖像画とともに『生存のみ報奨金あり』という文言が記されていた。とはいえ印刷は不鮮明で肝心の顔がかなりぼやけていた。


 今のエリシアが着ているのはドレスではなく、ロングスカートとシンプルなブラウスという町娘然とした出で立ちだ。


 ボロボロのドレス姿でうろつくエリシアを見た商人がワケありだと察してくれて、ドレスと売れ残りの服を交換してくれた。これなら誰もエリシアが新聞を騒がせた元公爵令嬢だとは分からないだろう。


 だがしかし、万が一ということもあるし……。

 エリシアはしばしうーんと考え込んで、ぱんっと手を叩く。


「ま、なんとかなるでしょう。なんとかなったわけですし」


 人生思い切りが肝心だ。

 つい最近得た人生教訓を噛みしめて、エリシアはうんうんとうなずく。


 しかしそこで――。

 グ~~~~~~~~~~~~~~…………。


 腹の虫が通り一帯に響き渡るほど大きく鳴いた。通りすがりの人々が音源を探してキョロキョロする。エリシアはすっと目を伏せる。頬が少し赤らむのを感じた。


「……ひとまず日銭を稼ぐ必要がありますね」


 商人がくれたパンももう残り少ない。このままでは飢え死に一直線だ。

 エリシアは新聞を屑籠に捨てて立ち上がる。


「そうと決まれば、やることはひとつ。商人さんが教えてくれた冒険者ギルドに参りましょう」


 ◇

 冒険者ギルド。それは冒険者をとりまとめる大組織だ。

 大きな街には必ず支部が存在し、冒険者への支援や依頼の発注を担っている。


 ……というのがエリシアの持つ知識の全てだった。五歳のときに公爵家に引き取られ、王子にふさわしい淑女となるよう花嫁教育を受けてきたので、一般常識には非常に疎い。


 もちろん扉をくぐるのも今回が初めてだ。

 大通りの先にあった巨大な建物に一歩足を踏み入れると、そこには別世界が広がっていた。


「ガハハハハ! これで今月は遊んで暮らせるぜ!」

「では、今回の取り分はこんな感じでどうだろう」

「かんぱーい!」


 窓口でもらった金貨を見せびらかす鎧姿の冒険者、顔を突き合わせて真剣な相談をする集団、ジョッキを掲げて赤ら顔で笑い合う獣人たち……ギルドの中には多種多様な人々で溢れていた。どこもかしこも騒がしく、まばゆい活気に満ち溢れている。お上品な貴族社会とは真逆の世界だ。


「これが冒険者ギルド……」


 エリシアはおもわず入り口で立ち尽くしてしまう。

 おかげであとから入ってきた人物とぶつかった。

 ハッとして正気に戻り、相手の顔もろくに見ずに頭を下げてさっと離れた。


 足早に建物内を歩きながら、もう一度そっと辺りをうかがう。

 エリシアが足を止めたのは喧噪に圧倒されただけではない。あたりにいるのが人間種ばかりでなかったからだ。


(獣人に亜人……グランスタ王国では見なかった人々です)


 ほかにも多くの種族がいた。笹形の長い耳を持つものや、二足歩行の蜥蜴や、何やらうねうねしたよく分からないもの……どれもこれも初めてお目にかかる。


 エリシアの暮らしていた国は典型的な人間種国家だ。他種族への差別が根強く、使用人も出入りの商人もすべて人間種だけだった。


(ということは、いつの間にか国を出ていたわけですね。そういえばこの街の名前も知りません)


 ずいぶん遠くまで来てしまいましたね、と今さらながらしみじみする。

 そんなことを考えて歩くうちに目的の場所までたどり着いた。


 冒険者ギルドの奥。壁一面に紙がびっしりと貼られた一画に、多くの人々が集まっている。紙には『満月草五本=銅貨十枚』だの『至急。フレアリザードの角=銀貨一枚』だのといった文言が並び、みなそれを真剣な顔で見つめていた。


 依頼掲示板だ。

 商人が言うには、ここに掲示されるのは冒険者へのクエストばかりではなく、一般市民への仕事の募集もあるらしい。


『仕事がほしいなら覗いてみたらどう? この街で生きるならそれが一番よ』


 商人はそう言ってカラッと笑った。

 ここで生きるかどうかはさて置いて、まずは当面の衣食住を確保するため邁進するしかないだろう。


「さてと、私でもできるような仕事はあるでしょうか。すみませんが通してください」


 冒険者らをかき分けて探すと、一般市民向けの募集は隅の方にまとめられていた。

 ざっと目を通していく。


 荷物運び、ウェイトレス、針物の内職……。

 エリシアは眉をきゅっと寄せ、小さくため息をこぼす。


「針物ですか、針は苦手なんですよね……すぐ折れちゃうから」


 花嫁修業で何度も試みたが、あの小枝のように頼りない金属を操ることは、エリシアにとって至難の業だった。ダメにした針の数は覚えていない。


 ほかにも乗馬はなぜか馬が怯えて乗せてくれなかったり、ダンスは相手役の足を踏んで粉砕骨折させてしまったりして、身についた技術はほとんどない。


「こんな不器用な私に勤まる仕事などあるのでしょうか……」


 エリシアはしゅんっと肩を落とす。

 そこで後ろから軽快な声が降りかかった。


「なあなあ、そこのお嬢さん」

「はい?」


 振り返ってみれば、そこには中年の男が立っていた。

 小柄なエリシアが見上げるほどの上背があり、ずんぐりむっくりとした熊のような風貌だ。身なりから見て、冒険者ではない様子。

 エリシアは男に首をかしげる。


「お嬢さんとは私のことでしょうか」

「そうそう、あんただ。見ねえ顔だが、なにか仕事をお探しかい?」


 男はニカッと笑って言う。

 どこか有無を言わせぬ笑顔に、エリシアはおずおずとうなずいた。


「そ、その通りです。簡単なお仕事を探していました」

「へえ、それならぴったりの仕事がある。よかったら紹介してやろうか?」

「本当ですか?」


 エリシアはぱっと声を弾ませるが、すぐに慎重になって問い返す。


「いったいどんなお仕事でしょう。私は相当不器用なのですが」

「なあに、楽なもんだぜ。ただちょっと男と喋ったり、酒を注いだりするだけだ」


 男は舌なめずりをして、エリシアを穴が空くほどじっと見つめる。無遠慮なその視線に首筋がぞわぞわした。これまであまり感じたことのないタイプの不快感だった。


「ちょっと表情が硬いのは難ありだが……お嬢ちゃんくらいの美人ならきっとがっぽり稼げるぜ。どうする?」

「えーっと……」


 エリシアは視線を泳がせる。

 非常に嫌な予感がした。しかし掲示板にある仕事はどれもエリシアには向いていなさそうだし、ますます空腹感は強くなるしで……。


(ちょっと話を聞いてみるだけなら……)


 エリシアがぼんやりとうなずきかけた、そのときだ。

 横手からぐいっと肩を掴んで引き寄せられた。


「やめとけ」

「っ……!?」


 突然の出来事にエリシアはたたらを踏み、男との距離が少しできた。

 エリシアの肩を掴んだのは濃紺色のローブを目深に被った人物だった。


 顔はよく見えないが、声からして若い男だ。先ほど冒険者ギルドの出入り口でぶつかった気がする。エリシアの肩を掴んだまま、わずかにのぞく口元に皮肉な笑みを浮かべてみせた。


「こいつは近ごろ有名な女衒だ。話に乗ったが最後、骨の髄までしゃぶられるぞ」

「ぜ、『ぜげん』……とはなんでしょうか?」

「あー……つまりおまえを騙くらかして、よくない仕事を斡旋しようとしてんだよ」


 きょとんとするエリシアに、青年はざっくりと説明する。ずいぶん言葉を選んだようだった。

 そしてそれは的を射ていたらしい。

 男が愛想笑いを取り払い、青年をジロリと睨め付ける。


「いったいどこのどいつだ。仕事の邪魔をするんじゃねえよ」

「おお、怖い怖い。俺はおまえのためを思って言ってやったんだぞ」

「はあ? 意味の分からねえことを……」


 男が顔をしかめる。そこにはもはや親切心など欠片もうかがえなかった。

 エリシアは男を見つめて静かに問う。


「私を騙すおつもりだったんですか?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。金がほしいんだろうが」


 男は開き直り、エリシアへと手を伸ばす。


「いいから来い。おまえならきっと上客が――っ!?」


 何事かを続けかけたが、その台詞は半ばで絶たれた。エリシアが男の手を掴んで、そのまま後ろへ軽々とぶん投げたからだ。男は蝶のように軽々と宙を舞い、轟音とともに床へと墜落した。

 エリシアは軽く手を払い、ぺこりと頭を下げる。


「すみませんが遠慮しておきます」

「聞こえてねえと思うぞ」

「……おや?」


 顔を上げて見てみれば、男は白目を剥いて気絶していた。騒ぎを聞いて周囲の人々がざわつき始める。エリシアは耳目を集めたことに戸惑いつつ、頬をかいてぼやく。


「見た目にそぐわず軟弱な方ですね。私のような女に負けるなんて」

「あー……そういう認識なんだな、おまえ」


 青年はさも残念そうにかぶりを振った。

 その態度は謎だが、ともかく彼のおかげで助かった。エリシアは今度は彼に深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。助かりました」

「ふっ、礼には及ばねえよ。また会えたな」

「? どなたかとお間違えでは?」

「いいや、間違いなくこれが二度目だ」


 青年はそう言ってローブを上げて顔を晒す。

 金髪碧眼。王子様のような美貌に浮かぶ皮肉げな笑み。

 それはどこからどう見ても、エリシアの人生の転機となった彼だった。


「あの夜以来だな、お姫様?」


 言葉を失い立ち尽くすエリシアに、青年はどこか勝利を確信したようにニヤリと笑った。

キリのいいところまで本日あと三回更新予定です。

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