お店の改革に乗り出します
「いやでも、こんなにお客さんが来ないなんておかしいです。だってこのあたり、けっこう人通りがあるじゃないですか」
ここは世界樹から離れた街の郊外で、それゆえ民家が多い。
雑貨屋や青果店、書店に食堂などといった一般市民の生活を支える店がちらほらある。人通りも多く、掃除の最中に店の前を通る人々を何人も見た。
「他のお店は賑わっています。このお店だけみんな素通り……どころか、あからさまに避けて通るんですよ。『うわっ』って顔で逃げる人もいました」
「そりゃそうだ。なんせ俺が店主だからな」
「あなた、どれだけ悪名を轟かせているんですか」
きっぱりと言うダンテにエリシアは白い目を向ける。
冒険者だけでなく、一般市民からも遠巻きにされているらしい。
(何をどうやったらそこまで悪名が広まるんでしょう……)
エリシアは呆れるしかないのだが、ダンテは平気な顔だ。
「俺にとっちゃ、客が来ない方が都合がいい。なんせ研究に専念できるからな」
「でも、勿体ないですよ」
エリシアは片付いた店内をぐるりと見回す。
すっかり綺麗になった棚の中で、小瓶がキラキラと輝いている。だがしかし、買い求める客がいないとその姿もどこか寂しげだ。
「あなたの作るポーションはすごいのに。もっとバンバン売れるべきです」
「あれ? おまえ、このまえ渡した分を使ったのか」
「ええ。言ったでしょう、この前人助けをしたと」
世界樹の前で傷付いた冒険者パーティに手を差し伸べた。
その際、ダンテにもらったポーションを使ったのだ。あっという間に傷口が塞がって、その効き目にはエリシアも目を丸くしたものだ。
「あのときの冒険者さんたちも、すごく上質だって褒めていましたよ」
「へー。そうなのか」
「ど、どうでもよさそうですね……」
そういえば先日トバリともそんな話をしていた気がする。
腕は確かでも、他人からの評価には一切無関心らしい。
ダンテはそれでいいだろうが、エリシアはそういうわけにはいかなかった。
(もっと評価されるべきなのに!)
そんなふうにカリカリしていると、ダンテは軽くため息をこぼしてみせる。
「まあ、店で売れるに越したことはないんだけどな。ギルドの買い取り価格は一般価格の八割くらいだし、儲けたいなら店売りが一番だ」
ふつうは店を開く暇がなかったり、店舗の在庫処分をしたい場合に、ギルドに持って行くらしい。ダンテは客が寄りつかないからほとんどギルドに卸しているという。
「それじゃあますますお店を頑張らないと」
「そこまで言うなら、おまえが売ってみるか?」
ダンテは軽く目を見張り、そのまま手近な棚を開ける。
中には瓶に収められた魔法薬がずらりと並んでいた。それを数本手に取って、エリシアにずいっと突き出してくる。
「ほらよ、追加のポーションだ。アイテムバッグに入れて売り歩け」
「むう、お客さんが来ないのなら探しに行けと。理には適っていますが」
思っていたのとはちょっと違うが、行商もそれはそれで楽しいかもしれない。
とはいえ、小瓶を受け取ってみてはたと気付く。
「ちょっと怪しくないですか? 出所の分からない魔法薬なんて買ってもらえますかね」
「おう。街中じゃ見向きもされないだろうな」
ダンテは軽く言ってのけ、ニヤリと笑う。悪巧みを提案する子供のような顔だ。
「だが、ダンジョンは別だ。ダンジョンの中には店がないだろ? 切羽詰まった冒険者なら、どんな高値で怪しい品でも藁にも縋る思いで買ってくれるのさ」
「な、なるほど」
ダンテが言うには、そうした冒険者を相手にしたダンジョン専門の行商人がいるらしい。
危険なダンジョンで物を売り歩くため、リスクや手間賃がかかって値段は割り増し。
それでも追い詰められた彼らは涙を呑んで金を払う。命がかかっているからだ。
「面白い商売があるものですね。では、さっそく明日ダンジョンに行ってみるとしましょう」
「それじゃ、ついでに採集を頼むわ」
今度はダンテが空き瓶をがさっと渡してくる。
「スライムの体液をありったけ取ってきてくれ。赤とか黄色とか……特に今ほしいのは青だ」
「色によって違いがあるんですか?」
「全然違う。たとえば赤いのは舌にぴりっとくるんだぞ」
「食レポを求めたわけではありません」
全色、食べたことがあるのだろうか。
やや引きつつも、エリシアはジト目を向ける。
「おつかいは構いませんが、ダンテも早く出禁を解消してもらってくださいよ。自分で集めた方が早いでしょうに。トバリさんに頼んであげましょうか?」
「そうしたいのは山々なんだがなあ。いかんせん、俺の意志じゃどうにも。トバリも無理だと思うぞ」
ダンテは口笛を吹いて誤魔化すだけだった。
(このひと、私にダンジョン探索を押し付けて楽をしたいだけなのでは……?)
エリシアの中で、かすかな疑念が芽生えた瞬間だった。