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戦いの成果をいただきます

 はっとして見ればすぐそばにトバリが凜として立っていた。足音がまったくしなかった。

 トバリはエリシアを、テーブルの上でポテトを漁るキャルを交互に見て、きゅっと眉をひそめてみせる。


「本当にキャスパリーグがおるし……」

「あっ、トバリさんにもご紹介しますね。キャルちゃんです。ダンジョンでお友達になりました」

「…………はあ」


 キャルを抱っこしてみせれば、トバリは気の抜けた生返事をした。

 しばし眉間を押さえて瞑目して、キリッと仕事の顔を作ってみせる。


「魔物をテイムした場合、ギルドの窓口で従魔登録をお願いします。エリシア様の冒険者カードに、キャル様の情報も記載せねばなりませんので」

「分かりました。でもあの、顔色がお悪いですよ」

「キャスパリーグを従えた方を間近で見たら、誰でもこんな顔になりますよ」


 トバリは淡々と、それでいて呆れたような口調で言ってのけた。

 やれやれと肩をすくめて続ける。


「先ほど持ち込んでいただいたトウテツの査定が完了いたしました」

「もう終わったんですか?」


 ダンジョンで出くわした妖虎・トウテツ。

 その死骸を持ち込んで、買い取ってもらおうとしていたのだ。

 魔物の毛皮や骨は様々な用途に使われ、ものによってはかなりの高値が付くらしい。


「ありがとうございます。値段は付きそうですか?」

「ええ。状態もよかったので満額をお支払いできそうです」

「よかった。クエストの品を持ってこられなかったのでタダ働きになるところでした」


 花畑にあったレムの実はすべて熟してグズグズになってしまった。

 人命救助という実績は輝かしいが、冒険の証があるに越したことはない。

 それに、これはエリシアが初めて自分ひとりで上げた手柄なのだ。


(私が初めて稼いだお金、いくらくらいになるのでしょう。銀貨一枚にでもなったら嬉しいところですが)


 高鳴る胸を押さえていると、トバリが懐からそっと革袋を取り出した。


「どうぞお収めください」


 それをでんっとテーブルに置く。

 中で硬貨がこすれる音は思ったよりも大きく高かった。エリシアのこぶし大くらいはある革袋もパンパンに膨らんでいる。銅貨で支払ってくれたのだろうか、と思ったところでトバリが続けた。


「金貨三十枚です」

「……は?」


 エリシアは目を丸くした固まった。

 恐る恐る革袋をのぞき込んでみる。袋の口から覗くのは、まばゆく輝く黄金色。まぎれもなく金貨だった。


「金貨三十枚って……金貨三十枚ってことですか!?」

「何をおっしゃっているのか図りかねます」


 裏返った声で叫ぶエリシアに、トバリは小首をかしげてみせた。


「ふはっ……妥当な報酬だぞ」


 そこでダンテが口を挟んだ。先ほどまでの冷たい表情から一転し、いつもの飄々とした笑みを浮かべている。


「トウテツといえば駆け出しパーティの登竜門。六人程度で寄ってたかってタコ殴りにして、ようやく倒せるかどうかってところの魔物だ」

「つまりひとり頭の報酬は金貨五枚。夢のある世界でございましょう?」


 金貨一枚あれば、庶民なら一ヶ月は慎ましく暮らしていける。

 たった一度の冒険でそれだけの収入を得ることができればボロ儲けもいいところだ。


「冒険者ってみなさんお金持ちなんですね」

「そうでもねえぞ。金貨五枚なんて装備を新調したらすぐに飛ぶし」

「魔法薬などの携行品もバカになりませんからねえ。上に行けば行くほど、入っていく分だけ飛んでいく。基本は火の車です」

「夢がないです……」


 エリシアはしゅんっとしてしまうが、途端にハッとする。


「でもたしか、Fランクから昇格するのに必要な成果って……」

「そう。金貨五枚だ」


 ダンテはニヤリと笑って革袋を指し示す。


「おまけにおまえはひとりで倒したから総取りだ。昇格おめでとう?」

「最初の探索で昇格するなんて、やはり規格外のお方ですね」


 トバリもまた薄く微笑み、今度は手のひら大のカードを取り出してみせる。

 最初に渡されたのは木製の簡素なもの。今度のは乳白色の石のカードだった。


「Eランク昇格おめでとうございます。こちらが新しい冒険者カードです」

「長丁場を覚悟していたのですが……」


 それを受け取り、エリシアはしげしげと見つめる。

 自分がこれを成し遂げたのだ。


 実感がじわじわと溢れ、口にかすかな笑みが浮かぶのが分かった。キャルがエリシアの肩にのぼり、頬に体をすり寄せてくる。


「なんぞ知らんがよかったな、主。主が嬉しいなら我も嬉しいぞ」

「ふふ。ありがとうございます、キャルちゃん」


 キャルをそっと撫でていると、ダンテがぱんと手を打つ。


「よし、そんじゃ祝勝会だ。トバリ。俺の買い取り査定も終わったはずだろ?」

「ええ。ダンテ様の分はこちらです」


 トバリがまた新たな革袋を取り出し、そっと差し出した。

 それを受け取ってダンテは喜々として開くのだが――。


「これでたんまり奢ってやるよ。恩に着ろよな、エリシ……あ?」


 目を丸くして固まって、裏返った声を上げる。


「金貨三枚ぽっち!? あれだけ持ち込んだってのにどういうことだよ!?」

「あなた様の魔法薬はピーキーすぎるんです」


 ダンテの抗議に、トバリは冷たい目を向ける。


「麻痺毒やら爆破薬やら……危険すぎて流通に出せず、処分するしかありませんでした。買い取り不可です」

「だ、だが、普通のポーションだけでも金貨五枚はするはずだろ!」

「危険物の処分手数料を差し引いてこの金額です」

「ぐっ、ぐぐぐ……」


 ぐうの音も出ないらしく、ダンテは真っ赤な顔で黙りこんだ。

 トバリは頬に手を当ててやれやれとため息をこぼす。


「おとなしくポーションばかり作っていればいいものを……あなた様のおかげで、ギルドの販売する薬は上質だって評判なんですよ」

「けっ、下民どもの評価なんて興味ねえな」

「王様気取りもけっこうですが、次こそまともな品を収めてくださいませ」


 そっぽを向くダンテに、トバリは淡々と言う。

 そんなふたりのやり取りを、エリシアは息をひそめてじっと見つめていた。


(トバリさんとダンテ、なんだか仲がいいですね……)


 彼が他人と談笑しているところは初めて見る。

 周囲から魔王呼ばわりされているものの、味方はちゃんといるらしい。そのことに安堵するべきところなのに、なぜかエリシアの胸の中で妙なモヤモヤが育っていった。


 ダンテが金貨を手の中で弄び、舌打ちする。


「ちっ、金貨三枚とはな。ぱーっとやるにはちょっと心元ないなあ」

「ふむふむ、仕方ありませんね」


 彼の肩を励ますようにぽんっと叩き、エリシアはにっこりと笑う。


「今日は私が奢ってあげましょう。あなたよりお金を持っているようなので」

「腹立つなあ……」


 ダンテはジロリと睨んでくるが、気を取り直すようにガタッと席を立つ。


「そこまで言うなら奢らせてやろうじゃねえか。俺の贔屓の店に行くぞ」

「美味しいものはありますか?」

「もちろん。あそこはスシが食えるんだ」

「すし……ですか? 聞いたことのない料理ですが……」

「我は美味ければなんでもいいぞ。楽しみだ」


 キャルはご機嫌でゴロゴロと喉を鳴らす。すっかり下界の食事を気に入ったらしい。

 こうしてふたりと一匹は場所を移すことになった。トバリに別れを告げてギルドを後にしてて、そのまま店へと向かう。


 その道中、エリシアははたと気付く。


(あっ、そういえばとうとうダンテに聞けませんでしたね)


 彼が抱える事情とやら。

 それについて聞くタイミングが失われてしまった。

 エリシアは少し悩んだものの――。


(まあ、そのうち機会があるでしょう。今はご飯のときです)


 そう納得して、意識をスシへと切り替えた。

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