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朝ごはんを作ります

 カーテンの隙間から柔らかな朝日が差し込み、エリシアのまぶたをくすぐった。


「……うーん」


 エリシアは寝台から上体を起こす。

 隣で寝ていたキャルもそれで目を覚ましたが、お互いにそのまましばらくぼーっとした。


 エリシアはうまく開かない目であたりを見回す。シンプルかつ最低限の家具が並ぶなか、テーブルの上には皮の胸当てや短剣、肩掛けバッグなどの品が置かれている。


 つい先日自分のものになった部屋だ。公爵家の物置ではない。

 のっそりと起き上がって、カーテンを開く。窓の向こうは快晴だ。遠くの方では世界樹が今日も堂々たる佇まいを見せつけている。


「今日もいいお天気ですね……」

「ほう、ここからも世界樹が見えるのだな」

「キャルちゃん、おはようございます」


 肩に上ってきたキャルを撫でると、満足げに喉を鳴らした。

 キャルは目を細めて大樹をじっと見つめる。


「我は世界樹で生まれ育ったゆえ、外から見るのは初めてだ」

「ということは、外に出るのも初めてだったんですか?」

「うむ。きっかけをくれた主には感謝しているよ」


 キャルはくつくつと笑う。物言いは相変わらず尊大そのものだが、世界樹を見つめるその目は朝日を受けてキラキラと輝いていた。お気に召してくれたらしい。


 身支度を調えてからキャルを伴って階下まで降りていく。

 エリシアの部屋は居宅の二階にあった。一階がリビングで、ずいぶんと家主の私物が散らかっていた。本や薬品の空き瓶や脱ぎっぱなしの服などなど。


 食卓まわりだけは先日エリシアが片付けたので、なんとか食事ができるスペースは確保されていた。


「おや? ダンテはまだ寝ているんですね」


 いつもなら仏頂面で起きてくる時間帯だが、珍しく家主の姿がなかった。

 彼は店舗の研究室で寝泊まりしており、窓から覗いてみるとあちらはまだカーテンが固く閉ざされていた。どうやら寝坊らしい。


 エリシアはやれやれとかぶりを振る。


「仕方ありませんね。では、ここでひとつ……」


 そこで勿体付けて言葉を切って、ビシッと人差し指で天を差した。


「私が全員分の朝食を用意するとしましょう」

「美味いものを頼むぞ、主。あのスシとかいうのはなかなか美味だった!」

「あれはプロの職人さんにしか作れませんよ。私みたいな素人は簡単なご飯から始めるに限ります」


 そう諭して、エリシアはいそいそと隣の台所へ向かった。

 ウキウキが隠せずについついスキップしてしまう。


(料理って、実はちょっと憧れだったんですよね)


 ダンテと暮らし始めてからの食事は外食か、出来合いのものを買ってくるかだった。朝食はパンのみ。ダンテは自炊を一切しないらしい。


 エリシアにとって、台所とは亡き母との思い出が詰まった場所だった。イモを洗うのを手伝ったり、鍋が煮えるのを見守ったりと、いろいろなお手伝いをした。


『あなたがもう少し大きくなればナイフを持たせてあげるわね』

『本当ですか? そのときはもっとがんばりますね』


 母とそんな約束したのを覚えている。その約束をようやく果たせそうだ。

 しかし厨房を覗いた途端、エリシアのスキップがぴたりと止まった。


「えっ、何ですかこれは」

「ひどい有様だな」


 厨房はリビング以上に物で溢れていた。割れた皿もそのまま放置されていて、どうやら使わなくなって久しいらしい。

 エリシアはしばし言葉を失うが……ぐっと拳を握って己を鼓舞する。


「こんなことで挫けてなるものですか。まずは掃除から始めましょうか」

「ひょっとしてそれは我もやるのか……?」

「キャルちゃんには別のお仕事があります」


 そう言って、エリシアはガラクタの山からカゴを引っ張り出した。それをキャルへずいっと差し出す。


「おつかいをお願いします。街まで出て買い物をしてきてください」

「我をパシリに使うというのか……破滅と混沌を呼ぶ獣たる我を……」


 心外そうにキャルはしかめっ面をする。しかしエリシアは折れなかった。


「この家にまともな食材があると思いますか? 材料がないと何も作れませんよ、そしたら私たちはご飯抜きです」

「そ、それは困る! 仕方ないな……行ってやろうではないか」

「ありがとうございます。メモを渡すので、お店の人に見せてくださいね」


 こうしてカゴを咥えたキャルを送り出し、エリシアは掃除に取りかかった。

 とりあえず不要品をすべて庭に移動させ、埃を払って雑巾で拭き掃除を行った。


 小一時間ほどかかったが、なんとか古びた台所が顔を出し、ちょうどそのころになってキャルがカゴ一杯の食材を抱えて帰ってきた。出かける際は不本意そうにブスッとむくれていたが、今はどこか満足げだ。


「おつかいお疲れ様です。ちゃんと買えましたか?」

「ふん、造作もないことだ」


 キャルは鼻を鳴らし、ニヤリと笑う。


「店の者が泡を吹いていたが、きっちり金を置いてきたぞ。他にも人間どもが上を下への大騒ぎだった。畏怖を振りまけて満足であるぞ」

「むう、キャルちゃんに任せたのは失敗だったかもしれませんね」


 店の人には今度ちゃんと謝ろう。

 むふーっと得意げなキャルを撫でつつ、エリシアはそう心に留めおいた。


 ともかくカゴを受け取って中身を検める。人参やキャベツといった野菜類に、卵にベーコン、ふかふかの食パン。


「うん、完璧です。それでは料理を始めましょう」

「ようやく飯か。待ちわびたぞ!」


 キャルは目を輝かせて尻尾をぶんぶん振る。

 野菜を並べて、エリシアは気合いを入れる。見つけた包丁もしっかり研いで準備万端だ。


「それではまずはスキルを……おっ、いいのがありましたね。これにしましょう」

「うん? いったい何をしておるのだ、主よ」


 目の前に浮かんだ文字を選んでいると、キャルが不思議そうな顔をする。どうやら魔物にもこの字は見えないらしい。

 おあつらえ向きのスキルに触れてから、包丁と人参をそれぞれ手に持つ。


「いきます。たあっ!」


 人参を高く放り投げ、包丁を振るう。

 銀の軌跡が空に刻まれ、人参がぽとりとまな板の上に落ちた。すると次の瞬間、人参はいくつもの花に変わった。飾り切りである。エリシアは包丁を構えたままビシッと決めてみる。


「《包丁捌き》レベル一。いかがでしょう」

「おおー、見事なり」


 キャルが器用に前足を打ち合わせてたしたしと拍手してくれた。

 ひとしきり褒めそやしてから小首をかしげる。


「して、そうやって花のように切ると美味くなるのか?」

「いいえ。気分が上がるだけです」

「そ、そうか。人間のやることは分からんな……」


 きっぱり告げるエリシアに、キャルがしかめっ面でぼそっとぼやいた。

本日夕方ごろにあと一回更新予定です。

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