人助け完了です
エリシアがダンジョンから出ると、あの剣士たちがちょうど出そろっていた。持ち物が増えているところを見るに、どうやらもう一度ダンジョンに入る準備を整えてきたらしい。
気付けば空はすっかり夕暮れ色で、西日が世界樹を燃え上がるような茜色に染めていた。
エリシアを見て、剣士がハッと目を丸くする。
「あっ、きみはさっきの……っ!?」
エリシアの後ろからキャルが歩み出てくるのを見た瞬間、彼らは一斉に言葉を失った。
キャルには鎧の男を背中に乗せてもらっていた。依然として気絶したままだったので、エリシアが担いで帰るには重すぎたのだ。
「ありがとうございます、キャルちゃん。私ひとりでは運ぶのに苦労していました」
「なに、この程度の荷物ならお安いご用だ」
「働き者のいい子ですね、よしよし」
「うむうむ、主の手は悪くない」
頭を撫でてやると、キャルは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。大きくなっても仔猫のような魔物である。エリシアが頼むと、キャルはヨシュアを地面にそっと転がしてくれた。
「どうぞ、ヨシュアさんです。回復魔法をかけてはいますが、一応お医者さんに……うん?」
エリシアは剣士らに仲間を引き渡そうとする。
しかし彼らは凍り付いたまま何の反応も示さなかった。
気付けば周囲にいる他の冒険者たちも似たような反応だ。あんぐり口を開けて固まる者から、泡を吹いて倒れる者さえいる。賑やかだったはずの世界樹の広場に、重い沈黙が満ちる。
そしてその中心にいるのは自分だった。
エリシアはおずおずと剣士らに声を掛ける。
「あのー……どうかしましたか?」
「き、きみ、そ、その魔物は……」
剣士はごくりと生唾を飲み込んでから言葉を絞り出した。よく見れば後ろの仲間たちもガタガタ震えている。寒いのだろうか。
そんな剣士が指さすのはキャルだった。
エリシアは平然と答える。
「この子ですか? さっきダンジョンで仲良くなったんです。可愛いでしょう。キャルちゃんといって……おや?」
そこでふと思い当たることがあった。
キャルの目をじーっと見つめて、確認を取る。
「上階から降りてきた強い魔物というのは、ひょっとしてあなたのことですか?」
「だろうな」
キャルは事もなげにあっさりと告げた。
その瞬間、広場に満ちていた静寂が吹き飛んだ。誰も彼もが興奮気味に叫びはじめる。
「キャスパリーグだ! 十階のボスクラスがどうしてここに!?」
「あのお嬢ちゃんがテイムしたっぽいぞ……」
「マジかよ!? そんなの聞いたことないぞ!」
熱狂的な視線を集めるのは自分とキャルだ。
やや戸惑うエリシアをよそに、キャルは平然とぼやく。
「上階はあまり人間どもも来ず、変化に乏しくて退屈なのだ。だから時折下層に赴いて暇を潰していたのだが……」
やれやれとかぶりを振ってから、エリシアを見てニヤリと笑う。
「おかげで面白いものが見つかった」
「そ、それは何よりですね」
まさかの、今回の騒ぎの元凶だった。
エリシアは剣士たちに向き直り、深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。うちのキャルちゃんがご迷惑をおかけしたみたいで」
「い、いやいや全然、壊滅しかけただけで何も問題はないから、うん」
剣士はしどろもどろになりながらも首を横に振った。他の仲間たちも同様で、壊れた機械のようだった。
「それより君は平気なのか……?」
「何がですか」
「いや、そいつ……相当なプレッシャーを放っているんだが……」
剣士がもごもごと言って視線を逸らす。
それにキャルがくつくつと笑った。
「我が威風の前には、あらゆる生物が膝を折る。主は疎いようだ」
「む、そうなんですか? あの虎はビビッときましたけどね」
「威風は効かぬが敵意には敏感なのか。極端な御仁よな」
しみじみと言うキャルに、剣士が眉をひそめる。
「虎だって……?」
「ええ。一階でヨシュアさんを襲っていたので倒したんです。これなんですが」
エリシアは肩に掛けたバッグを開けて、あの妖虎の死骸を引き出して頭だけ見せてみた。
生きているものは収められないが、死んだ魔物ならどんな大きさでも入るらしい。ギルドで買い取ってもらおうと一応持ってきたのだ。
それをひと目見るなり、剣士がぎょっとして声を上げた。
「こ、これはトウテツ!? 三階のボスだよ、よくひとりで倒せたな……」
「そうだったんですか? 一階にいたんですが」
「我が降りたため、下層に逃げたのだろうな」
「じゃあ全部キャルちゃんのせいじゃないですか」
エリシアがジト目を向けると、キャルはバツが悪そうにしかめっ面をした。
「し、仕方ないではないか。強者はいろいろと大変なのだ」
「では、その威風とかいうのは抑えてください。また変な騒ぎになりかねませんから」
「むう……承知した」
キャルはしゅんっとして仔猫型に変化する。威風云々はよく分からないが、心なしかまとう雰囲気が柔らかくなった。キャルはそのままエリシアの肩に乗っかって、ひと声きゅうと鳴く。
それをひと撫でしてから、エリシアは剣士に告げる。
「それよりヨシュアさんを」
「あっ、そうだった」
剣士と仲間たちは慌てて鎧の男を担ぎ上げる。
「キャスパリーグが衝撃的すぎて忘れていたよ……ありがとう。今度ちゃんとお礼をさせてくれ」
「いえ、どうかお気になさらずに」
剣士らはエリシアに何度も頭を下げて去っていった。
「しかしあのポーションはすごかったな……」
「たしかに。あんなに効くものはきっと高いぞ」
「絶対今度お礼をしましょうね」
そんなぼやくような会話が、やけに耳に残った。
彼らを見送った後、エリシアは肩掛けバッグを担ぎ直してキャルに告げる。
「さて、私もギルドに行きますか。ダンテにあなたを飼う許可を得なければ」
「ダンテ? なんだ、主のつがいか?」
「雇い主兼相棒です。あれとつがうくらいならスライムの方がまだマシです」
小首をかしげるキャルにエリシアはばっさりと言って、ギルドへの道を歩き出した。
応援していただけるのであれば、お気に入り登録や評価をよろしくお願いいたします!
皆さんの応援がさめの栄養になります!




