打ち上げです
「だーっはっはっはっはっは!」
「笑いすぎです」
ギルドの酒場にて、ダンテの笑い声が響き渡る。
あまりに声量が大きすぎるせいで他の客たちが迷惑そうに視線を投げて、テーブルに載ってガツガツとハンバーガーを食するキャルを見て椅子から転げ落ちた。おかげで周囲がにわかに騒がしくなるのだが、ダンテはおかまいなしだった。
ひとしきり笑い転げてぜえぜえ息を整えてから、ダンテは涙を拭う。
「は、初ダンジョンでキャスパリーグを従魔にするって……ビギナーズラックにもほどがあるだろうがよ」
「そうなんですか?」
「ああ。キャスパリーグと契約したやつなんてほとんど前例がねえ」
ダンテはキャルを見やり、ますます目を細めた。
「キャスパリーグといえば、世界樹の上層階をねぐらにする高位の魔物だ。多くの魔法を意のままに操り、その毛皮には熟練の剣士でも傷ひとつ付けることが叶わない。ま、超上級者向けの魔物だな」
「そのわりに、けっこういろんな人が知っているんですね」
あたりを見回せば、エリシアたちの周りからすっかり人が消えている。
なかには駆け出しのような者たちもいたのだが、キャルを見るなり悲鳴を上げて逃げていった。
ダンテは肩をすくめて続ける。
「わざわざ上階から降りてきては冒険者にちょっかいをかける個体がいたんだ。そのせいでこの街の冒険者のほとんどが、キャスパリーグにトラウマを抱えている」
「キャルちゃん……?」
「暇だったのだから仕方ないではないか。殺しはしとらんから安心してくれ」
キャルは悪びれることもなくきゅうと鳴く。
ハンバーガーを食べたせいで、口の周りがすっかりソースで汚れていた。血糊のようなそれをペロリと舌で舐め取って、キャルはニヤリと笑う。
「一匹でも殺すと、人間どもは躍起になって徒党を組んで向かってくる。それは我とてあまり面白くないからな。適度にいたぶり、適度に遊ぶ。それが一番長く楽しめる」
「性格が悪いです……こんなに可愛いのに」
「魔物なんてそんなもんだ」
ダンテがあっさり言ってのけたので、エリシアはますますげんなりしてしまう。
キャルの口元を拭ってやりながら固く決意する。
(これからは甘やかさず、ビシバシ教育しないと!)
そんな思惑をよそに、キャルは空になった皿を前足でてしてしと叩く。
「それより主、このハンバーガーとやらは美味いな。気に入ったぞ」
「そうでしょう。こちらのフライドポテトもどうですか。ソースを付けて食べると格別ですよ」
「むむむ、それもなかなかだ。外の世界も侮れんな。もっとおくれ、主よ」
「仕方のない子ですね。ほら、あーん」
「あーん」
エリシアが差し出すポテトを、キャルはあーんと大きく口を開けて食べる。まるで母親に甘える仔猫だ。性格はともかく、やはり見た目は大変可愛らしいため、エリシアはせっせとその口にポテトを運んだ。ビシバシいくという決意がさっそく揺らいでいた。
エリシアはダンテの顔をちらりとうかがう。
「しかし……怒るかと思っていましたが違うんですね」
「怒る? 何をだよ」
「人助けのために無茶をしたからです」
わざわざ厄介ごとに首を突っ込んで自分の身を危険に晒した。
賢いとは言えない行動だ。だがしかしダンテはふんっと鼻を鳴らす。
「無茶をしたって自分で分かってるんだろ。なら、改めて俺が叱る必要はねえさ。それともがっつりしつこくネチネチと説教してほしいのか?」
「いえ、遠慮しておきます。本当にしつこそうなので」
手のひらを翳して丁重に断りを入れておく。
するとダンテは片肘を突き、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「他人のためにバカをやれる人間は貴重だ。おまえはそれでいいんじゃねえの」
「……そうですか」
エリシアは言葉少なくうなずく。
誰かに背中を押されるなんて、両親が生きていたころ以来だ。なんだかそれがとても温かくて、胸の中がふわふわした。
ぽーっとしていると、ダンテがジロリと睨みを利かしてくる。
「だがまあ、引き際はちゃんと見極めろよ。万が一にも死んだらぶっ殺してやるからな」
「無茶を言う人ですね。ですがまあ、気を付けます」
ポテトをもぐもぐするキャルを見やって、エリシアは頼む。
「ともかくそういうわけなのです。この子を連れ帰ってもいいですか?」
「好きにしろよ。むしろ大歓迎だ」
ダンテはあごに手を当て、キャルのことをじっと見つめる。爛々と輝くその目からは少年のようなワクワクが伝わってきた。
「キャスパリーグは素材の宝庫だ。特殊な魔法薬にも、一級の毛織物にもなる。いやあ、うちの相棒はいい拾いモノをしたもんだ」
「我が従うのは主だけ。汝には抜け毛一本たりともやらんぞ」
「キャルちゃんに何かしたら同盟解消ですよ」
「冗談だっての。人語を解するレア魔物だ。ただ素材にするだけじゃあまりに惜しい」
エリシアがジト目を向けると、ダンテはおどけた様子で言ってのけた。
信用できるはずがない。
(これは目を光らせねばなりませんね)
キャルの躾けにダンテの監視。ダンジョン探索に加え、やることは山積みだ。
エリシアが物憂げにため息を吐いたところで、キャルが小首をかしげる。じっと見据えるのはダンテだ。
「しかし汝……」
「なんだよ」
「本当に人間か?」
「へ」
思わぬ問いかけに、エリシアは目を丸くする。
対するダンテは平然としていた。水の入ったグラスの縁を意味もなく撫でながら、薄笑いを浮かべてみせる。
「へえ、さすがはキャスパリーグ。分かるもんなんだな」
「人間にしては匂いが違う。汝はいったい何者だ?」
「ま、いろいろあるんだよ」
ダンテは冗談めかした調子で言ってのけ、軽く肩をすくめてみせる。
いつもとなんら変わらない様子だが、彼はそれ以上の言及をあからさまに避けた。言葉は続かず、ただ黙したままグラスの縁を撫で続ける。その目はどことなく冷たかった。
キャルもそれ以上は追及しようとはしなかった。そこまで興味はないらしい。
だがしかしエリシアは違っていた。あんなに軽口を叩いていたダンテが珍しく口を閉ざしたのでよほどのことだと察したからだ。
(やはり、何か事情があるのでしょうか……)
魔王と呼ばれていることだったり、ダンジョンを出禁になっていることだったり。
彼と付き合ううちに積もり積もった疑問は数多い。
はぐらかされるかもしれないが、あらためて聞いてみてもいいだろうか。
ゴクリと喉を鳴らして、エリシアは口を開く。
「あの――」
「エリシア様」
しかしそこで声がかかった。
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